
主催者は、生活保護に関心を持つ法律家・支援者・当事者等の団体である生活保護問題対策会議、および生活保護ケースワーカーを中心とする実務家たちの団体である全国公的扶助研究会だ。
参加する都道府県議員および市町村議員の会派は、いわゆる「革新系」のみというわけではなく、「保守系」会派からの参加も目立つ。ただし、「新自由主義」や「極右思想」を前面に押し出す会派からの参加は、稀であるようだ。(みわ よしこ)
休日返上の議員研修会は、今年で16回目
2009年に開始された生活保護問題議員研修会は、毎年1回、地方議会が開催されない8月に行われ、今年で第16回となった。2019年までは、全国各地で土曜日・日曜日の2日間にわたって開催されることが多かった。2020年から2023年まではコロナ禍に対応したオンライン開催やハイブリッド開催となり、2024年からは1日だけの開催となっている。
参加している地方議員たちの中には、若い時期から生活困窮者支援に関わりつづけて数十年という貧困問題のベテランがいる。また、議員となったために地域の貧困問題に直面し、生活保護を知る必要に迫られた新人もいる。研修内容は、ベテランにも新人にも一定の充実感を与えられるように、工夫と配慮が凝らされている。
研修会の様子(8月23日 名古屋市内/みわよしこ)
生活保護に関する非公開データを「可視化」すれば社会が変わる
今回の議員研修会は、開会挨拶の後、立命館大学准教授の桜井啓太氏による基調講演で開始された。テーマは、「生活保護制度運用の自治体格差」だ。関西で生活保護ケースワーカーとして勤務した経歴を持つ桜井氏は、信頼する実務家や研究者とともに「生活保護情報グループ」(以下、「情報グループ」)を結成し、データに基づく生活保護の運用実態分析や情報発信を続けている。
行政の現場では、生活保護の運用実態に関する多数のデータが収集されているものの、その多くは非公開となっている。「情報グループ」の活動目的の一つは、情報開示請求などの手段によってデータを収集し、可視化し、オープンな議論の基盤を社会に提供することだ。
生活保護は国の制度であり、内容は国が定めている。しかし、実施を担うのは地方自治体である。むろん、生活保護は国が定めた法律・施行規則・通知類に従って実施されるものであり、極端な自治体格差は発生しにくいはずである。
ところが、申請権の保障から保護費の給付まで、自治体による差は非常に大きい。生活保護で不適切な制度運用が行われると、最悪の場合には人命を奪うことになりかねない。
したがって、まずは、自治体格差の実態が社会に知られなくてはならない。
データが雄弁に語る、生活保護の自治体格差
桜井氏が最初に示したのは、群馬県桐生市において行われてきた不適切な生活保護運用事例の数々だった。その中には、生活費分(生活扶助費)をその月のうちに本人に全額給付せず、給付した金額が本来の1か月分の半分程度という事例もあった。
また「就労指導」「家計指導」などの名目で分割給付し、呼び出して“嫌がらせ”的な対応を行っていた事例もあった。家族からの仕送り収入など、架空の理由による生活保護の打ち切りもあった。参加していた議員たちからは、驚きの溜め息が漏れた。
なんとも唖然とするが、生活保護法の目的は「健康で文化的な最低限度の生活の保障」であるのと同時に「自立の助長」である。「自立の助長」の最も狭い意味での解釈は、1950年以来、「生活保護を利用しなくなること」とされている。
この意味では、桐生市は「自立を助長」していたことになるが、厚生労働省は「不適切」としている。そして、おそらく桐生市は特異な事例ではない。
桜井氏は、「情報グループ」が収集した情報と分析結果を次々に示した。
「保護率が異常に低い」
「生活保護の申請件数に対する却下率が異常に低い」
「申請すると親族に扶養照会を必ず行う」
「申請から保護決定までに異常に日数がかかる(原則として14日以内)」
「自動車の保有を絶対に認めない(原則として認められていないが、国はいくつかの例外を示している)」
「通院時の交通費を出さない」
といった項目ごとに、地図やグラフと当該自治体が示されると、参加していた議員たちから驚きの声が漏れた。
自分の自治体での生活保護運用に注意し、課題を克服することは、まさに地方議員の役割の一つであろう。桜井氏は「国レベルでの制度変革」「各自治体レベルでの行政の監視と運用の変革」「社会の意識や価値観に対する働きかけ」の3点を挙げ、それぞれに対して地方議員だからこそできる活動は数多いことを挙げ、講演を締めくくった。「つかみはOK」だったようだ。
国政から日々の暮らしへ、過去から未来を照らす生活保護のパワー
この後、研修会のプログラムは、- 低すぎる生活保護基準と活用されていない生活保護制度の問題(花園大学教授・元ケースワーカー・吉永純氏)
- 自治体で行われている生活保護の不適切な運用を変えるために地方議員ができること(元ケースワーカー・田川英信氏)
- 生活保護での自動車保有条件の緩和につながる判決と活用の可能性(弁護士・元ケースワーカー・太田伸二氏)
- 生活保護基準の歴史とナショナル・ミニマムとしての役割(日本女子大学教授・岩永理恵氏)
- いのちのとりで裁判(2013年の生活扶助基準引き下げの取り消しを求める行政訴訟)の最高裁判決とその後(弁護士・小久保哲郎氏、愛知県の原告男性)
- 東京都小金井市議会における、生活保護基準の引き上げを国に求める意見書採択(小金井市議・片山薫氏)
いずれの講演も学びが多く、目を開かされる内容であったが、本記事では、自動車保有に関する太田伸二氏の講演、および意見書採択に関する片山薫氏の講演から内容を紹介する。

生活保護制度の歴史と役割について講演する日本女子大学・岩永理恵教授(8月23日 名古屋市内/みわよしこ)
地方における「車か生活保護か」という究極の選択
生活保護で保有を認められる資産の範囲は、厳しく制限されているが、誤解も多い。たとえば「持ち家」は、よほどの高額物件でない限りは保有と居住を認められる。人間が生きるにあたり、住居が必要不可欠だからであろう。しかし「自動車」の保有や運転は、現在も原則として認められていない。
地方においては公共交通機関の減少が著しく、自家用自動車なしに生活を営むことが事実上困難な場合も多いため、生活保護の申請にあたっては、事実上「車か? 生活保護か?」という“究極の選択”を強いられるケースもある。
自家用自動車の世帯当たり普及台数で1位の福井県、2位の富山県、3位の山形県は、生活保護率では、それぞれ最下位から数えて3位・1位・6位である。地方において生活保護の利用を妨げる要因として、自動車保有に関する制約は大きい。
しかし、厚生労働省は、「車を手放せないのなら、生活保護を断念してください」と示しているわけではない。本人または家族の障害により自動車が必要な場合、または交通不便な地域の場合には、自家用自動車の保有を認めてきた。
ところが、この状況は、2022年5月に厚生労働省が発した事務連絡で一変した。この事務連絡は、「保有容認目的以外に自動車を使用することは認められない」とするものであった。
たとえば「通院」目的で保有を認められている自動車で、通院のついでに少し遠回りして日常の買い物を行うことは、この事務連絡を厳密に適用すると、認められないことになる。
生活保護での自動車利用の制限は、事実上消えた
三重県鈴鹿市は、実際に厳密に適用し、自動車なしには外出ができない障害者世帯2世帯に対して生活保護を打ち切ろうとした。2世帯を支援する弁護士らは、打ち切りを行わせない執行停止の申し立てと、打ち切り処分の取り消しを求める訴訟を並行して行い、いずれの訴訟でも勝訴に至った。2024年12月、判決の確定を受け、厚生労働省は2022年の事務連絡を事実上撤回した。すなわち、障害者と公共交通の不便な地域の人々に対しては、事実上、生活保護のもとでの自動車の用途の制限はなくなった。
ただし、公共交通の不便な地域に対しては「低所得世帯との均衡を失しないと実施機関が認める場合」という条件が残されており、各福祉事務所の解釈と運用に不安が残る。
また、自動車の価値や普及率などに関する判断基準もない。用途の制限は、事実上なくなったとは言えるが、「通院のついでに買い物に行き、そのついでに映画館に寄って映画を見た」といったことが紛争の火種になりうる状態である。
さらに、自動車の維持費等については、各世帯で持ち出すこととなるため、「最低限度」以下の生活を強いられる可能性がある。
厚生労働省は、自動車の保有を認める基準を明確化し、用途の制限を明確に撤廃し、生活保護に「日常生活の足」である自動車の維持費のためのメニューを創設すべきだろう。
生活保護の運用は各自治体が行っている。生活保護世帯の自動車の保有状況や、保有や使用が不当に制限されている可能性は、重要な情報だ。不適切な運用が行われていれば、まずは自治体に働きかけることができる。運用実態に関する情報や改善案は、厚生労働省に提供することもできる。地方議員だからこそできることは、幅広い。
地方議会を巻き込む「意見書」採択のリアル
小金井市議員の片山薫氏(無所属)は、現在5期目のベテランだ。議員になる前、就学援助を利用しながら子どもを育てていた経験があり、子どもの貧困問題や生活保護問題に継続的に関わり続けている。東京23区の西に位置する小金井市は、都心に近く住宅地の多いベッドタウンであるとともに、公園や緑地など豊かな自然環境を誇る。人口は12万5000人、市議会議員は24人である。
国政与党に属する市議は、自民党の4人と公明党の3人で合計7人であり、多数派ではない。このため、国政課題に対する意見書が採択されやすい状況である。また、一人会派でも不利にならないように議会基本条例が整備されている。
議員提案は非常に盛んであり、定例会ごとに10件前後またはそれ以上の提案がある。意見書は、市議2人の署名で提案できる。
生活保護に関連する意見書は、2020年以後だけで「生活保護行政の改善を求める意見書」(2020年9月)、「生活保護を必要な人が必要なときに受けられるよう制度の見直しを求める意見書」(2021年3月)、「生活保護制度の改善と貧困ビジネスの規制を求める意見書」(2023年12月)の3件が採択されてきた。
採択された意見書は、小金井市長名または市議会議長名で、首相・厚生労働大臣、その他担当省庁の大臣に送付された。
各意見書には、地域の実態を踏まえつつ、さらに踏み込んだ内容が並ぶ。東京都条例と市町村での実態の関係が具体的に指摘されていたり、生活保護法そのものを権利性の強い新法で置き換える必要性が提言されていたりする。
2023年12月の「生活保護制度の改善と貧困ビジネスの規制を求める意見書」の冒頭には、同年11月に名古屋高裁で言い渡されたばかりの判決を「2013年~2015年に国の行った生活保護基準の引き下げによる保護費の減額決定は違法である、という判断が示された」と紹介する文言がある。続いて「物価高騰の影響もあり生活に困窮する人たちが増える中、生活保護基準の引き上げが必要である」と述べられている。
地方議会は、国の制度に対して積極的に提言することもできる。
提言に強制力はない。国は「スルー」することができる。しかし、全国の自治体のうち一定数で同様の意見書が採択されれば、国に対するプレッシャーにはなる。
片山氏の講演は、意見書の発案から根回し、そして採択後のフォローまで、地方議員たちにとって極めて実務的な内容の数々を含んでいた。地方議員としての政治力の有効活用である。同時に、そのような活動が可能な地方議会を作り上げる必要性も感じられる。住民に出来ることは、少なくないはずだ。
研修費用という投資には、行政サービス向上というリターンが
生活保護問題議員研修会は、まことに意義ある学びの機会であるとともに、地方議員たちのネットワーキングの場でもある。懇親会での交流のみならず、参加者のメーリングリストも用意されており、日常的に情報交換を行うことができる。参加できる議員と、参加できない議員の間では、知識やノウハウの格差が大きくなっていくだろう。
問題は、「誰が参加を可能にしているのか」である。京都大学の祐野恵特任准教授の論文によると、このような研修に参加する議員たちは、「首長与党か首長野党か」「再選に有利か否か」といった条件によらず、地域の課題を解決するため、機会があれば積極的に参加している。
しかし、費用負担は大きなハードルとなる。祐野氏の論文によると、年間の受講回数は政務活動費の金額に影響されている。祐野氏は、研修機会の少ない地方や、体力の少ない自治体の議員たちが不利にならない仕組みづくりの必要性を提言している。
公務員の研修に関しても、類似の課題がある。公的扶助研究会が毎年秋の週末の3日間にわたって開催する「全国セミナー」には、ケースワーカーなど生活保護に関わる人々が参集し、全国の仲間たちと共に濃密な学びと交流の時間を過ごす。今年も10月下旬に、新潟市で開催される予定である。
しかし、小規模な福祉事務所には、職場への影響を考えて参加をためらう職員がいる。生活保護業務への理解が薄い自治体では、公費出張が難しい場合もある。
熱意あるケースワーカーは、それでも自費で参加する。その場合、土曜日・日曜日の代休を取得することができないため、週末の休養なしに翌週の業務に就くこととなる。
あなたの居住する自治体は、議員や職員の研修を応援しているだろうか? そのことによって、行政サービスの質を向上させようとしているだろうか? 一地域住民として、私はまず、自らの「地元」を確認することから始めたい。
■みわ よしこ
フリーランスライター。博士(学術)。著書は『生活保護制度の政策決定 「自立支援」に翻弄されるセーフティネット』(日本評論社、2023年)、『いちばんやさしいアルゴリズムの本』(永島孝との共著、技術評論社、2013年)など。
東京理科大学大学院修士課程(物理学専攻)修了。立命館大学大学院博士課程修了。ICT技術者・企業内研究者などを経験した後、2000年より、著述業にほぼ専念。その後、中途障害者となったことから、社会問題、教育、科学、技術など、幅広い関心対象を持つようになった。
2014年、貧困ジャーナリズム大賞を受賞。2023年、生活保護制度の政策決定に関する研究で博士の学位を授与され、現在は災害被災地の復興における社会保障給付の役割を研究。また2014年より、国連等での国際人権活動を継続している。
日本科学技術ジャーナリスト会議理事、立命館大学客員協力研究員。約40年にわたり、保護猫と暮らし続ける愛猫家。