東大野球部・渡辺向輝インタビュー(前編)

「現役東大生が解説! 渡辺向輝のアンダースロー講座」

 動画共有サービス・YouTubeにこの動画がアップロードされたのは、3月9日のことだった。東京大学硬式野球部の公式チャンネルによって制作された動画は、アマチュア選手の技術解説にもかかわらず、現時点で2万7000回以上の再生数を記録している。

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 渡辺は今春、東大のエースとして期待されるアンダースローだ。身長167センチ、体重60キロと小柄ながら、昨秋の東京六大学リーグでは先発の柱として活躍。明治大戦では8回無失点の快投、法政大戦では9回を完投して勝利をつかみ取る。今春の躍進次第では、プロ志望届の提出も視野に入れている。

 よく知られた話だが、渡辺の父・俊介(日本製鉄かずさマジック監督)はプロ野球・千葉ロッテマリーンズで活躍したアンダースローだ。NPB通算87勝82敗、国際大会でも活躍し、2006年と2009年には侍ジャパン代表としてWBC連覇に貢献している。

 親子二代にまたがるアンダースロー。なんともドラマチックだが、今回アップロードされた渡辺の動画を見て驚いた。渡辺のアンダースロー理論は、父・俊介が語っていなかった内容ばかりだったからだ。

 筆者は父・俊介が2016年に刊行した著書『野球 アンダースロー』(ベースボール・マガジン社)の制作に携わった経験がある。俊介に何度も話を聞くなかで、その投球理論は多少なりとも理解できたつもりでいる。

 渡辺は父・俊介の影響を受けることなく、東大生ならではの頭脳でアンダースローを会得したというのか。

リーグ戦開幕を控えた渡辺にインタビューを申し込むことにした。

【自分で見つけた3つの答え】

── 動画を興味深く視聴させてもらいました。父・俊介さんが触れていない部分にも踏み込んだ、既存のアンダースロー論とは一線を画す内容で驚かされました。

渡辺 ありがとうございます。あれは誰かに習ったことではなく、自分が大学でオーバースローからアンダースローに切り替える時に意識したことをお伝えさせてもらったんです。

── 東京の進学校・海城高校では、3年生の夏前まではオーバースローだったそうですね。球速はどれくらい出ていたのですか?

渡辺 公式戦のスピードガンで138キロが出ました。

── その小柄な体型では速いですよね。ただ、夏の大会直前に故障もあって、アンダースローに転向しています。

渡辺 高校時代のアンダースローは付け焼き刃のようなものでした。大学に入学後は、しばらくオーバースローとアンダースローを混ぜていた時期があったんです。

── えっ、上からも下からも投げていたのですか?

渡辺 最初はアンダーがうまくいかず、1年春はオーバーとサイドでした。夏にはオーバーとアンダーと極端な角度で投げていました。

草野球のピッチャーみたいですよね(笑)。

── そこまで極端に腕の角度を変える投手は、今までいなかったでしょうね。

渡辺 オーバーからアンダーに瞬時に切り替えるのは、難しかったです。その時に何を考えていたのか、ポイントになった3点を動画でお話ししています。

── なぜオーバーとアンダーを両立しようと思ったのですか。

渡辺 どっちも捨てたくなかったんです。でも、体に負担がかかりますし、調子が悪い日はどちらも戻しにくい難点もありました。これでは中継ぎはできても、先発はできないと感じました。1年の秋が終わってから、アンダーに絞りました。

── 渡辺投手がアンダースロー習得のポイントに挙げたのは、次の3点でした。①右足クロス、②真逆の軸足膝、③コンパス。いずれも野球用語としては耳馴染みのないフレーズです。

とても重大な観点だと感じるのが、3点とも下半身の使い方ですよね?

渡辺 そうなんです。オーバーとアンダーをやってみて、上半身はほぼ同じ使い方という感覚がありました。違いがあるのは下半身だなと。

── 父・俊介さんも「アンダーもオーバーも80パーセントは同じ。残り20パーセントを教えられる指導者が少ないため、アンダースローが少ない」という趣旨のことを言っていました。

渡辺 自分も同じ考えです。あとは下半身のポイントをつかめば、勝手に投げられるようになります。

【フィニッシュが語るアンダースローの本質】

── 3つのポイントの詳細は東大硬式野球部の動画を見ていただくとして、いくつか教えてください。「①右足クロス」は、軸足(右投手なら右足)がフィニッシュ時にクロスするのがアンダースローの特徴だと渡辺投手は解説していました。これは意図的にクロスするのですか。それとも、意識せずとも結果的にクロスするのが自然ということですか。

渡辺 最初は意識的にクロスさせないと難しいと思います。オーバーは回転の中心が右股関節付近にあるのですが、アンダーは体重移動時に重心が前へいくという特徴があって。

マウンドの傾斜もあり、回転を起こす位置も前寄りになります。すると、軸足は回転に勝手についてきて、クロスする形になるのが自然です。それを知らないと、右足で踏ん張ろうとしてしまい、スムーズに回転できません。

── アンダースローのフィニッシュの形に言及する人は、珍しいかもしれません。

渡辺 いろんなアンダースロー投手の動画を見るなかで、「右足が後ろ側に入ってくるな」と感じるところはありました。あとは理詰めで考えていくと、右足がこの位置にないと腕は下がらないよなという結論になりました。

── 「②真逆の軸足膝」も軸足の使い方です。これは軸足の膝の向き次第で、力の伝達がしやすくなるということですね。

渡辺 そうです。どのタイミングだと力が発揮されるかを考えているうちに、「そもそもどうやって力を発揮させるんだ?」と疑問が浮かびました。軸足の機能に関する論文を読み漁って、そこに体重移動時に軸足に弾性エネルギーが蓄えられて、回転につながるという内容が書いてあったんです。それを普段のキャッチボールで試すなかで、「アンダースローだと捕手寄りに体重移動するから、もっと前のほうのギリギリまで弾性エネルギーを残しておかないといけない」と考えました。

前のほうでピーンと張るようにするためには、軸足の膝の使い方はオーバーとは真逆になるなと。

── 「弾性エネルギー」というフレーズ自体、野球ではあまり聞かないような気がします。さすが理系(理科2類・農学部)ですね。

渡辺 考え自体は、そんなに難しくないと思います。「引っ張られる力が強い」というだけの話ですので。

【理詰めで磨いた投球理論】

── 「③コンパス」も円を描くためのコンパスを人間に見立てる、面白い表現ですね。両脚を広げることで、中心部のツマミ(人間の頭部に相当)が勝手に下がっていくという理屈でした。

渡辺 アンダースローを習得する時に一番多い勘違いが、「頭を下げよう」という考えだと思うんです。頭は下げるのではなく、勝手に下がっていくのだと。

── 頭を下げようとすると目線がブレて、コントロールするのも難しそうです。

渡辺 全部がブレてしまいます。自分の一番の課題が、頭の高さが変わってしまうことでした。

投球時に頭が潜ってから、フィニッシュで上がってしまう。でも、「コンパス」で頭の位置を下げてから、「右足クロス」が入ると、頭の位置が変わらないことがわかりました。

── おぉ、ここで右足クロスとリンクするのですね。右足クロスはまさにコンパスで半円を描くような動きですからね。俊介さんも頭の位置については言及していて、右投手の場合は三塁側から見た時に「L」の字の軌道を描けるのが理想と言っていました。

渡辺 「L字」は現象としてはそのとおりですが、そのためにどう体を使うかが大事だと思います。

── 俊介さんへの強烈な対抗意識を感じます(笑)。別の記事で読んだのですが、俊介さんに対して反論することも多いそうですね。

渡辺 アンダースローとしての実績は、圧倒的に勝てないので(笑)。自分は考えてきた量でしか勝負できません。でも、投げ方については、短いスパンで父と同じ球速まで追いついてきました。

── 考えてきた自負がある。

渡辺 考えるのは自分の得意なところですから。父は数をこなすなかで、よかったものをひたすら覚えるというやり方だったと思うんです。自分は大学4年間という時間が限られたなかで、ミスしないよう、なるべく正確にたどり着くことを考えていました。

── 大学受験と似ているかもしれませんね。渡辺投手は高校3年夏時点では模試でE判定だったところから、東大に現役合格したそうですね。

渡辺 あの経験とほとんど同じという感覚はあります。ゴールが決まっているので、逆算するというより回り道しないことを重視していました。試してみて「これは違う」と思えば、すぐにやめる。

── 東大の野球部員は、その意味で成功体験を持っている強みがありますよね。

渡辺 ふたつのタイプに分かれます。塾に通って正解を教えられてきた人と、自分で考えてきた人。野球でうまくいっているのは、だいたい後者だと感じます。

後編へつづく>>

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