2024年から続々と発覚したM&A仲介によるトラブルは、メディアの追求もあり、単なる“M&A失敗”というビジネス領域を超え、世間の厳しい視線を浴びる社会問題と化した。
後継者不足を背景に2010年代以降、加速し始めた中小企業の事業承継ニーズ。
M&Aはそうした需要にこたえる有力な選択肢のひとつとして注目され、出口に行き詰った中小企業の未来を切りひらく希望の光になるはずだった…。
ところが、こうした潮流のなかで急拡大したM&A仲介業界は未整備のルール下にまぎ込むように玉石混交。一部で知識もモラルも乏しい事業者が暗躍し、一縷の望みを託した中小企業経営者に悪夢をもたらす。
2026年はルール厳格化も進むなかで、失墜した信頼を回復する業界にとっての大転換点ともいわれる。ここでは、トラブルの渦中にいた、あるM&A買い手側代表の“言い分”を紹介する。
※この記事は藤田知也氏の書籍『ルポ M&A仲介の罠』(朝日新聞出版)より一部抜粋・構成しています。

取材には「フェアな精神に感謝」と対応

インタビューを申し込んでから2週間後の2024年6月26日午後。東京・築地にある朝日新聞社の応接スペースに、T氏が現れた。名刺を交換して席につくと、T氏が切り出す。
「うちのまわりで起きたことを見れば、とんでもない悪党に見えると思うので。そうしたなかで取材機会をいただけるフェアな精神には感謝している」
それまでの取材では、東京に拠点を置くT社が2023年に少なくとも9社の中小企業を買収し、その多くで何らかのトラブルが起きている。買収先の現預金を引き抜いて資金繰りを悪化させ、経営者保証を解除しない例が複数あるほか、そうした責任も問われて1億円余りの損害賠償を命じる判決が下された。

疑問点には一つひとつ回答していったが

取材に応じたT社代表のT氏は、新潟県の会社の売り手には賠償をしていないと認めながら、「これは確実に履行する」と言い切った。
すぐに賠償しない理由は「一言で言うと、日本国内に現預金がないからだ」という。
アフリカに多額の資産があると主張し、それを国内に移して賠償すると説明した。
秋田市の寝具店とは、500万円余りを返す合意書を2023年10月に交わしているが、返金はしていない。
「ざっくばらんに言えば、金額が小さいので返せるポイントはあった。ただ、債権者は平等に扱わないといけない。一部だけ返して火を消そうとすると問題になると経験上知っている。全社に同じタイミングで返すつもりで、年内にすべてのトラブルを解消する」
T氏の話では、返金や支払いをすべき相手はM&A以外の案件も含めて「十数社」あり、総額は「5億円いかないくらい」。アフリカのコンゴ民主共和国に自身が株主の会社があり、現地関係者のトラブルで多額の資産を持ち出すのが一時的に難しくなったが、それも「法的手続きによって近く解消する」と主張した。
そうした説明を自ら債権者にしないのか。問うと、T氏はこう答える。「一括解消に今年は集中したい。(債権者から見れば)お金をもっていき、連絡も取れず、返事もくれない。悪いやつ、ずるいやつだと言われたら、受け入れるしかない」
新潟や秋田での経緯を振り返ると、「月内には払う」と言いながら説明もせずに先延ばしするやりとりがめだつ。
払うべきお金を払えなくなった時点で自ら知らせるのが筋ではないか。

なぜ経営者保証を解除しないのか

「もんもんとしていた。相手にしたら、言ったことは守らないし、連絡もこない状態だ。そこを責められたら、両手をあげて『ごめんなさい』と言うしかない」
T社の案件での共通項の一つは、経営者保証の解除をしないことだ。損害賠償を命じた地裁判決では、努力した形跡もなく契約不履行にあたると認定された。
T氏は「すぐに(解除手続きを)やると言ったことは一度もない」と主張し、こう続ける。
「契約前に売り手からは『保証を抜いてくれ』と必ず言われる。でも、解除するのは第三者の金融機関で、確約はできない。だから契約書には努力義務しかうたわない」
たしかに、取材で確認した一部の契約書では、保証解除は「努力」にとどまる。ただ、専門家の助言で「努力」という表現を削った案件も複数あった。新潟の事例でも、解除の実現は「最大限の努力」としつつ、必要な手続きは速やかに行うとされている。解除を確約する手法もある。
トラブルの根源は、売り手側は「買い手が保証を引き継ぐ」と認識していたのに、T氏は「そんなつもりはなかった」と後から主張している点だ。
T氏は私に対しても「自分が個人保証に加入するのは事実上無理。1、2社はできても何十社もできない」と唱えた。
「買った会社を黒字決算にしたうえで、金融機関と保証解除を交渉する方針だった。(自分が個人保証に加入しない考えは)重要な点なので、すべての案件で事前にすべからく言っている。契約書に書いていないので、言った言わないの世界になる」

ウソはついていないが「あいまいと言われたら反論の余地はない」

ただし、秋田や新潟の売り手側は「そんな話は聞いたことがない」と怒り心頭で反論する。契約前に「保証を引き継ぐつもりはありませんから」「黒字になるまで保証はそのまま背負ってもらいますよ」と本当に明言したのか。そこまで言われたら、多額の現預金が残る会社をみすみす格安で手放すことを普通はしないのではないか。疑問をぶつけると、T氏が答えた。
「そこまで強調して言っていないのは事実。これだけ何社も同じ問題が起きているので、(考えを)伝え切れていなかった。結果的に、僕に落ち度がある。だから裁判でも争わない。
一度もウソはついてないが、あいまいだと言われたら反論の余地はない」
将来の決算次第で交渉する考えだったのなら、「速やかに手続きをして努力をする」という契約書の表現も事実に反するのではないか。問うと、T氏は開き直った。
「それはおっしゃる通り。トラブルが起きると、契約書の一言一句が浮き彫りになる。将来のトラブルを見越して考えれば、欠陥だらけの契約書だ。ネット上のひな型とか、仲介業者にわりと任せて作ったものなので」
■藤田知也(ふじた・ともや)
早稲田大学卒業。同大学院修了後、2000年朝日新聞社入社。盛岡支局を経て2002~12年に「週刊朝日」記者。経済部、特別報道部を経て、19年9月から経済部。著書は『ルポ M&A仲介の罠』(朝日新聞出版)、『郵便局の裏組織』(光文社)、『やってはいけない不動産投資』(朝日新書)、『日銀バブルが日本を蝕む』(文春新書)、『強欲の銀行カードローン』(角川新書)ほか。


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