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宮脇花綸×鈴木奈央 アスリート対談 前編

 フェンシング日本代表としてパリオリンピックの女子フルーレ団体で銅メダルを獲得した宮脇花綸。自転車競技トラックのナショナルチームの一員としてオリンピック出場を目指し、現在はガールズケイリンで活躍している鈴木奈央。

 まったく違う競技のアスリートだが、ふたりはともに1997年2月生まれの現在29歳で、東京オリンピックでは参加できずに悔しい思いをしたという共通点がある。

 若くして才能を開花させ、国際大会でも活躍してきたふたりに、互いの競技に関する印象や共通点などを伺った。

【共通する個人戦と団体戦】

――まず2月4日生まれと、鈴木選手より5日誕生日の早い宮脇選手にお伺いしますが、自転車競技やガールズケイリンについて、どんな印象を持っていますか。

宮脇 すごく過酷な印象しかないです。競技時間はそれほど長くないのかもしれませんが、練習時間はすごく長いんだろうなという印象もあります。自転車競技では1週間くらい毎日レースがあったり、合宿があったりと、とにかく信じられないくらいの距離を漕いでいる印象で、私だったらついていけないですね。

鈴木 ガールズケイリンのほうは練習時間も短めなんですが、確かに自転車競技のほうはかなり過酷でした。私もそうでしたが、中距離や長距離の選手は、もう魂が抜けそうになるくらい走ってます(笑)。

宮脇 いろんなアスリートが自転車の練習を取り入れているんですが、自転車を漕ぐ練習が一番嫌いという人が多いんじゃないかと思います。

――鈴木選手はフェンシングについてどんな印象を持っていますか。

鈴木 マスクを外したらみんな顔がかわいいなという印象です。

宮脇 マスクをしていたら全然顔が見えないですし、みんなすごく叫ぶので、そのギャップは結構ありますよね。

鈴木 かわいくて優しい印象なのに......。

宮脇 試合になったら「動物園か!?」みたいな感じで叫んでますね(笑)。

――宮脇選手が感じる、「自転車競技の選手はここがすごそう」というポイントはありますか

宮脇 俯瞰する能力がすごそうです。後ろの選手のことを気にしながら、前も気にしてますよね。おそらく視野を広く持っていないとできないんじゃないかなと思っています。

鈴木 そうですね。周りを瞬時に把握するために、顔の真横に手を置いて、視線だけを素早く動かすトレーニングはよくやっていて、周辺視野を鍛えたりしています。

宮脇 フェンシングは前の相手だけを見ていればいいですから、その違いはありますね。

――鈴木選手が思う、「フェンシングの選手はここがすごそう」というポイントはありますか。

鈴木 瞬発力です。動きがすごく速いなと思ってます。

宮脇 おそらく勝手に速くなるんだと思います。

体力測定をみんなで受けたことがあるんですけど、反射神経の数値はすごく高かったです。

鈴木 反射神経がよくないと、上達できないということですか。

宮脇 どうなんですかね。勝手によくなるんじゃないですか(笑)。

――自転車とフェンシングの共通点はどんなところだと思いますか。

宮脇 個人競技だけど団体競技もあるというのは近いかもしれないですね。自転車競技もそうだと思いますが、フェンシングの団体戦も役回りが決まっています。

鈴木 そうですね。チームパシュート(4選手が協力して4キロを走るトラック競技)もひとりずつ役割が決められていて、ひとりの選手の調子が悪い時は、他の選手がその人の分まで頑張るみたいなのはあります。助け合いの精神がありますね。

宮脇 ガールズケイリンでもあるんですか。

鈴木 ガールズケイリンではなくて、男子の競輪ではあります。

二人とか三人が仲間になって戦うんですけど、女子ではひとりずつなんです。

宮脇 そうなんですね。競輪のサイトを見たら、みんな師匠がいて面白いなと思ったんですけど、いつどうやって決まるんですか。

鈴木 師匠に弟子入りする仕組みになっていて、日本競輪選手養成所に入る前に師匠の下で練習をして試験を受けることになっています。合格したらその師匠が親のような存在になります。

宮脇 面白いですね。フェンシングではその仕組みはないです。スクールにはそこのコーチがいて、日本代表になったら、今度は代表のコーチがいてという世界なので、競輪も同じなのかなと思っていました。

フェンシング宮脇花綸×ガールズケイリン鈴木奈央 互いの競技の紹介では「動物園みたいに叫んでます」「魂が抜けそうなくらい走ってます」(笑)
楽しそうにフェンシングのポーズを決めるふたり photo by Sunao Noto(a presto)

【誰も終わらない練習】

――それぞれの競技で、独特の練習はありますか。

宮脇 フェンシングには大きく3種類ありまして、ひとつ目は「ウエイトトレーニング」で、スクワットなどをやったりします。ふたつ目が「ファイティング」という実戦形式の練習で、選手同士で戦います。最後が「レッスン」と言って、ウェアを着たコーチに技を教えてもらいながら突かせてもらう。この三つがフェンシングの主な練習です。

そのなかでもフェンシング独特というと「レッスン」の練習になります。コーチ自身も実際に剣を持って同じスピードで動かないといけないので、ある程度フェンシングができないといけない。ただコーチが突いてくることはないので、ボクシングでいうミット打ちに近いかもしれないですね。

鈴木 ひとりのコーチが何人かとやるんですか。

宮脇 そうです。だいたいひとり45分くらいで、コーチが「今日の午後は3人とやろう」と言ったら3人に45分ずつレッスンをつけるという感じです。

鈴木 コーチのほうが大変ですね(笑)。自転車競技ならではだと、バイク誘導ですかね。文字どおり、バイクの後ろに選手がついていく。バイクに乗っている人は、バイクについている鏡で選手を見ながら走るんですけど、ぴったりつき過ぎると空気抵抗がなくなって選手は楽に走れるんですよ。だからそうならないように、ちょうどいいスピードの加減が難しいと思います。バイク誘導をしてもらうと、自力では出せない速度が出るので、いい練習になります。

私は時速78キロくらいですかね。

宮脇 すごく速いですね。

――自転車競技では過酷な練習だったとおっしゃっていましたが、フェンシングでも過酷なものはありますか。

宮脇 「ファイティング」で、例えば「100本取るまで帰れません」とか、そういう設定をされる時ですかね。普段は練習で60本くらいなのを、100本とかになって、かつ負けたら点数に入らないとか。そうなるともう誰も終わらない(笑)。

鈴木 どんな雰囲気になるんですか。

宮脇 選手の性格が出ますね。回数をこなす選手もいれば、1試合1試合集中してやる人もいます。私はひとつひとつ集中するほうですね。

フェンシング宮脇花綸×ガールズケイリン鈴木奈央 互いの競技の紹介では「動物園みたいに叫んでます」「魂が抜けそうなくらい走ってます」(笑)
剣とマスクでフェンシングの魅力を伝える宮脇と熱心に聞く鈴木 photo by Sunao Noto(a presto)

【充実していた海外遠征】

――話は変わって、お互い小学生時代にはまっていたことやコレクションしていたものはありますか。

宮脇 はねトび(フジテレビのバラエティ番組「はねるのトびら」)とか。

鈴木 はねトび、めっちゃ見てました! あとプロフィール帳はめっちゃ流行ってました。名前とか好きな食べ物とか住所とか書いて......。

宮脇 住所も?(笑)

鈴木 あれ、住所は書かなかったっけ?(笑)

宮脇 穴埋め形式で「私は〇〇です」「好きなものランキングは?」みたいな(笑)。

鈴木 「これ書いて!」って友達に言って書いてもらって(笑)。それを集めてました。

宮脇 当時はそれが楽しかったですよね。

鈴木 今また流行ってますよね。

宮脇 そう。今やったら結構面白いと思いますね。

――おふたりとも中学や高校時代から海外でも活躍されていました。当時はどんな気持ちで海外遠征に行っていましたか。

宮脇 初めて行ったのは中学生の頃で、年に1回か2回、フランスでやる国際大会に行っていました。そこに行くと、同い年とは思えないような体格、160cmとか170cmとかの選手が出てくるわけです。日本の選手たちは私と同じように小柄なので、その意味ではすごく新鮮でした。そこでメダルを獲れたりすると楽しかったですし、世界が広がるような感じでしたね。

鈴木 私は高校から海外遠征に行ったんですが、高校生の頃は全国大会で優勝できたので、自分より強い選手と戦えるのがすごく楽しかったです。

宮脇 自転車競技って小さい頃から強かった人がそのまま強くなるものなんですか。

鈴木 全然違います。自転車って基本的に誰でも乗れるじゃないですか。だから他の競技から転向してきて強くなる選手も多いです。実際にガールズケイリンにはスピードスケート出身の選手やバレーボール出身の選手とかは何人かいますね。

対談中編に続く >>

【Profile】
宮脇花綸(みやわき・かりん)
1997年2月4日生まれ、東京都出身。三菱電機所属。姉の影響で幼稚園の頃からフェンシングを始める。小学校、中学校時代にはさまざまな大会で活躍。2014年南京ユースオリンピックで日本代表に選出され、女子フルーレ個人で銀メダルを獲得。2016年リオデジャネイロ五輪、2021年東京五輪出場は叶わなかったが、2024年パリ五輪に出場。女子フルーレ団体で銅メダルを獲得した。

鈴木奈央(すずき・なお)
1997年2月9日生まれ、静岡県出身。小学2年から自転車競技を始め、高校から自転車競技部に入る。1年時からジュニアのナショナルチームに選ばれ、2年時にはケイリンと500mTTで日本一となる。高校卒業後に日本競輪学校(現日本競輪選手養成所)に入学し在校成績1位で卒業。その後はガールズケイリンで戦いつつ、競技では中距離選手として活躍。2021年末に競技から引退し、22年よりガールズケイリンに専念している。

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