この記事をまとめると
■アウトウニオン・タイプ52がグッドウッド・フェスティバルに登場■タイプ52はアウトウニオンによって設計されるもプロトタイプすら作られなかった
■現実となったタイプ52は横3人乗りのファットなボディに200馬力のV16を搭載する
90年前のスポーツカーがグッドウッドをヒルクライム
今年のグッドウッド・フェスティバルは、このアウトウニオン・タイプ52がヒルクライムを走るという話題でもちきりだったそうです。なにが凄いって、このタイプ52は、アウディのご先祖様となるアウトウニオンが90年も前に設計したスポーツカー。そんな大昔にもかかわらず、搭載するエンジンは4.4リッターのV16! しかもミッドシップで最高速は200km/hというハイスペックなのです。
「タイプ52なんて聞いたことない」というのもごもっともで、当時は設計だけに終わってしまい、この世にあるのはグッドウッドのために再現されたこの1台のみ。そんな化け物マシンですから、グッドウッドを、そして世界のクルマ好きを驚かせたのも大いに納得です。

そもそも、アウトウニオンといえば1932年にアウディ、ホルヒ、DKW、ヴァンダラーの4社が統合された、ドイツのドリームチームかのようなメーカー。メルセデス・ベンツとともにヒトラーの後ろ盾を得て、それぞれ銀色のマシン〈シルバーアロー〉でグランプリレースを席巻したことはご存じのとおり。
また、アウトウニオンのグランプリマシンはタイプA/B/Cとあったのですが、いずれもフェルディナンド・ポルシェ博士による設計。搭載エンジンは排気量4.4~6.0リッターのスーパーチャージャー付きV16エンジンで、最高出力はマックス200馬力だったといいますから、とても90年前のクルマとは思えません。
そして、グッドウッドを走ったタイプ52は、前述のタイプAをベースにアレンジされたのですが、当初ミッレ・ミリアやスパ・フランコルシャンなどスポーツカーレースへの参戦が意図されていたとのこと。それゆえ、クローズドボディ、3人乗り、スペアタイヤ搭載スペースなど、グランプリマシンとはまったく違ったトリミングとなった模様。

同時に、エンジンチューンも圧縮を抑えてレギュラーガソリンに対応させたり、スーパーチャージャーのギヤ比を変更して中高回転域にパワーゾーンを設定するなど、公道走行すら見据えられています。もしかすると、ファクトリーレースだけでなく、顧客への販売も視野に入っていた可能性もありますね。
そんなチューニングの結果、現代に蘇ったタイプ52は520馬力/4500rpmというパフォーマンスとなり、わりと低回転からパワーを発揮する乗りやすそうなマシンであることがわかります。

数枚の図面とメモを頼りに再現されたタイプ52
「シュネル・シュポルト(速いスポーツカーの意)」と呼ばれたタイプ52ですが、スポーツカーレースへの参戦どころか、プロトタイプすら作られませんでした。
いずれにしろ、アウディやポルシェに残されていたタイプ52の資料は、数枚の図面とメモ書き程度だったとか。

この少ない資料から「再現してよ」と無茶ぶりされたのがイギリスのレストアファクトリー「クロスウェイト&ガードナー」。彼らはブガッティT51の完全レストアやノートンマンクスのデスモドロミックをゼロから再現するなど、世界に名の知れた技術集団。むろん、すべてのコンポーネントはカスタムメイドで、ほとんどが手作り。
横に3人乗りとしたからか、それまでのシルバーアローよりもいくらかファットなボディは、残されていた簡単なスケッチをもとに、アルミ板金職人がイメージを最大限に膨らませたとか。

もっとも、エンジン、トランスミッション、そしてギヤボックスはアウディ自身がリプロダクトしたグランプリカーからの流用で、足まわりはクロスウェイト&ガードナーの提案により、タイプ22のような横方向のリーフスプリングとフリクションダンパーの組み合わせの代わりに、縦方向のトーションスプリングサスペンションと油圧ダンパーを組み合わせたといいます。サーキットよりも、公道レースを想定した設計といえるでしょう。
全長は軽く5mを越えていますが、車両の総重量は1750kg、無負荷重量(乗員、ガソリン、スペアタイヤなし)が1300kgと、アルミボディとはいえ驚くほどの軽量です。

なお、グッドウッドでステアリングを握ったハンス・ヨアヒム・シュトゥックはレジェンドとも評されるドイツのレーシングドライバーですが、彼の父親、ハンス・シュトゥックもまた現役時代にシルバーアローを駆って何度も優勝をした伝説的ドライバー。親子二世代にわたって、化け物のようなマシンを操ってきたわけで、グッドウッドの観客はそんな感慨もあわせてタイプ52の疾走に見入っていたのではないでしょうか。