全国の裁判官を実名で格付けするウェブサイト「裁判官マップ」が話題を呼んでいる。
田中一哉弁護士が開発したもので、裁判官ごとに5段階評価や口コミコメントを付けられるほか、経歴や担当した判決の解説などがまとめられており、司法の透明化に繋がるという期待の声がある一方、不当な評価や誹謗中傷への懸念も指摘されている。

こうしたサイトは、現在の司法制度が抱える様々な問題を解決し、裁判を活性化する一助となり得るのか。元裁判官で、在職中からブログで裁判批評を行ってきた竹内浩史弁護士に話を聞いた。
竹内弁護士は2003年、40歳のときに弁護士会の推薦により裁判官に任官。2004年の「近鉄・オリックス球団合併事件」(東京高裁の主任裁判官として)、2013年~2015年における生活保護費の減額の違法性が争われた「いのちのとりで裁判」(津地方裁判所の裁判長として)など、多くの重要事件にかかわり、敏腕判事として知られた。
「日本裁判官ネットワーク」の中心メンバーであり、在職中から自らブログ「弁護士任官どどいつ集」で積極的に情報発信を行っている。
そして、2024年には、国家公務員の地域手当の制度が憲法違反であると主張し、現役の裁判官として初めて国を被告として訴訟を提起したことが話題となった(名古屋地裁に係属中)。
2025年3月、津地方裁判所民事部の部総括判事(民事部の裁判長のトップ)を最後に依願退官。現在は弁護士として活動している。

「裁判官ガチャ」は“当たり前のこと”

昨今、担当する裁判官によって有利・不利が生じる、いわゆる「裁判官ガチャ」が指摘されるようになってきている。このことについては、どのような問題があるのか。
竹内弁護士は、まず、「裁判官ガチャ」があること自体は裁判制度上当然に想定されたものであり、問題視するにあたらないと説明する。
竹内弁護士:「裁判官は『良心に従い独立して』『憲法および法律にのみ拘束されて』裁判を行うことが義務付けられています。
『良心』は人間の心であり、法律の解釈も必ずしも一定ではありません。
また、実際の事件で白か黒かで簡単に割り切れるものはそう多くはありません。たとえば、離婚訴訟などが典型的な例です。
したがって、裁判官ごと、あるいは合議体ごとに判断が異なるのはむしろ当たり前です。だからこそ、より妥当な解決方法がどのようなものなのか、明らかにできるという側面があります。三審制が採用されている理由もそこにあります。
他の裁判官と違う判決をしても、上級審と反する判断をしたとしても、それ自体は非難に値しません。一審と二審で判断が食い違うことも、いくらでもあります。
なので、裁判官によって勝ち負けが異なること自体を批判するのはお門違いです。誰が担当しても同じ判断になるべきだという考え方は、もはや裁判制度の否定であり、それならば全ての事件をAIに判断させればいいということになります。
しかし、そのような議論は、人間社会で起きている事件の実態にまったく即しておらず、非現実的です」
竹内弁護士は、一例として、生活保護費の引き下げの違法性が争われた「いのちのとりで裁判」を挙げて説明する。
竹内弁護士:「下級審(地裁、高裁)での判決は、生活保護基準の引き下げを違法とするものと、適法とするものとに、非常にきれいに分かれました。
争点は複数にわたりましたが、たとえば、過去の判例をどう捉えるか、本件にあてはめるべきかという点ひとつだけをとっても、裁判官の判断は真っ二つに割れたのです」

「判例を見る前に、自分の頭で考えるのが役割」

問題とすべきは「裁判官ガチャ」自体ではなく、その内容であるという。すなわち、竹内弁護士は、裁判官ごとに結論が異なることの背景にある構造的な要因に着目すべきと指摘する。

特に問題視されるものとして、一部の裁判官にみられる「判例盲従」の姿勢を挙げる。
竹内弁護士:「裁判官は、ひとまず法律や判例を脇に置き、自分の頭で考えるべきです。
常識的にみて、どちらの当事者を勝たせるのが妥当なのか、仮の結論を出す。次に、その結論を法律でうまく説明できるかを考える。そして最後に、自分の結論が最高裁判例に反していないかという消極的なチェックを行う。この順番で考えるべきです。
なぜなら、司法権は『具体的争訟を前提に、法を解釈・適用し、これを解決する作用』だからです(※)。まずは、目の前の具体的な事件を実効的に解決することを考えるのが、裁判官の役割です。『最高裁判例ありき』では本末転倒です。
最高裁判例に反していた場合、自身の結論が間違っていないかをもう一度考えます。仮に判例が間違っていると考えれば、判例と異なる判決を行うこともあり得ます。
しかし、問題のある裁判官は、まず最高裁判例を探し、目の前の事件もそれと同じようなものだと、安易に結論を出してしまうのです」
※芦部信喜(高橋和之 補訂)「憲法 第八版」(岩波書店)P.361など参照

「いのちのとりで裁判」で被告国を勝たせた「ヒラメ裁判官」らの“間違い”

たとえば、上述の「いのちのとりで裁判」においては、地方裁判所では当初、原告敗訴が続いたが、途中から勝訴判決も出始め、高等裁判所でも判断が分かれた。下級審では原告側の27勝16敗(地裁20勝11敗、高裁7勝5敗)と白星が先行し、最終的に最高裁判所は原告勝訴の判決を下した。

竹内弁護士:「地裁・高裁レベルで、過去の『老齢加算』廃止をめぐる訴訟の最高裁判決(※)で示された基準を形式的に当てはめ、原告を敗訴させた裁判官たちがいました。
しかし、最高裁は最終的に、今回の事件は老齢加算の件とは異なると判断しました。結果として、『最高裁判例』に倣ったはずの裁判官たちが『間違えた』ことになります」
※70歳以上の生活保護利用者に対する老齢加算の廃止を内容とする生活保護基準改定の適法性が争われた。最高裁は、「厚生労働大臣に専門技術的、政策的見地からの裁量権が認められる」としたうえで、老齢加算の廃止は適法であるとして、原告の請求を棄却した(最高裁平成24年(2012年)2月28日判決)。
竹内弁護士が指摘するように、司法権とは、あくまでも、「具体的な争訟」を解決するための国家作用である。その本質を忘れ、上ばかり見て判例を探す姿勢が、おかしな判決を生む土壌となっていると指摘する。
竹内弁護士:「いわゆる『ヒラメ裁判官』とよばれる、裁判所所長や人事権をもつ最高裁事務総局の意向をうかがってばかりいる裁判官、最高裁判例に盲従するような裁判官、特にそうした人が裁判長を務める合議体では、軒並み原告を負かせました。
生活保護費の引き下げは、2012年12月の衆議院総選挙で大勝して政権に返り咲いた自民党の公約でもありました。それに忖度したということです。
一方で、独立心を保ち、『この事件はこの事件』としてきちんと判断しようという真面目な裁判官たちは、原告を勝たせたのです。そして、最高裁もこれと同じ結論を導きました。
問題は、時の政権に忖度して原告を負かせる人たちが、高等裁判所の裁判長になるなど優遇され、まともな判決を行う裁判官がむしろ冷遇されている可能性さえ疑われることです」

優れた裁判官がしかるべき地位につくようになるために

こうした裁判所の問題を解決する上で、「裁判官マップ」は有効に機能し得るのだろうか。
竹内弁護士は「裁判官マップでの批評が行われることを通じ、事件の内容に寄り添った裁判を行わない、問題のある裁判官の存在が浮き彫りになる可能性がある」と指摘する。

また、それに加え、優れた裁判官への正当な評価が行われるという機能を果たすことにも、期待を寄せる。
竹内弁護士:「裁判に負けた当事者の逆恨みのような書き込みで溢れるのではなく、むしろ、優れた裁判官をほめたたえて評判を高め、しかるべき地位につけてあげられるような気運が作られれば、すごく良いことだと思います。
江戸時代、伊勢の山田奉行だった大岡越前守忠相(ただすけ)は、その名裁きが評価され、将軍・徳川吉宗によって江戸南町奉行に抜擢されました。18世紀に、優れた裁判官を登用するシステムが機能していたのです。
翻って、今の裁判所は、むしろ逆かもしれません。現場で優れた裁判を行う人が出世せず、最高裁事務総局でほとんど実際の裁判にタッチしてこなかった人が最高裁判事になることさえあります。そうではなく、良い裁判をする裁判官が出世するべきです。
『この人の判断なら信頼できる』と評価される名裁判官が、地方裁判所や高等裁判所の裁判長、そして最高裁判事になるべきです。そのために裁判官マップが役立つ可能性があると考えます」

誹謗中傷は排除すべき

一方で、裁判官マップには課題もある。法律の素人である一般市民からの投稿には、的外れなものや誹謗中傷が含まれるリスクが常につきまとう。
竹内弁護士:「一般人の書き込みと弁護士の書き込みは分けて考えた方がいいかもしれません。
負けて当然の事件で敗訴判決を受け、裁判官を逆恨みする人もいます。また、法と無関係な個人的イデオロギーや好き嫌いによる、的外れな評価が行われるリスクもあります。

むしろ、弁護士の方が公正な評価ができます。自分が負けた事件でもその理由に納得がいく場合がありますし、和解でうまく解決してくれた裁判官に感謝することもあります。
法律のプロである弁護士がたくさん書き込んだ方がいいでしょう」

最高裁が絶対に「客観的業績の統計」を取らないワケ

問題は、裁判官の評価をどのような基準で行うべきかである。竹内弁護士は、裁判官の評価は客観的なデータによって行うことが可能だと指摘する。
竹内弁護士:「裁判官を客観的に評価するなら、まず『上訴率』が一つの指標になります。
判決のたびに上訴される裁判官と、当事者が納得して判決が確定することが多い裁判官とでは、評価が違ってしかるべきです。また、上訴された場合に上級審で判決が覆される『破棄率』も重要です。
高く評価されるべきなのは、事件処理が早く、判決に対する当事者の納得感が高いため上訴されにくく、もし上訴されても破棄されず結論が維持される、そういう適切な判決を出せる裁判官です」
しかし、最高裁はこうした裁判官個人の能力に関する統計データを一切取らないと批判する。
竹内弁護士:「最高裁は統計が大好きで、どうでもいいことについてまで統計をとります。
それなのに、『上訴率』と『破棄率』の統計だけは絶対に取りません。おそらく意図的に取っていないのでしょう。なぜなら、それをやると裁判官の能力や評価が客観的データとして数値化され、それを公表すれば、今出世している人たちを昇進させられなくなってしまうからではないでしょうか」

「裁判官優遇指数」と「官僚裁判官度数」

さらに竹内弁護士は、裁判官の経歴から算出できる二つの客観的な指標を提案する。
竹内弁護士:「一つは、赴任地の地域手当の割合を平均化した『裁判官優遇指数』です。

都市部ほど地域手当の割合が高いので、優遇されている裁判官ほど数値が高くなります。
もう一つは『官僚裁判官度数』です。経歴全体のうち裁判実務に携わっていない期間の占める割合が高い裁判官ほど、数値が高くなります。
こうした客観的な数値を見れば、その裁判官が、上から見込まれて優遇され、判例盲従になりがちな人なのか、それとも、恵まれなくてもコツコツ真面目に裁判をやっている人なのかが、ある程度分かるはずです」
国民が個々の裁判官に関心を持ち、客観的なデータに基づいて評価する。そうした動きが広がれば、これまでベールに包まれていた感のある裁判所の風通しがよくなり、司法は、より国民にとって信頼できるものに変わっていくのかもしれない。


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