川尻達也インタビュー 前編

 世界最高峰の総合格闘技(MMA)団体、「UFC」。世界中の猛者が集うその舞台は、しばしば"魔境"や"修羅の国"とも呼ばれる。

日本人でその頂にたどり着いた者はいまだいない。

 日本時間8月17日、米シカゴのユナイテッド・センターで行なわれた「UFC 319」では朝倉海(当時ランキング15位)が、 38歳のベテラン、ティム・エリオット(当時ランキング11位)と対戦し、2ラウンドにギロチンチョークでタップアウト、2戦連続の一本負けで、UFCの厳しさを突きつけられた。

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 あらためて、この結果をどう捉えるべきなのか。何が足りず、何を伸ばせば勝ち抜けるのか。元修斗世界ライト級王者で「PRIDE」「DREAM」「UFC」「RIZIN」と国内外の檜舞台を渡り歩いた川尻達也氏(「Fight Box Fitness」代表)に聞いた。

【今後を考えるとかなり厳しい一敗】

――川尻さんは、自身のYouTubeチャンネル『川尻達也のじりラジオ』でも、継続的にUFCの魅力を発信していますね。先日の朝倉海vsティム・エリオットについて、あらためて感想を聞かせてください。

「正直、ショックが大きかったです。期待も大きかったので。エリオットはベテランで強い選手だし、僕も好きなファイターです。でも、海選手がUFCでチャンピオンを目指すなら、絶対に勝たなきゃいけない試合だった。UFCの首脳陣も、今回は勝利を期待していたはずです」

――海選手にとって大事な試合でしたね。

「査定マッチの意味合いが強かったと思います。

初戦で、王者の(アレッシャンドリ・)パントージャには敗れましたが、エリオットは、パントージャの"廉価版"とも言える選手。ですから、王者には負けたけど、『今度はしっかり勝ってくれるよね』という思惑だったと思うんです。そこを落としてしまったので、今後を考えるとかなり厳しい敗戦になりましたね」

――試合後、海選手のケガについての情報も一部で出てきていますが、そこは一度抜きにして、試合の内容についてはどう見ましたか?

「エリオットがギロチンチョークにくるのは、ある程度想定されていたはずですし、ディフェンスの練習もしていたと思うんです。でも、本番でできなかった。UFCの雰囲気にのまれたのか、あるいは技術や対策不足なのか......。本人も、練習ではやれていたと言っていたので、雰囲気にのまれた部分が大きかったんじゃないかと」

――川尻さんは試合当日、大沢ケンジ(和術慧舟會HEARTS主宰)さんと生配信されていました。ギロチンに入る前、2人とも「ココ!」と防げた場面を指摘していましたね。

「そうですね。あの状態なら、まず相手の腰を押して距離を取って、ロックされない状態を作ることです。ギロチンは首だけじゃなくて、体を相手に固定されることで極まる技。逆にいうと、相手の腰骨あたりを押して距離があれば極まらないんです」

――瞬間的に防げなかったのはどんな理由が考えられますか?

「僕の場合は、グラップリングが強い人にさんざん極められた経験があるから『こう来たら、こう』と反応が体に染みこんでいたんですけど、海選手がどんな練習をしていたのか......。日常的に、自分より強い相手に極められる練習もやっていたのか、打ち込みで対策練習をしていたのか。

もしかしたら、打ち込み練習だけでは、本番で発揮できなかったのかもしれません。身近で練習を見ていたわけでもないですし、想像になってしまいますが」

【適正階級は、必ずしも「勝ち抜ける階級」ではない】

――海選手の適正階級について、フライ級(-56.7kg)かバンタム級(-61.2kg)か、意見が分かれています。パフォーマンスが最大に発揮される適正階級と、UFCで勝ち抜ける階級は必ずしも一致しない?

「海選手のパフォーマンスがより発揮されるのは、バンタム級かもしれません。でも、勝ち抜いてチャンピオンを目指すなら、僕はフライ級のままでいいと思います。UFCのバンタム級は層が厚く、選手のレベルも一気に跳ね上がります。

 ボクシングを例に出すと、日本人が活躍しているのは50 kg台の軽量級ですよね。でも、60 kg台に入るライト級になると一気に厳しくなる。長い歴史があるボクシングでそうなっている以上、MMAでも同じことが起きると思います。ですから、勝ち抜いていくことを考えればフライ級が現実的だと思いますね」

【格闘技】朝倉海のUFC2連敗に、川尻達也は「絶対に勝たなきゃいけない試合だった」 敗因や適正階級ついて分析した
インタビューに答えた川尻氏 photo by Shogo Murakami

――自分のパフォーマンスを優先するのか、勝つために現実的な階級を選ぶのか。あとは本人が納得できるかどうか、でしょうか。

「そうですね。自分のYouTubeでも話しましたが、『なぜ柔道やレスリングでは70kgや80kgといった階級で日本人が金メダルを獲れるのに、MMAやボクシングでは難しいのか?』という疑問があると思うんです」

――競技人口も関係していると思いますが、階級制で結果が出ている競技と、そうでない競技の差はどこにあるのでしょう?

「あくまで僕の仮説ですけど、レスリングは当日計量でリカバリーする時間がほとんどない。柔道は前日計量ですが、戻し幅はプラス5%までと規定されています。

例えば、70kgで計量をクリアしたら、当日は73.5kgまでしか戻せません。戻し幅が狭いほうが、日本人も活躍できるんじゃないかと思います」

――なるほど。リカバリー制限がないと、当日に対峙した時は相手が上の階級になっていることもありますね。

「そう。UFCをはじめ、MMA全般には戻し幅に制限がないんです。むしろ最近は健康面への配慮から、計量時間が早まってリカバリー時間が延びている。以前は前日計量で24時間のリカバリーでしたけど、今は前日の朝に計量することが多いので、36時間くらいを回復に使える。そうなると、海外の選手は平気で10kg以上戻してくる。重くなることがいいか悪いかは別にして、結果的に日本人と比べて、当日の体重差は出てしまいますよね」

――階級変更という点では、川尻さんはRIZINで大きな階級変更もありましたね。

「ライト級(-71 kg)から2階級下げて、バンタム級(-61kg)にも挑戦しましたからね。普通に考えて無謀ですよ。練習していても『これはヤバいな』ってわかるくらいキツかった。

 実際の試合(ガブリエル・オリベイラ戦)は、キャッチウェイトの63kgで行なわれましたけど、計量オーバーが怖かったから長期間かけて減量したんですが、練習の質まで落ちてしまいました。むしろ短期間で一気に絞ったほうがよかったんじゃないか、と今では思っています」

【外国人とのフィジカル差】

――川尻さんは日本人のなかでも屈指のフィジカルを誇りました。外国人と戦った時に、その差を感じることはありましたか?

「僕は、なかったんです。日本人と外国人のフィジカル差というのは、ただの言い訳だと思っていました。戻し制限や当日計量があるにせよ、柔道では日本人が世界で勝っているんだから、フィジカルが弱いなら鍛えればいいだけだと。もちろん、内臓の強さの違いなどはあります。でも、格闘技はコンタクトスポーツだから、そこを避けて勝負するのは難しいと思います」

――個体差があって川尻さんだからフィジカル差を埋められた、ということはありませんか?

「それ、よく言われるんです。でも、僕も先天的に強かったわけじゃない。中学のスポーツテストの結果を見返したんですけど、中1の頃の握力は23kg(握力の全国平均値・・・12歳男子:24.29kg、13歳男子:29.46kg/2024年度 文部科学省調査)で、今の娘のほうが強いくらい(笑)。足の速さだって特別速いわけじゃなかった。

 高校は陸上部で800m走の選手でしたけど、インターハイには行けませんでした。県の合宿で短距離選手の走りを見て、『才能のある人はこうなんだな』と痛感したんです。

砂浜を跳ねるように走っていて。僕は中距離だったから瞬発系じゃなかったけど、やっぱり格闘技のトップにいくのも、ああいう瞬発系の才能を持った選手、ハイパワーを出せる選手なんだろうなと感じたんです。(イリア・)トプリア(現UFC世界ライト級王者)もそうじゃないですか」

――高校生の時に感じた才能の差を、努力で埋めたということですね。

「20年前からずっと『どうやってフィジカルで勝てるようにするか』が大事だと思ってきましたし、実際に僕は外国人相手にもフィジカルで勝ってきた。だから日本人でも、トレーニングすれば十分に対抗できると思います」

(後編:朝倉海は長所を磨くべきか、短所を埋めるべきか 川尻達也が自身の経験を踏まえて語る海外での戦い方>>)

【プロフィール】

■川尻達也(かわじり・たつや) 

2000年プロデビュー。『修斗』でウェルター級世界王者に輝くと、2005年から『PRIDE』、2008年からは『DREAM』に参戦。五味隆典、青木真也、ギルバート・メレンデス、エディ・アルバレスら世界的強豪と激闘を繰り広げた。2013年に『UFC』と契約。デビュー戦を一本勝ちで飾るも、2016年に自ら契約解除を決断し、『RIZIN』に電撃参戦。2019年には「ファイター人生最後のチャレンジ」としてライト級GPに挑み、パトリッキー・"ピットブル"・フレイレ戦に臨んだ。 "クラッシャー"の異名を持ち、網膜剥離を三度経験しながらも、長きにわたりトップ戦線で活躍。現在は『Fight Box Fitness』を主宰し、格闘技の楽しさを伝えている。

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