日本一を決めたのは、空振り三振だった。そのウイニングボールを受け止めたのが、ソフトバンクの捕手・山本祐大だった。

 最後の一球がミットに収まった瞬間、山本祐は腹の底から声を上げ、拳を突き上げ、そして笑った。喜びが全身を駆け巡る。マスクを勢いよく後方へ放り投げ、マウンドへ駆け寄ると、守護神・杉山一樹と固く抱き合った。

「個人的な思いもいろいろあったなかでしたけど、なんとかチームの日本一に貢献したいと思っていました」

 個人的な思い──あえて、それ以上の言葉は口にしなかった。

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【激動の1年を締めくくる一打】

 DeNAの正捕手が、シーズン途中にまさかのトレードでソフトバンクへ。電撃移籍が発表されたのは、5月12日の午前10時30分だった。

 あれから約5カ月半。10月28日午後8時33分、ソフトバンクはDeNAを4勝0敗で退け、2年連続の日本一に輝いた。山本は言う。

「今年のシーズンに入った時には想像できないような1年間を過ごしました。感謝の気持ちでいっぱいです」

 その声は、少しかすれていた。

「打った時、すごく気持ちが高ぶって叫んでしまったので、ちょっと喉が痛いなとは思いますが、うれしかったです」

 日本一を決めた第4戦。山本祐はバットでも大きな仕事をやってのけた。

 2点を追う4回裏、目の前で栗原陵矢が敬遠され、二死一、二塁の場面で山本祐に打順が回ってきた。同点の走者を出してまで、自分との勝負を選んだ古巣DeNA。その選択に、燃えないはずがなかった。

「気持ちが熱くなるものがありました」

 相手は、シーズン序盤まで同じユニフォームを着ていた平良拳太郎と松尾汐恩のバッテリー。配球を読んでいたわけではない。それでも、外角高めに投じられた釣り球を逃さず、素直に打ち返した。いや、魂を込めて打ち砕いた。

 打球は右翼線を破る同点の2点適時三塁打。山本祐は鬼の形相で二度も吠え、何度も拳を握りしめた。

 さらに6回裏には、勝利を大きく引き寄せる左犠飛を放ち、この日3打点。日本シリーズでは全4試合のうち3試合に先発出場し、11打数4安打、打率.364、出塁率.467をマーク。攻守にわたる活躍が評価され、優秀選手賞に輝いた。

【友情を封印して挑んだ大一番】

 古巣との対決に、山本祐はどのような思いで臨んでいたのか。

 レギュラーシーズン中はもちろん、日本シリーズでの対戦が決まるまでは、同学年で親しい牧秀悟や、慕っている先輩の佐野恵太と頻繁に連絡を取り合っていたという。しかし、シリーズが始まると、その関係に自ら一線を引いた。

 最低限のあいさつこそ交わすものの、馴れ合うようなことは一切しない。試合中も、自ら安打を放って出塁した際には、DeNAの選手とあえて目を合わせないようにしていた。

「もともとチームメイトだった人たちばかりでしたけど、心を鬼にしてというか、もう自分たちが勝つこと、ホークスが勝つことだけを考えてやれた。それは自分自身も成長できたなと感じましたし、すごくよかったなと思います」

 かつての仲間への思いを胸の奥にしまい込み、目の前の勝負に徹する。山本祐は、ソフトバンクの捕手として戦う覚悟を貫いた。

 今年の日本シリーズは、開幕前から山本祐の存在が大きな焦点となっていた。なにしろ、相手はシーズン途中まで在籍していたDeNAである。打者の特徴はもちろん、性格や考え方、勝負どころでの心理状態まで熟知している。しかも、山本祐のポジションは捕手だ。短期決戦における捕手の重要性は、毎年のように語られる。

「日本シリーズは捕手のためにある」

 戦後初の三冠王に輝き、4球団で監督を務めるなど、65年以上にわたってプロ野球の世界に身を置いた名捕手・名監督の野村克也氏は、そんな言葉を残している。

【数字に表れない山本祐大の武器】

 ソフトバンクの細川亨コーチも、シリーズ開幕前、山本祐の存在についてこう語っていた。

「祐大は有利だと思います。日本シリーズってデータじゃないです。もちろんある程度はありますけど、日本シリーズって選手は目立ってナンボじゃないですか。選手がメイン。僕も現役時代に秋山(幸二)監督に『オマエら日本で2チームしかやっていないんだぞ。それで目立たないで、どこで目立つんだ。いつもより注目してもらえるんだ。活躍したら目立つぞ』と言われたものです」

 そして、短期決戦ならではの難しさについて、こう続けた。

「レギュラーシーズンと戦い方も違う。そうなるとデータだけで見ることができない。やっぱり性格とか人間性とか、そこが重要になってくる。

絶好の場面でイケイケになるのか、慎重になるのかとか。それを知っているだけで攻め方も変わるし、味方の投手も安心して投げられるじゃないですか」

 数字だけでは読み取れない、打者の心理や性格。それを知っていることが、捕手にとってどれほど大きな武器になるのか。

 細川の言葉は、山本が持つ強みの本質を言い表していた。実際、山本祐のリードを受けた投手たちも、その違いを感じ取っていた。

【古巣を倒して証明した捕手の価値】

 第1戦に先発し、7回無失点の好投を見せた上沢直之に話を聞くと、こんな答えが返ってきた。

「おもしろいなと思いました、配球が。相手をわかってリードしているという感じでした。自分のなかで思い描いている配球があって、(内角へ)突っ込むところはしっかり突っ込む。そのタイミングがいいと思いました。全体的には事前のミーティングどおりだったし、根拠があってリードもしてくれたと思います」

 上沢が感心したのは、単に相手の弱点を突く配球ではない。勝負どころを見極め、必要な場面では迷わず内角を攻める。

その判断の的確さだった。

 チーム内でも、山本祐の持つ情報はさまざまな形で共有されていたという。たとえば、何げない雑談のなかで「牧をパ・リーグの選手にたとえるなら、ロッテの山口(航輝)に近いかな」といった話が出たり、「東(克樹)が第3戦に先発するのは、こういう理由があるからじゃないかな」と、相手ベンチの思惑を推測したりすることもあったようだ。

 古巣を知り尽くした山本祐の存在は、ソフトバンクにとって単なる戦力以上の意味を持っていた。投手の力を引き出し、相手の狙いを封じ、時には自らのバットで試合の流れを変える。攻守両面で示したその存在感は、捕手というポジションの奥深さをあらためて浮き彫りにした。

 5月12日、突然のトレードで始まった新たな野球人生。戸惑いや葛藤もあったはずだ。それでもソフトバンクの一員として戦う覚悟を固め、最後は日本一の歓喜の輪の中心にいた。

 強いチームに名捕手あり。山本祐はその言葉を、最後の一球を受け止めたミットと、拳を突き上げたあの姿で示してみせた。

田尻耕太郎●文 text by Kotaro Tajiri

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