9月15日、木ノ下歌舞伎による『三人吉三廓初買』が、東京・東京芸術劇場プレイハウスにて開幕した。数々の古典作品の補綴を手掛ける主宰の木ノ下裕一と、彼ととともにいくつもの演目を鮮やかに蘇らせてきた演出家・杉浦邦生による、一連の仕事の集大成。
大胆な舞台装置とスタイリッシュな衣裳でみせる、現代につながる江戸の物語
木ノ下歌舞伎が河竹黙阿弥の原作による『三人吉三』を上演したのは、2014年。その後2015年に再演、今回は9年ぶりの再演となるが、木ノ下と杉原はあらためて本作に向き合い直し、タイトルも新たに『三人吉三廓初買』とし、上演にのぞんだ。一幕十四場、二幕六場、三幕七場からなる5時間強の通し上演を、あっという間に感じさせるという前評判。田中俊介、須賀健太、坂口涼太郎による和尚吉三、お坊吉三、お嬢吉三をはじめ、藤野涼子(丁⼦屋花魁・⼀重役)、川平慈英(⼟左衛⾨伝吉役)、緒川たまき(文⾥女房・おしづ役)、眞島秀和(⽊屋文里[文蔵]役)ら多彩なキャストの活躍に熱い視線が注がれる。
客席に入りまず目に飛び込んだのは、赤い鳥居と二層構造の大掛かりな装置。そのソリッドでいかつい質感は、現代の東京のガード下や工事現場を思わせる。なるほど、立て看板には「TOKYO」の文字。が、人々の喧騒の中、表裏ひっくり返された看板には「EDO」の文字! 耳をつんざく騒音とともに引き込まれていったのは、東京なのか、江戸なのか、どちらでもあるような『三人吉三廓初買』の世界だ。
まずは「湯島天神境内の場」。人々の真ん中で熱弁を振るうのは、修験者の奇妙院。度重なる大地震、コロリ(コレラ)の流行による厄難辛苦を、不思議の法力で祓うという。『三人吉三廓初買』初演の1860年(安政7年)は、まさに、いまの私たちの状況に重なる不安でいっぱいの社会だったそう。
五場と八場では、お互いに生き別れた双子と知らず愛し合うおとせと十三郎の出会い、なれそめを丁寧に、瑞々しく描き出す。夜鷹として街中で客を取るおとせを演じるのは深沢萌華。奥ゆかしく、可憐な姿が余計に切ない。主の木屋文里の百両をなくし、おとせの父に助けられる十三郎は、小日向星一。オフィスカジュアルのジャケット姿は、いまの東京のどこかで働く、誠実で勤勉な部下そのものだ。ふたりが七五調の台詞をもって徐々に気持ちを高まらせる様子に、ついうっとり。和尚吉三とおとせの父、土左衛門伝吉を演じる川平慈英の芸達者ぶりも注目だ。
黙阿弥の言葉の美しさ、古典の力を再認識
振袖姿の盗賊、お嬢吉三を演じるのは坂口涼太郎。カーボンのように黒光りした振袖を纏い、楚々とした歩き方、女形独特の台詞回しで登場する。
お嬢吉三とお坊吉の百両を巡る争いをおさめたのは、元坊主の和尚吉三だ。一幕では長髪姿。脛に大柄のタトゥー、肩をいからせてぐいぐい歩く様子は無敵感にあふれ、とてもクール。ふたりと義兄弟の契りを結ぶ場面、その迫力に圧倒されるも、頼り甲斐のある兄貴分らしさの中に、いつもどこか暗い影が見え隠れするのもぐっとくる。
三人の盗賊の話と同時に進行するのは、現行の大歌舞伎では上演されることのない廓の物語だ。藤野涼子演じる新吉原の花魁一重は、プライドの高さと美しさを強烈に放ち魅力的。彼女にぞっこんで、廓に通い続ける文里を真摯に演じる眞島秀和の佇まいも目が離せない。夫の文里を支え続ける妻、おしづを演じる緒川たまきは、健気かつ強い意志を感じさせる振る舞いで胸を打つ。
そんな新吉原での物語と、庚申丸と百両を巡る三人の盗賊のストーリーは、木ノ下歌舞伎が初演以来約160年ぶりに復活させたという「地獄の場」(田中、須賀も小林の朝比奈、閻魔大王の役で登場)を挟み、三幕七場「本郷火の見櫓の場」に向けてぐいぐいと突き進む。
★ぴあでは、木ノ下歌舞伎の魅力や本作の見どころを紹介する特集を掲載中!
新しい“歌舞伎”体験を! 東京芸術劇場 Presents 木ノ下歌舞伎 『三人吉三廓初買(さんにんきちさくるわのはつがい)』特集(https://lp.p.pia.jp/article/news/381388/index.html)
取材・文:加藤智子 撮影:細野晋司
「さあ、義を結ぼうか!」田中俊介、須賀健太、坂口涼太郎ら初日開幕コメント(全文)
●木ノ下裕一(木ノ下歌舞伎主宰/監修・補綴)18年前に木ノ下歌舞伎を旗揚げしました。「現代の演出家や俳優と一緒に日本の古典について考えるプラットフォームを作りたい」と(旗揚げ当時はそこまで明確に言語化できてはいなかったとはいえ)そう願ってのことでしたが、この度、素晴らしい俳優、デザイナー、スタッフに恵まれて、全力で作った5時間超えの『三人吉三廓初買』は、その願いが大きく実を結んだ作品だと実感しております。18年間一貫して持ち続けた「歌舞伎の面白さ、現代演劇の楽しさを多くの人とシェアしたい」という想いは、作品のみならず、全20頁の無料パンフレットや、視聴覚障害のある方を対象にした鑑賞サポート、そして杉原さんの舞台芸術の未来を見据えた眼差しによって実現したスウィング公演、幕間の軽食販売に至るまで、この公演のすみずみにまで込められています。一緒に最も多くの作品を作り、最も多くの時間を過ごしてきた、私にとっては唯一無二の演出家・杉原邦生さんをはじめ、演劇をこよなく愛する俳優陣、多彩なスタッフ陣と劇場でお待ちしております。 ●杉原邦生 [KUNIO](演出)今作の見どころは、エネルギッシュで魅力溢れまくりの素晴らしいキャスト陣だけではありません。強力なスタッフ陣にもぜひご注目ください!作品に寄り添いポップかつドラマティックな音で観る者の感情を大きく揺さぶる☆Taku Takahashi(m-flo)さんの音楽、ファッション性とドラマ性とを行き来しながら驚きの発想で世界を提示してくれるAntos Rafal(ANTOS.)さんによる衣裳、古典歌舞伎のロジックを要所に垣間見せながら現在進行形の空間を出現させる金井勇一郎さんの美術、歌舞伎の真似事ではない木ノ下歌舞伎の目指すカタチを同じ目線で探求してくださる歌舞伎俳優・中村橋吾さんによる立廻り。その他、これまで何度も創作を共にし、絶大な信頼を寄せる皆さんの演劇愛に満ちたスタッフワークも存分に楽しんでいただけるはずです。2006年に旗揚げし、2017年までメンバーとして共に歩み、いまや唯一無二の演劇団体となった“木ノ下歌舞伎”。『三人吉三廓初買』は、そんな木ノ下歌舞伎が辿り着いたひとつの〈到達点〉と言える作品になっていると思います。実は、稽古の時からひっそりと、僕はそう感じていました。
★ぴあでは、木ノ下歌舞伎の魅力や本作の見どころを紹介する特集を掲載中!
新しい“歌舞伎”体験を! 東京芸術劇場 Presents 木ノ下歌舞伎 『三人吉三廓初買(さんにんきちさくるわのはつがい)』特集(https://lp.p.pia.jp/article/news/381388/index.html)
<公演情報>
東京芸術祭 2024 芸劇オータムセレクション
東京芸術劇場 Presents
木ノ下歌舞伎『三人吉三廓初買』
作:河竹黙阿弥
監修・補綴:木ノ下裕一
演出:杉原邦生[KUNIO]
【主な配役】
和尚吉三:田中俊介
お坊吉三:須賀健太
お嬢吉三:坂口涼太郎
丁子屋花魁 一重:藤野涼子
木屋手代 十三郎:小日向星一
伝吉娘 おとせ:深沢萌華
八百屋久兵衛:武谷公雄
丁子屋花魁 吉野:高山のえみ
おしづ弟 与吉:山口航太
文蔵倅 鉄之助:武居卓
釜屋武兵衛:田中佑弥
丁子屋新造 花琴:緑川史絵
土左衛門伝吉:川平慈英
文里女房 おしづ:緒川たまき
木屋文里[文蔵]:眞島秀和
スウィング:佐藤俊彦 藤松祥子
【東京公演】
2024年9月15日(日)~9月29日(日)
会場:東京芸術劇場 プレイハウス
チケット情報
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2453470(https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2453470&afid=P66)
【長野(松本)公演】
2024年10月5日(土)・6日(日)
会場:まつもと市民芸術館 主ホール
チケット情報
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventCd=2425899(https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventCd=2425899&afid=P66)
【三重公演】
2024年10月13日(日)
会場:三重県文化会館 中ホール
チケット情報
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventCd=2421909(https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventCd=2421909&afid=P66)
【兵庫公演】
2024年10月19日(土)・20日(日)
会場:兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール
チケット情報
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventCd=2418237(https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventCd=2418237&afid=P66)
◎関連コンテンツ
【動画配信】歌舞伎ひらき街めぐり 両国と『三人吉三』~魂をしずめる場所~
東京芸術劇場と木ノ下歌舞伎がタッグを組み、2021年度に実施した配信レクチャー企画「歌舞伎ひらき街めぐり」を再配信中!
チケット情報
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventCd=2432710(https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventCd=2432710&afid=P66)
公式サイト
https://www.geigeki.jp/performance/theater364/