両チーム合わせて4選手が木製バットを使う。近年の高校野球で、そんな試合を初めて見た。
8月8日、甲子園球場での花巻東(岩手)対智辯和歌山(和歌山)の1回戦。花巻東、智辯和歌山ともに2選手ずつ、木製バットを使用して出場したのだ。
ただし、用途は両チームで180度異なっていた。花巻東は4番・古城大翔(2年)、5番・赤間史弥(2年)が木製バットを携えて打席に入った。古城は身長180センチ、体重94キロ。赤間は身長180センチ、体重98キロ。ともに重量級のスラッガータイプである。
【木製バットを勧める理由】
2024年春に低反発バットが導入されて以降、花巻東の佐々木洋監督は「いい角度で上がっても、打球が落下してくる」という感覚に陥ったという。そこで、長打力がある打者には、木製バットの使用を勧めるようになった。
今春のセンバツでは前出の2選手に加え、捕手の高橋蓮太郎も木製バットを使用。高橋はその後に打撃不振に陥り、自ら「金属バットに戻します」と申し出たという。
一方、智辯和歌山で木製バットを使うのは、2番の大谷魁亜(3年)と9番の黒川梨大郎(2年)。大谷は身長175センチ、体重70キロ。
ただし、中谷仁監督の信頼は厚い。試合前の会見で、中谷監督はこんな期待を口にしている。
「2番の大谷がいつもどおりの仕事をしてくれたら、相手も難しくなるはずです。大谷と黒川、『極太バット』を持ったふたりが、本当のキーマンになる。守備も攻撃も、やってきたことを出してくれたらいいですね」
中谷監督が言う「極太バット」とは、今春のセンバツでも話題になった特殊なバットを指している。金属バットの最低重量が900グラムなのに対し、大谷のバットは1200グラム、黒川のバットに至っては1300グラムと超重量級。しかもグリップから先端にかけて、全体的に太い形状をしている。もとはトレーニングバットだったものを公式戦で使えるように、規格を合わせて製作した。
中谷監督が楽天でプレーしていた現役時代、野村克也監督から極太バットを使ってみるように指示されたという。バットの重みを利用することで、非力な打者でも安定して単打を打てる効果がある。
【極太バットのメリット】
右打者の大谷は、昨夏から極太バットを使い始めた。グリップから拳ひとつ分空けて握り、バットを右肩に置いて構える。
「足を上げると、タイミングを外されてしまう可能性があるので、それをなくしたいんです。バットを肩に担いだ状態で振り出すことで、芯でとらえる確率が上がる感覚があります。しっかりミートして、長打ではなくヒットを打つイメージです。最初は太いし、重くて違和感がありましたけど、慣れたら問題ないです」
花巻東戦では、大谷は1回表の攻撃で犠打を決めている。バントで打球の勢いを殺しやすいのも、このバットを使うメリットだという。
左打者の黒川もまた、存在感を見せた。第1打席で花巻東の好左腕・萬谷堅心(2年)の外角に逃げていくスライダーをとらえる。やや詰まったハーフライナーは三塁手の頭上に飛び、グラブを弾いて左翼前に弾んだ。黒川からすると、狙いどおりの一打だった。
「レフト前に打つのは自分のスタイルです。
なお、大谷より100グラム重いバットを使う理由を聞くと、黒川はこう答えた。
「もともとは同じバットを使っていたんですけど、慣れてきたら手で操作することが増えてきたんです。なるべく体全身で振れるようにしたいので、100グラム重くして手で操作しないようにしました」
花巻東の佐々木監督は智辯和歌山の木製バットの使い方について、こんな感想を漏らしている。
「私は今まで、木製バットは芯に当たらないと飛ばなくて、打ち損じがヒットになる可能性は金属バットのほうが高いと思っていました。でも、智辯和歌山さんの『グシャッ』という当たりがヒットになるのを見て、『イヤだな』と感じました。今日の試合で勉強させられましたね」

【花巻東の2年生スラッガーコンビ】
とはいえ、試合は花巻東が4対1で智辯和歌山を破っている。決勝点となった犠飛を放つなど、1安打1打点をマークしたのは5番の赤間だった。
高校通算17本塁打を放つ、将来有望な右打者である。春のセンバツよりも木製バットを振りこなしている印象を受けたが、本人も手応えを感じているようだ。
「春のセンバツで石垣(元気)投手(健大高崎3年)と対戦して、手も足も出なくて。スイングを強くして、パワーアップしたところを見せたいと取り組んできました。
4番の古城も高校通算13本塁打。父・茂幸は日本ハム、巨人でプレーした元プロ野球選手だ。古城もこの日、1安打1打点を記録。今夏の岩手大会では打率.524、1本塁打と大活躍を見せた。
古城もまた、木製バットを振るなかで自信を深めているという。
「春が終わってから、芯でとらえることと振り切ることにいっそうこだわって練習してきました。飛距離はもちろん、フライの高さが変わってきたと感じます。今までより、もうひと伸びする感覚があります」
バットの芯でとらえる能力は、驚異的と言っていい。古城は木製バットを練習から使っているにもかかわらず、これまで1本もバットを折ったことがないという。
古城と赤間、ふたりの有望2年生が木製バットで切磋琢磨する。日本野球の未来を考えると、希望はふくらむばかりだ。
その一方で、智辯和歌山のように特殊なバットを使うことで、救われる選手もいる。
「もし、極太バットがなければ、どうなっていたと思いますか?」。そう尋ねると、大谷も黒川も「試合に出ていなかったと思います」と口を揃えた。
2年生の黒川は、秋以降も極太バットを使っていく予定だという。一方、大学で野球を続ける予定の大谷に「今後も極太バットを使いますか?」と尋ねると、やや困惑した様子でこんな答えが返ってきた。
「ちょっと考え中です」
4本の木製バットが振り乱れた甲子園。そのひと振りひと振りに、彼らのプライドとたくましさが宿っていた。