F1黄金期の裏側で密かにNSXの開発が進められていた!
ホンダ青山のショールームでF1が展示されている。記憶に残るのは赤白のマルボロカラーで塗られたマクラーレンホンダだ。このF1参戦はホンダとしては第二期の挑戦だったが、眩しいばかりのMP4/4は1988年、16戦中15勝とF1史に残る快挙を演じていた。
こうして赤白マシンがセナ&プロスト、セナ&ベルガーによって、世界中のサーキットを走っているとき、栃木県にある本田技術研究所では本格的なスポーツカーの開発プロジェクトが進められていた。コードネームはNSX。NはNEWを示し、SはSPORT、Xは未知との遭遇を意味していたのかもしれない。

コンセプトはポルシェやフェラーリとは異なる新しいスポーツカーの提案だった。ゴードン・マレーのMP4/4のように、低重心と軽量化が基本コンセプトとなり、そのために当時の自動車業界の常識では考えにくい、オールアルミのモノコックボディを開発した。

パワートレインはレジェンドで使っていたV6横置きエンジンをミッドシップに搭載し、技術的にはABSやトラクションコントロール、エアバッグなどの安全装備も充実していた。開発の途中でリヤにトランクが追加され、実用性も高まったのである。

このNSXは1990年に登場するが、すぐに軽量モデルが登場し、タイプRと命名された。2002年にNSXは大きなモデルチェンジが行われ、エンジンは3リッターから3.2リッターにパワーアップ、初代のコンセプトを維持したまま、エンジンとシャシーのパフォーマンスは高まっていた。だが、環境問題などが理由で1990年から続いたNSXは一旦幕を閉じることになった。

NSX第二期はハイテク満載のハイブリットでデビューした
世には出なかったが、幻のNSXが開発されていた。その実態は自然吸気V10エンジンをフロントに搭載するSH-AWDのスーパーカーであった。
リボーンしたNSXは2016年にデビュー。初代とは180度コンセプトが変わり、3モーター+V6ターボというハイスペックを持つハイパーハイブリットのスーパーカーに変貌した。

ライトウェイトという初代NSXのコンセプトとは大きく異なり、近年のF1やルマンで使われるハイブリット技術がコアとなった。失ったものはライトウエイトというコンセプトで、当然重量は1.8トンを超えていた。フロントに左右独立した2つのモーターで前輪を駆動するSH-AWDであるが、なんと前輪のモーターを独立で制御するというベクタリングを実現。この車両制御技術に言葉を失ったが、実際にアメリカのサーキットで乗ったときは、人工的なハンドリングに躊躇した。

初代ハイブリットNSXの開発は米国オハイオチームが担当したが、その後、2018年モデルは日本の本田技術研究所チームが担当し、ハンドリングはアップデートしたのである。そのモデルで鈴鹿サーキットを走ったことがあったが、2016年モデルよりも確実に2秒ほどのタイムアップを果たすことができた。
タイプSは集大成にふさわしいスーパーハンドリング!
今回発表されたNSXタイプSは世界限定車であるが、日本では30台のみ販売される。しかも、今回のタイプSを最後にNSXの生産が終了することが決定され、32年続いたNSXの有終の美を飾ることになった。F1がなくなり、NSXも生産中止。

オリジナルのパワーはエンジンが507馬力、前後のモーターパワーを合わせると、システムの最高出力は581馬力を発揮していたが、タイプSではエンジンとモーターを進化させ、システムの最高出力は610馬力に到達している。これでフェラーリやポルシェの600馬力倶楽部に仲間入りしたが、NSXの武器は前後加速Gの高さだけではなく、モーターベクタリングによるハンドリング性能の高さが秀逸なのだ。タイプSはタイヤからダンパーなどを徹底的に見直し、文字どおりのスーパーハンドリングを手に入れることになった。

エンジンを始動したときのデフォルトはスポーツモードであるが、ダイヤルを左に回すことで、静かなクワイエットモードで走ることができる。もし、バッテリー容量を増やすことができるなら、街中はEVで走ることができるはずだ。

デフォルトのスポーツモードでも十分に速いし、楽しい。スロットルを踏みこむと、3.5リッターV6ターボが元気よく、車体を加速させる。約1.8トンとは思えないほどのパンチ力だ。続いてダイヤルを右に回すと「スポーツ+」となる。鷹栖には2つのワインディングがある。

まずEU路でスポーツとスポーツ+を試してみたが、「スポーツ+」ではモーターベクタリングが機能し、実際の舵角が親指一本くらい少なくてすむ。狭いコースであるが、610馬力をラクにコントロールできるのは、ステアリングが驚くほど正確だからだ。スピードが高まるほど、ベクタリングは安定性志向に変化するが、ニュルブルクリンクを模擬したコースでわかったことは、スピードに応じて操縦性が最適化されていることだった。

トラックモードではドライバーの操作が最優先するように工夫されている。具体的にはパワートレインやVSA、そしてSH-AWDがサーキットのラップタイムの邪魔にならないようにセットされている。

ガレージから出る時は、モーターで静かに走ることができるし、サーキットでは狼に変身する。一般道路は「スポーツ」で流し、ワインディングでは「スポーツ+」で走りたい。まさに変幻自在な走りが楽しめるわけだ。最後に乗り心地だが、磁力を使ったダンパーのおかげで、粗々しさはなく、アストンマーティンにもプレゼントしてあげたいシャシー性能であった。残念なことは、あとにも先にもタイプSを手にするひとは数少ない。

世に出ることはなかったV10NSX、ごく限られた人だけが味わえるNSXタイプS。そして、二度と聞くことができなくなるホンダF1。そんなことを考えたでけ、眠れない夜が続きそうだ。