秋田県内を車で走ると、独特の「圧」を感じることがある。2020年からの約4年半で人口が6万人以上減少し、公共交通機関の維持が困難になるなか、車は住民にとって不可欠な足だ。
しかし、広大な県土を繋ぐ高速道路はいまだ片側一車線区間が多く、追い越しのきかない一本道がドライバーに心理的・肉体的な負荷を強いている。
背景には、人口減少に伴う警察の監視能力の限界や、ゆえに常態化する速度超過といった地域特有の事情も透けて見える。一方で、高速道路は「経済の動脈」として大きな役割を担ってきた。秋田自動車道開通から30年の経済波及効果は5200億円に上り、災害時には被災地へ物資を運ぶ命綱ともなった。
秋田県民にとって、悲願である「四車線化」は単なる利便性の向上ではない。それは、移動の安全確保と地域経済の存続をかけた不可欠なインフラ整備である。人口減少社会において、この「動脈」をいかに維持し、発展させていくべきか。秋田の道路事情から、地方のインフラが抱える光と影を浮き彫りにする。
※この記事は、毎日新聞記者で、2020年から秋田支局で勤務する工藤 哲氏の著書『ルポ 人が減る社会で起こること』(岩波書店、2025年4月)より一部抜粋・構成しています。

片側一車線とスピードのストレス

2020年に赴任してきた筆者にとって、秋田で不便を感じるのは、車線が少ない高速道路だ。筆者は赴任当初、こうした道が普通なのだろうと淡々と運転していたが、時を経るにつれて大きな不便やストレスを感じるようになってきた。片側一車線の道路を走ると、秋田の交通の事情が浮かび上がってくる気がするのだ。
まず、片側一車線だと追い越し車線がないため、法定の時速70~80kmで5分も走っていると、すぐに後ろの車が詰まってくる。
これが5、6台、あるいは10台とあっという間に連なってくる。そして片側二車線になった途端、後ろの車が高速で一気に横から抜き去るのだ。
つまり秋田で走ると、他の車のスピードが速く感じられる。高速道路の速度表示が70kmだとすれば、20km速い90kmくらいで走るのがほぼ日常的になっている。これが長時間続くと運転の疲れが倍増する感覚になる。
この話を県外出身者にしたところ、多くの人が筆者の印象と一致した。秋田で車を運転してみると、周囲の車のスピードが速く感じられ、至るところで運転中に後方からあおられるような無言の「圧」を感じる気がするのだ。
これにはさまざまな理由が推測される。
一つ目は、多くが持ち家に住み、見えっぱりの県民性から高級車を買いたがり、信号もまばらなのでその車でスピードを出して豪快に道を走れる、というのだ。そのためわずかなアクセルでも一気に速度が出てしまうのではないか。
二つ目は、県内のドライバーが他県より少なく、道路はゆったりしているためスピードを出しやすい。高速で走ることが日常的になり、それに慣れてしまう。

さらに三つ目は、そもそも県内人口が減少傾向にあるうえ、取り締まる警察官の数に限りがあるため、止められたり、スピード違反の罰金の支払いを命じられたりする頻度が少ない。
こうした事情なので、片側一車線が多い秋田自動車道から岩手県や青森県を縦断する東北自動車道の片側二車線に入ると、いつも大きな安心感や開放感、うらやましさを感じた。片側一車線と片側二車線の道路を走る心理的負担の差は、とてつもなく大きいのである。

秋田道開通の経済効果

そんな秋田県にあって、新たな高速道路の完成や、既存の高速道路の二車線化は大きな悲願だ。多くのドライバーにとっては、広大な県内移動時間がより短くなるだけでなく、運転の心身への負担が大きく軽減されることが期待でき、ドライバーの体調の面も大きく改善されるのではないか。そんな思いもあり、筆者にとっては高速道路の事情は新幹線やJR線と並び、大きな関心事だ。
高速道路事情について、NEXCO東日本と一般財団法人・秋田経済研究所(秋田市)が興味深い統計をまとめた。
岩手県北上市と秋田県能代市を結ぶ秋田道(約170km)が一部開通し始めた1991年から30年間の経済波及効果の試算は、福島を除く東北5県で計約7400億円に上るという。東日本大震災後の物資輸送に大きな役割を果たし、移動時間の短縮や消費向上などにつながった一方、片側一車線の区間もなお多いと分析し、四車線化(片側二車線化)の工事を急いでいる。
試算によると、秋田道の開通による各県への経済波及効果は、秋田5200億円、宮城800億円、岩手700億円、青森400億円、山形300億円。
交通量は累計約6400万台で、インターチェンジ(IC)を起点に企業立地が進み、全国的に知られる「大曲の花火」では県外からの交通量が3倍になるなど、観光客の流入を大きく押し上げた。ネギやシイタケ、消費期限が約3日と短いラズベリーなどの食材に加え、木材の輸送時間も大幅に短縮されたという。

また、震災では青森県の八戸、岩手県の久慈、宮古、釡石、大船渡、宮城県の石巻、塩釡など主要な港が軒並み被災した。石油製品などの必要物資は、各地から船で日本海側の秋田港や能代港に運ばれ、秋田道を経由する形で太平洋沿岸の被災地に届けられた。能代港や秋田港の取り扱い貨物量は震災後、それまでの1.3~1.9倍に増えたとしている。
加えて、険しい奥羽山脈を横断する秋田道は、下道の国道のバイパス機能も果たし、豪雨や台風による土砂崩れに伴う道路の寸断などのリスクも軽減してきた。
地域経済に恩恵をもたらし、災害対応の強化にも一役買っている秋田道だが、なお残る片側一車線区間の解消が課題だ。事故発生時などに片側交互通行になると一般車両はもちろん、緊急車両の通行に支障が生じ、片側一車線の長時間運転はドライバーの肩や首などの疲労にもつながる。
NEXCOは当面、北上西IC(岩手県北上市)一横手IC(秋田県横手市)間の四車線化を優先的に進め、その後は秋田県北部にも拡大する方針だ。「岩手・秋田県境の山間地では新たにトンネルを掘削するなどの長期的な工事が必要になる」としている。
NEXCO東日本秋田管理事務所の幹部は取材に「秋田は、県庁所在地と東京が四車線以上の高速道路で結ばれていない数少ない地域で、豪雪時にも管理しづらく、四車線化をさらに前進させたい」と語った。秋田県民にとって大規模道路の完成は日々の生活の動き方に直結するだけに、無関心ではいられない。


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