豊かな食と自然に恵まれた秋田県。しかしその実像は、全国に先駆けて進行する急激な人口減少と少子高齢化という、日本の地方が直面する「未来の縮図」そのものである。
2020年からのわずか4年半で6万人以上の人口が失われるなか、かつては山奥に生息していたクマが市街地へ出没し、住民の平穏を脅かす事態が常態化しつつある。
背景にあるのは、単なる自然現象ではなく、地域の担い手不足という構造的課題だ。ハンターの高齢化により、地域を守る「盾」となってきた人々の世代交代が急務となっている。
農家もまた、電気柵の導入などによる自衛を余儀なくされるなか、生活圏の維持そのものが困難になりつつある。社会インフラの担い手が減りゆく地で、今何が起きているのか。人と野生動物の共存、そして地域の存続をかけた秋田県の切実な模索とは――。
※この記事は、毎日新聞記者で、2020年から秋田支局で勤務する工藤 哲氏の著書『ルポ 人が減る社会で起こること』(岩波書店、2025年4月)より一部抜粋・構成しています。

迫られるハンターの世代交代

各地では市街地での駆除も想定して、訓練が実施されるようになった。これまでは規制によって猟銃の使用は難しかったが、背に腹は代えられないほど事態は切実になっている。どうしたら迅速に危険を避けられるのか。関係者の模索が続く。
同時に対策が必要なのが、年々高齢化が進む狩猟者の世代交代だ。秋田県はツキノワグマ、カラス、サル、イノシシ、ニホンジカといった、農作物の食害や人身事故の原因になる有害鳥獣を捕獲する狩猟者の育成を急いでいる。
人口減で動物の行動範囲は拡大した。県は「狩猟免許や銃の所持許可を取得したら、ぜひ市町村の被害対策に協力していただきたい」と呼びかける。
「ドーン、ドーン」。23年夏、由利本荘市の県立総合射撃場では、多くの参加者が守る中、左右から順に飛んできたクレー(円盤形の皿)をハンターが1つずつ正確に撃ち落とした。手慣れた技術に驚きの声が上がった。
このイベントは、県が開いた「狩猟の魅力まるわかりフォーラム」。ビームライフルやシューティングシミュレーターを使った射撃訓練を体験でき、シカやイノシシの肉を使ったカレーライスが振る舞われ、狩猟免許取得の相談窓口も設けられた。
県によると、イノシシやニホンジカなど以前は県内にいなかった野生動物が確認されるようになった。生息域の拡大や個体数の増加を防ぐには被害が拡大する前に捕獲が必要だと、イベントでは関係者が「野生鳥獣の適正な管理の担い手として狩猟者の育成は喫緊の課題になっている」と訴えた。
秋田県猟友会の構成員は23年3月末現在で1471人。70代以上が44%を占めている。県の狩猟者登録数は約1700人で、14年からほぼ横ばいだ。
猟友会の会員の多くが自治体の要請を受けて出動する「鳥獣被害対策実施隊員」として活動しているが、緊急時に機動的に対応するには、人数の維持や人員の育成が欠かせない。
また、事態が深刻化するにつれ、広がってきているのが農家の電気柵の設置だ。
「ワイヤは地面からの距離を一定にして下さい。農作物の美味しい味を覚えたクマは執念深く、地面を掘ってでも中に入ろうとします。ポールは4m間隔で。だいたい6歩の歩幅です」
23年夏、秋田県横手市の県果樹試験場で開かれた研修会で、電気柵を扱う北海道の業者の説明を地元農家の人々が注意深く観察していた。電気柵は田んぼや畑の周囲を囲うように設置し、電圧3000ボルト以上の電流をごく短い間隔でワイヤに流して、触れた動物に電流で痛みを与えて退散させる仕組みだ。動物の特徴によって、ワイヤを張る高さや位置を変化させる。
業者によると、西日本を中心に特にイノシシやサル、シカによる食害が深刻で、農業県の千葉県などでも被害が増えている。電気柵を一部の農家が設置すると、動物は柵のない別の畑に向かうため、周囲の農家も設置せざるを得なくなっているのが実情だという。
秋田県や青森県ではイノシシやシカの生息が周辺県ほどは多くないため、電気柵の普及はまだ初期段階だが、今後各地で設置が広がる可能性が高い。
クマは一般的にトウモロコシやスイカ、メロン、イチゴ、リンゴ、ナシ、蜂蜜、シャインマスカットなどを好み、一度味を覚えるとどんな手段を取ってでも「また食べたい」と強く思うようになってしまうという。

果実にとどまらず、枝まで折られることがあり、被害が数年に及ぶ恐れもある。県の担当者は「捕獲以外の方法で農作物を守るには音や光の装置だけでは継続性に限界があり、電気柵の設置がより現実的だ」と対策を促している。

クマと人 共存の模索

23年の大量出没(※)によって駆除の件数が増え、クマの肉も多く獲れたという話が話題になった。
※秋田県内では23年にクマの目撃情報が急増。全国でクマの出没件数が過去最多となった25年には、全4万7038件のうち1万3172件が秋田県で確認されている。
「冷蔵庫の中はクマの肉でいっぱい。あふれるほどだ」と関係者から耳にしたこともある。秋田の山奥ではクマの肉を口にする人も少なくない。「クマ肉」の自動販売機も実在する。
秋田新幹線などが通るJR田沢湖駅(仙北市)近くの物産館「田沢湖市(いち)」の出入口付近にクマ肉販売機が置かれるようになった。新幹線の利用客が主に買い求め、関東地方から通販で取り寄せたい、という問い合わせも入るという。
「24時間営業中 ツキノワグマ 熊肉 250g 2200円」。
自販機には価格などと一緒に、赤身と脂身たっぷりのクマ肉の写真も表示していた。
販売する肉は、地元猟友会のメンバーが市内の山で捕獲し、食肉処理施設で加工されたものだ。秋田土産にしてもらおうと、田沢湖市(いち)にある飲食店の関係者が設置した。クマの狩猟期間が限られるため、時には品切れになることもあるという。担当者は「くせがなく、冷めても柔らかいのが特徴。煮込みなど幅広く味わえる」と話す。
元々クマはマタギ(東北、甲越、北関東地方で伝統的な手法で狩りをする猟師)の間では、余すところなく利用されてきたという。だが近年はそのバランスも崩れてきた。クマにも生活の範囲がある。だが人の生活圏と重なれば、不幸な結果が引き起こされる。共存の模索が続いている。
近年のクマ問題には解決策はあるのだろうか。
24年3月に秋田市で開かれた講座で、専門家が見解を示した。
まず発表したのは、森林の成り立ちや構造、動態の研究が専門で、東京大学農学部、旧環境庁国立環境研究所研究員などを経て秋田県立大学生物資源科学部教授を務める星崎和彦氏だ。「秋田県野生鳥獣保護管理対策検討委員会」会長でもある。
星崎氏は出没の現状についてから話を始めた。23年度に秋田県内での目撃件数は過去最高の3600件超に達したが、目撃情報の増加傾向が顕著だ。1995~2000年は年間100件を下回る程度だったが、01年には200件近くに増え、04年頃から200件ほどになった。10~15年には500件を上下するようになり、その後は1000件を超えている。6~7年おきに一気に増加する現象が起きている。
人身被害も増えてきて、15年までは県内で数件から20件、10件起きると多い方だった。事故の半分以上はタケノコ採り目的など山奥が現場で、「ばったり遭遇」が多かったが、19年になると秋田市の市街地で人身事故が起き、23年には住宅地やその周辺のものが53件に達した。
23年の大量出没の要因としては、木の実が例年より極端に少なかったことにより山奥の個体が里に下りてきた、暖冬だったことで越冬の成功率が高かった、などの可能性がある。
対策を講じるためには、実態把握が欠かせない。
個体数や捕獲数、データのない死亡率をいくらに仮定するかによって捕獲効果は異なり、個体数をより厳密に計算する必要がある。
続いて星崎氏は、クマが市街地に出没するようになると、一体何が起きるのかについて述べた。
16年に秋田市の外旭川地区で実施した住民アンケートでは、この年から過去3年の間に「何らかの影響があった」という回答が約4割に上った。「外出を控えた」という声が約3割、「農作業を含め、仕事に影響」が約1割で、里山により近いエリアで起こっていた農林業や生態系への影響というより、むしろ社会生活の質の低下に影響したことがわかった。
また、住民が目撃しても警察に届け出なかった事例は多く、実際には警察の把握数の2倍近くに達していたという。


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