元広島の投手で広島、巨人で指導者を務めた池谷公二郎(いけがや・こうじろう)さんが29日に多発性骨髄腫のため亡くなった。74歳だった。

入団2年目だった1975年に18勝を挙げ、カープ初優勝に貢献。76年には20勝15敗3セーブ、207奪三振の成績をマークし、沢村賞、最多奪三振のタイトルを獲得した。77年のシーズン48被本塁打はプロ野球記録。逃げないエースの勲章として語り継がれてきた。

 静岡出身で静岡商、社会人の金指造船、日本楽器を経て、72年に広島からドラフト1位で指名され、翌73年オフに入団。85年限りで引退。通算成績は325登板で103勝84敗10セーブ、防御率4・13だった。

 現役引退後は解説者として活躍。さらに広島のコーチを務めた後は、巨人でも2度、投手コーチとして招へいされ、若手の育成に尽力した。

 一昨年夏には膵臓(すいぞう)がんを患ったが、昨年11月にはOB戦「カープレジェンドゲーム」で元気な姿を見せていた。その後も闘病生活を続けながら、テレビ出演などを続けていた。

 この日はマツダスタジアムで秋季練習が行われ、首脳陣、選手らは喪章を付け、センターは半旗が掲げられた。

 ◆池谷 公二郎(いけがや・こうじろう)1952年6月28日、静岡県生まれ。静岡商から金指造船、日本楽器を経て、72年に広島からドラフト1位で指名され、73年オフに入団。85年に引退するまでの通算成績は325登板で103勝84敗10セーブ、防御率4・13。89~92年まで広島投手コーチ、98~01年まで巨人投手コーチを務めた後、04年に再び巨人投手コーチを務めた。

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