水俣病70年、高校生記者たちが報じ続ける理由とは? 「解決していない現状すら、多くの人が知らない」
水俣病の公式確認から、5月1日で70年という節目を迎える。化学メーカー・チッソの工場排水に含まれたメチル水銀が原因で発生したこの公害病は、今なお多くの人々に深刻な被害を残している。

問題は解決せず、補償を求める人々の声はかき消されがちだ。多くの人にとって、水俣病は「歴史の教科書の中の出来事」となり、風化のおそれが憂慮される。2年前に、環境省と患者団体の懇談の場で、職員が患者の発言を遮る「マイクオフ問題」も起きたことは、きわめて象徴的である。
水俣病をめぐる一連の経緯は、経済発展の裏側で切り捨てられた命の重さ、社会の無関心という、日本が抱える問題の縮図ともいえる。そんな中、福岡大学附属大濠(おおほり)高等学校新聞部の生徒たちは、このテーマに正面から向き合い、精力的に取材・報道を行い、警鐘を鳴らし続けている。
彼らはなぜ、生まれる前の事件を追い続けるのか。その活動を通じて何を見つめているのか。新聞部のメンバーに話を聞いた。

「解決していない現状すら、多くの人が知らない」

大濠高校新聞部が水俣病の特集を始めたのは2023年。当時のメンバーはすでに卒業し、現在の部員は全員入れ替わっている。それでも企画を続けるのは、先輩たちから後輩へと、この問題の重要性が確かに受け継がれているからだ。2024年度部長で、当初から取材に関わった大坪和真さん(大学1年生)は「水俣病の問題が現在も解決していないということが大きい」と語る。
大坪さん:「多くの人が、水俣病の問題が解決していないという現状すら知らないことが問題であると思っています。
そういった現状について、高校の一つの部活からでも、伝えられることがあるならば伝えていきたいと考えています」
活動を続ける中で、彼らは社会の根深い無関心や誤解に直面してきた。2025年度部長の熊谷大吉さん(3年生)は、大手家庭教師派遣会社の教材や自治体のカレンダーで「水俣病は遺伝する」という、科学的根拠のない誤った情報が長年発信されていた事例に触れ、問題意識を新たにしたという。
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熊谷大吉さん(3年生)

熊谷さん:「誤解がまだ全然解けてないというか、ずっと生まれ続けているなと感じます。水俣病の取材を通して、教科書に載っているたった数行の記述の裏に、どれだけ多くの人々の奪われた人生、そして今なお続く痛みや苦しみがあるのかを痛感しました。これは教科書だけで終わらせていい問題じゃないと考えるようになりました」
学校新聞という媒体だからこそ、生徒に直接アプローチできる。同世代の目線で伝えることの重要性を感じ、彼らは水俣へと足を運び続けている。

人とのつながりが拓いた取材の道

2023年からたびたび、水俣を訪れ現地取材を行っている。しかし、当初は現地に特別なツテがあったわけではなかった。最初の取材の糸口となったのは、現地で水俣病歴史考証館を運営し、水俣病被害者の支援や調査、情報発信などを行う一般財団法人「水俣病センター相思社」だった。
相思社が企画する「水俣まち案内」などに参加する中で、取材の輪は自然と広がっていったという。
水俣病資料館の語り部である緒方正実さんへの取材も、相思社を通じて実現した。緒方さんは幼少期から水俣病の症状に苦しみ、差別や偏見に直面してきた。その自らの体験を語り継ぐ活動を続けている。
緒方さんの言葉の一つひとつが、部員たちの胸に深く突き刺さった。
他にも、イベントで偶然、大学のゼミで水俣病を研究していた学生を知り、取材した。また、オンラインイベントをきっかけに、水俣病についてのスタディツアーなど、水俣病に関するイベントを企画する人ともつながり、取材した。
そのようにして、人とのつながりが、次の取材へと導いてくれたという。
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大坪和真さん(卒業生・大学1年生)

大坪さん:「語りたい、伝えたいと思っている人が、相思社やイベントの周りに自然と集まってくる。そうして自然と取材相手に出会っていきました」
取材の過程では、地元の水俣高校の生徒たちとの交流もあった。彼らもまた、地域学習の一環として水俣病を学んでいる。カキに含まれる水銀量を調べ、その吸収量をさらに減らす育成方法を研究した生徒もいた。地元でこの問題と向き合い続ける彼らの姿から、大きな刺激を受けたという。

水俣病の話をすることをはばかられる「空気」も

他方で、水俣の街には、今なお複雑な空気が流れているという。チッソを母体とする企業城下町としての側面と、公害の原点という負の歴史の狭間で、人々は口を閉ざすことも少なくない。
それを象徴するのが、特集第1回(大濠新聞NEXUS218号 2023年10月発行)に記載されている水俣駅構内での出来事である。
新聞部のメンバーは、水俣駅の展示を見学するため駅舎に入ったが、すぐに引き返しチッソ正門に向かった。
その際、相思社の担当者が「水俣駅内に人がたくさんいた。あの場でチッソや水俣病について話をするのは気兼ねがある。そのため、案内の行程を急きょ入れ替えた」と話したという。
現地の人々の前で水俣病の話をすることがはばかられる空気が、確かにそこにはあった。水俣では、今もなお加害企業であるチッソの存在感が大きい。
古庄聡大さん(3年生)は、「チッソが行政と深く関わり、埋め立て工事などを進めている現状を目の当たりにした」と語る。
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古庄聡大さん(3年生)

被害者の声を中心に報じる以上、チッソへの批判的な視点は避けられない。しかし、学校新聞という性質上、表現には細心の注意を払う必要がある。顧問の奥田顕壮教諭は、その葛藤を明かす。「この記事でも、だいぶ批判は削っている」という。
部員たちは今後、チッソ側への取材も試みたいと考えているという。被害者と加害者、双方の視点から問題の全体像に迫ろうとする姿勢がうかがえる。

「書物に書かれていない現実」との対峙

部員たちは現地取材の前に、歴史や経緯を徹底的に学ぶ。しかし、実際に現地へ赴くと、しばしば、教科書や書物に書かれていない生々しい現実を目の当たりにしたという。
大坪さん:「エコパーク水俣という広大な海辺の公園があります。かつて水銀ヘドロが溜まっていた湾を埋め立てた場所です。
そこに立ってみると、目の前には穏やかで美しい海が広がり、背後には豊かな自然があります。しかし、足元には、おびただしい量の水銀ヘドロが眠っています。美しい風景と、隠された汚染の事実とのコントラストに、言葉を失いました」
熊谷さんが特に強い衝撃を受けたのは、かつてのチッソ工場の敷地内で見た光景だという。汚染された土壌を隠蔽(いんぺい)するためか、周囲より30~50cmほど、不自然に高くアスファルトで固められた場所があった。
熊谷さん:「悪意しか感じないような隠蔽が行われていて、『そこまでやるのか』と。もう少し良心を持たないのかなと感じました」
一方で、負の歴史だけが注目されることへの葛藤も目の当たりにした。取材で出会った農家の森田誠一さんは、「水俣病の被害を経験したため、水俣の農家は、農薬をあまり使わない。今は海もきれいで安全だ。水俣病以外で、水俣のことがもっと注目されるようになってほしい」と複雑な胸中を語った。

水俣には多様な人々の暮らしと葛藤がある。取材を通じ、その現実を肌で感じた。

既存メディアと教育の場での「伝え方」への問い

既存のメディアや教育の場での水俣病の伝え方について、どのように感じているのか。
熊谷さん:「多くの人が『水俣病はもう終わった問題だ』と勘違いしている。それが一番の問題です。
裁判の判決が出た時や、環境省のマイクオフ問題が起きた時だけ報道するのではなく、なぜこの問題が今も続くのか、その根本を継続的に伝えなければ意味がないと思います」
彼らの問題意識は、メディアのスポット的な報道姿勢だけに向けられるのではない。差し迫った課題として、エコパーク水俣の護岸の危険性を挙げる。
熊谷さん:「水銀ヘドロを封じ込めている護岸は、耐用年数が50年と言われています。建設からまもなくその期限を迎えるのに、具体的な対策は進んでいません。
大規模災害が起きたら、再び汚染が海に流れ出すかもしれない。
直近で対策をしなければならない問題で、かつ、調べてもなかなか出てこない。それなのに、この事実を知る人はあまりに少ない。
もっと多くの人に知ってほしいです」
さらに、学校教育の現場で水俣病がほとんど取り上げられないことにも強い違和感を抱いている。
熊谷さん:「自分自身、この活動を始めるまで、水俣病についてほとんど何も知りませんでした。保健や公共の教科書で数行触れられるだけで、総合的な学習の時間などでも深く掘り下げることはない。
教育現場がこの問題から目を背けているからこそ、社会の無関心が再生産され、問題が解決しないのではないでしょうか」
2026年度編集長の吉瀬敬尚さん(2年生)は、水俣病の問題を報じ続けることの意義をこう語る。
水俣病70年、高校生記者たちが報じ続ける理由とは? 「解決していない現状すら、多くの人が知らない」

吉瀬敬尚さん(2年生)

吉瀬さん:「どんな問題も、まずは知ってもらうことが原点です。私たちの記事が、水俣病を歴史上の一つの単語としてではなく、今を生きる人々の痛みや社会の歪みとして、深く知ってもらうきっかけになってほしいと思っています。
そして、私たちの活動が、社会が再び水俣病の問題と向き合うことに役立つことができれば嬉しいです」


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