じつは1970年代には実用化されていたアイドリングストップ
最近発売されるガソリンエンジンの新車は、再びアイドリングストップ機能を持たない車種が多くなっている。そうした新車に試乗すると、自分はまだ20世紀に生きているのかという気分になる。
1974年のトヨタ・クラウンのマニュアルシフト(MT)車に世界で初めてアイドリングストップが採用され、2010年前後からアイドリングストップ車が普及しだした。
ガソリンエンジン車にアイドリングストップ機能を装備しない理由はいくつかある。たとえば悪路走破を主力としたクロスカントリー4輪駆動車は、滑りやすい路面でエンジン再始動に時間を要し、駆動力をすぐ発揮できないと事態を悪化させる懸念がある。命にかかわる問題であり、駆動力がすぐ得られることは不可欠だ。
一般的な乗用車でも、最新のエンジン技術によってアイドリングストップをしなくても燃費改善が行われていると自動車メーカーは説明する。アイドリングストップを機能させるには、スターターモーターやバッテリーを大型化するため、ライフサイクルで考える必要もあるという。

大型化や大容量化した部品の採用で原価が高くなったり、交換費用が余計に掛かったりすることもある。アイドリングストップを嫌い、スイッチを切って使用する顧客も地域によっては多く、そうした理由から不採用となっているようだ。
交通状況によっては燃費が悪化することもある
では、アイドリングでどれほどの燃料が消費されるのか。
一般的な事例として、環境省が公開する数値によれば、10分のアイドリングにより乗用車で0.14リッター(140cc)を消費し、二酸化炭素量(CO2)排出量は炭素換算で90gになるとのことだ。
それを基にすれば、18分ほどアイドリングストップした場合、お茶や牛乳など飲料パック(250ml)ほどの燃料を使わずに済むことになる。

一方、エンジンを再始動するときに消費する燃料はアイドリングより多く、5秒程度で再始動するとかえって消費が多くなるとされる。
現在カタログ表記に使われているWLTCの市街地モードは、600秒(10分)間模擬される間に2度停車する。

国土交通省の調査によれば、首都圏の平均速度は時速24kmで、ことに都心は時速16kmとマラソン選手より遅い移動になる。これは、速度制限が時速40kmの道路であれば、移動時間の半分ほどが停車して経過していることになる。国土交通省の調べによれば、時速20km以下になるとアイドリング時間が増え、約3割燃費が悪化するとのことだ。こうした交通環境では、アイドリングストップの効果が大きくなる。
それでも、交通の流れがよい郊外に住む人は無駄な装備になるとの声が聞こえてきそうだが、現在は世界的に都市化が進んでいる。国際連合によれば、2030年には世界人口の60%が都市部に住むと推計されている。しかも世界人口そのものが増加の一途をたどっている。すでに都市化が50%を超えているいま、販売される新車がこの先10年以上存続すると考えたら、都市化が進むことを踏まえた環境への影響も考慮すべきだ。
CO2削減のためには個人の意識改革も必要だ
自動車工業会(自工会)の豊田章男会長は、「自動車は一度世の中に販売されると、30年~40年にわたって市場へ出ていく。クルマを作るということは技術力があればできるけども、クルマを作ったあとに、40年、ユーザーやいろんな変化に対応する覚悟は持っていただきたい」と、述べている。

別の記者会見では、「カーボン・ニュートラルは、自動車メーカーだけでは達成が難しい」とも語り、利用する事業者の協力が欠かせないとの姿勢を示した。発言の背景は物流を想定したものだが、商用車より台数の多い自家用車のことを考えれば、個人での協力も不可欠だ。
アイドリングストップ機構を切って使う利用者が多い市場もあるというが、販売店の協力を通じ、アイドリングストップの意義を消費者へ伝え、意識改革を促していくことも大切だろう。
豊田会長は、「100年に一度の大変革」と危機感を募らせている。変革とは、物事を根底から変えて新しくする意味だ。
CASE自体、それを促す取り組みである。情報・通信を通じた連携(つながり)や、自動運転、共同利用などは、世界13億と言われる保有台数を大きく削減する手段である。それによって、環境問題はもとより、資源も解決の道を探り、同時に、消費者の利便性は維持できる。
ライフサイクルで考えても、直噴ガソリンエンジンが増えた今日、エンジン停止のクランク角を制御することにより筒内へ燃料を噴射するだけで再始動させる技術が開発されている(実際には万一を想定してスターターモーターを装備する)。それがマツダのi-STOPだ。

あるいは、空調システムに蓄冷剤を活用することで、アイドリングストップ中の冷房効果を1分持たせる技術もある。スズキのエコクールがそれだ。
環境への負荷は運転中の比率が高く、CO2削減効果は大きい。自工会の豊田会長の言葉は、ひとつひとつ重い。自然災害の甚大化が世界的に拡大しているいま、できることを総動員しなければならない状況下にあって、その手段を前世紀へ戻すことには賛成できない。