【展示レポート】特別展『運慶 祈りの空間―興福寺北円堂』 「静」と「動」の対比が際立つ運慶仏7軀が一堂に
中央:運慶作 国宝《弥勒如来坐像》 左:国宝《世親菩薩立像》 右:国宝《無著菩薩立像》、いずれも鎌倉時代・建暦2年(1212)頃 奈良・興福寺蔵 北円堂安置

奈良・興福寺の北円堂(ほくえんどう)の本尊・弥勒如来坐像と無著(むじゃく)・世親菩薩立像(せしん ぼさつりゅうぞう)は、鎌倉時代を代表する仏師・運慶の傑作として知られる国宝だ。この3軀を中心に、晩年の運慶がつくりあげた祈りの空間を再現する特別展が、東京国立博物館で開催されている。



本館一階奥の特別5室に入ると、天井の高い広々とした空間に並ぶ7軀の国宝仏に圧倒される。北円堂の須弥壇とほぼ同じスケールの八角形のステージに座す弥勒如来坐像と、その斜め後ろに佇む無著・世親菩薩立像、そしてその3軀を四方から守るように立つ四天王立像が、ダイナミックにして厳かな空間を生み出している。北円堂は通常は非公開だが、今回は弥勒如来坐像の修理完成を記念して、約60年ぶりに寺外での公開となった。堂内では光背があるため目にできない後ろからのお姿も含め、さまざまな方向から拝観できるのも、今回の展覧会の見どころだ。



【展示レポート】特別展『運慶 祈りの空間―興福寺北円堂』 「静」と「動」の対比が際立つ運慶仏7軀が一堂に

展示風景より

北円堂は、721年、興福寺の創建者・藤原不比等(ふじわらのふひと)の追善供養のために建立された。だが、平安時代に火災にあい、1180年の南都焼き討ちで焼失する。1210年頃に再建され、運慶と6人の息子と弟子たちからなる一門が9軀の仏像の復興を手がけることになった。



おそらく60代に達していた運慶は仏師として最高位にあり、その新様式も高い評価を受けていた。だが、この弥勒如来坐像は、表情や印相、薄い内布の表現などから、北円堂創建当初の奈良時代の如来坐像にならっていることがわかるという。その一方で、胸をはりつつも猫背の姿勢、横から見るとたっぷりとした量感の体躯、しまったウエスト、ふっくらした頰などに鎌倉時代の新様式も見てとれる。古様と新様式を巧みに融合し、力強さや写実性ともに静かな落ち着きをたたえるにいたった仏像に、運慶が晩年に到達した境地が感じとれるという。



【展示レポート】特別展『運慶 祈りの空間―興福寺北円堂』 「静」と「動」の対比が際立つ運慶仏7軀が一堂に

展示風景より
【展示レポート】特別展『運慶 祈りの空間―興福寺北円堂』 「静」と「動」の対比が際立つ運慶仏7軀が一堂に

展示風景より

弥勒像の背後にひかえるのは、北インドで活躍した実在の僧で、法相宗の根幹となる唯識(ゆいしき)思想を確立した無著・世親兄弟。天上世界で弥勒に学び、人間世界に教えを伝える兄弟は、仏と人をつなぐ存在だ。深い精神性をたたえた肖像彫刻の傑作とされるこの二像も写実性が際立つが、注目すべきは「玉眼」が使われていること。運慶は、目に水晶を入れる玉眼を発明した仏師だと言われる。だが、奈良時代の様式に寄り添った弥勒像には玉眼を用いず、一方、崇高な存在ながらも人間的な無著・世親兄弟には玉眼を入れて、生々しい目の表情を創出した。



【展示レポート】特別展『運慶 祈りの空間―興福寺北円堂』 「静」と「動」の対比が際立つ運慶仏7軀が一堂に

左:運慶作 国宝《世親菩薩立像》 右:国宝《無著菩薩立像》、いずれも鎌倉時代・建暦2年(1212)頃 奈良・興福寺蔵 北円堂安置

壮年の姿で表された世親は大きく瞳を開き、玉眼の目は観る角度によって、まるで涙をたたえているようにも見える。一方、老年の無著は視線を下げており、その眼のきらめきをとらえるのは容易ではないが、その輝きに出会えたときは嬉しさもひとしおだ。周囲をぐるりと回れる今回は、さまざまな角度から見えてくる表情の違いを味わう楽しみもある。



【展示レポート】特別展『運慶 祈りの空間―興福寺北円堂』 「静」と「動」の対比が際立つ運慶仏7軀が一堂に

展示風景より

運慶が北円堂の須弥壇に配したのは、創建時にならった9軀の仏像だった。現在も北円堂には9軀が安置されているが、脇侍菩薩坐像の2軀は、のちの室町から江戸時代の作、そして四天王立像は運慶以前の奈良時代末期の作だという。長い歴史の中で仏像の移動があったのだ。



【展示レポート】特別展『運慶 祈りの空間―興福寺北円堂』 「静」と「動」の対比が際立つ運慶仏7軀が一堂に

国宝《四天王立像(持国天)》鎌倉時代・13世紀 奈良・興福寺蔵 中金堂安置

では、運慶一門がつくった四天王立像はどこにいったのか。行方不明とされていたこともあったが、近年、有力となっているのは、現在は中金堂に安置されている国宝の四天王立像が、運慶一門が復興した像だったとする説である。ダイナミックな動きや激しい表情は、弥勒像と無著・世親像の雰囲気とは異なるが、写実性に優れた力強い造形などから、運慶一門の作と考えられるという。



【展示レポート】特別展『運慶 祈りの空間―興福寺北円堂』 「静」と「動」の対比が際立つ運慶仏7軀が一堂に

国宝《四天王立像(多聞天)》鎌倉時代・13世紀 奈良・興福寺蔵 中金堂安置

四天王立像で注目したいのは、鎌倉以降の作であれば、背面の衣の裳裾(もすそ)が長く垂れるのが通例だが、この4軀はそれが短いこと。そして、もう一つは目の表現だ。盛り上がった瞳の眼力が印象的だが、こちらは玉眼ではなく、木材を彫刻した「彫眼」によるもの。いずれの表現も古様にならったもので、ここにも運慶が創建時の復興という目的と新様式を融合させていることが見てとれる。



【展示レポート】特別展『運慶 祈りの空間―興福寺北円堂』 「静」と「動」の対比が際立つ運慶仏7軀が一堂に

展示風景より、国宝《四天王立像(広目天)》鎌倉時代・13世紀 奈良・興福寺蔵 中金堂安置

同展の四天王立像は、ステージの外の四方に立ち、体の正面を放射方向へと向けている。実は、鎌倉時代の再建当初に、四天王像がどのように安置されていたかは定かではない。今回は、4軀それぞれの頭部や視線の向き、持物の持ち手などが自然に見えるかたちで構成し、運慶が構想したであろう配置案が提示されている。それぞれに表情の異なる四天王像を見上げながら、弥勒像と無著・世親像に目を向けると、ひときわ際立つ「動」と「静」の対比とともに、四方から四天王に守られた空間の一体感も感じられるだろうか。今回は、通常であれば北円堂と中金堂に安置されている国宝7軀をひとつの空間で拝観できる特別な機会だ。運慶が創出した濃密な祈りの空間を追体験したい。



【展示レポート】特別展『運慶 祈りの空間―興福寺北円堂』 「静」と「動」の対比が際立つ運慶仏7軀が一堂に

国宝《四天王立像(増長天)》鎌倉時代・13世紀 奈良・興福寺蔵 中金堂安置

なお、オーディオガイドのナビゲーターは、俳優の高橋一生さん。もの柔らかな語り口による作品や運慶とその一門についての詳しい解説に加え、同展を担当した児島大輔(学芸研究部保存科学課 保存修復室室長)さんとの「深掘りトーク」などもあり、聞き応えたっぷりのガイドとなっている。




取材・文:中山ゆかり




<開催概要>
特別展『運慶 祈りの空間―興福寺北円堂』



2025年9月9日(火)~11月30日(日) 、東京国立博物館 本館 特別5室にて開催

公式サイト:
https://tsumugu.yomiuri.co.jp/unkei2025/?ke=spcp

チケット情報:
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2559720(https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2559720&afid=P66)




■特別展『運慶 祈りの空間―興福寺北円堂』展示風景の動画はコチラ



この投稿をInstagramで見る
(https://www.instagram.com/reel/DOstjbgAW4S/?utm_source=ig_embed&utm_campaign=loading)

ぴあアート(@art___pia)がシェアした投稿(https://www.instagram.com/reel/DOstjbgAW4S/?utm_source=ig_embed&utm_campaign=loading)



編集部おすすめ