
7月に入り、お世話になった人へのお礼として贈る“お中元”のシーズンが到来。百貨店などではお中元商戦が繰り広げられているのだが、近年は廃止を宣言する企業も続出しており、お中元という文化そのものが消えつつある。
わずか5年で1000億円以上減少の可能性
近年の日本社会は、合理性の観点などからさまざまな風習が見直されている。昨年末には、年賀状を取りやめる「年賀状じまい」が盛んに報じられたことも記憶に新しい。
そんななか、お中元も例外ではなく、株式会社矢野経済研究所「ギフト市場に関する調査(2024年)」(2025年3月14日発表)によると、市場規模は右肩下がりだ。
同資料の「国内中元・歳暮市場規模推移」を見ると、2019年に7210億円あったお中元の小売金額は、2023年に同6560億円まで減少。昨年は、見込値ではあるものの同6190億円に落ち込み、今年は予測値で同5800億円と6000億台割れも視野に入っている。
このデータと相関するがごとく、近年、企業などでは「虚礼の廃止」と銘打ったお中元・お歳暮の取りやめが相次いでいる。今年も大手製薬会社や地方の中小企業などが続々とHP上で表明しており、規模や業種を問わずに広がっている状況だ。
各社が掲載している文書を見ると、廃止理由は「自然環境への配慮」「時世に沿って」などでおおむね共通しているが、具体的にはどういった判断なのか。
一般社団法人ギフト研究所の専務理事・荒木淳一郎氏にたずねたところ、「お中元やお歳暮が形式的なものと捉えられ、世代によっては儀礼ギフトの習慣自体がわずらわしく、必要性を感じなくなってきた。特に若い年代が仕事と生活を切り離して考えることも、儀礼的なお中元・お歳暮が減少していることに関係しているでしょう」と分析してくれた。
また、こうした仕事観の変化以外にも、ここ最近のホットワードである“コンプライアンス”が影響しているという。
「コンプライアンス意識の高まりは、廃止の大きな理由だと考えています。贈答品は公正公平な取引に少なからず影響する場合があり、癒着などの不正にもつながりかねません」(荒木氏)
廃止した企業、続ける企業、双方の思いは
実際にお中元を廃止した企業にたずねてみても、こうした点は意識しているようだった。
「本来の目的から外れて過大になってしまうケースもあり、また、形骸化しているという社内の考えと、経費削減の効果を勘案の上、控えることになりました」と答えてくれたのは、創業101年の総合酒類メーカー・オエノンホールディングスの担当者だ。
同社は世間にやや先駆ける形で、2021年からお中元を廃止している。理由は「儀礼簡略化や虚礼廃止の流れ」「自然環境に対する意識の高まり」などとしているが、具体的に聞いたところ、担当者は前述の回答をしてくれた。
廃止によって取引先との関係がどうなったかについては、「廃止前後で取引関係の変化や影響は見られませんでした」とのこと。古くからの商慣習が残りがちな老舗でも影響がないあたり、やはりお中元が儀礼として形骸化していたことがうかがえるだろう。
一方で、お中元文化の衰退を寂しく感じる企業も。奈良県にある1950年創業の老舗ランドセル工房・カザマランドセルだ。
同社は取引先だけでなく社員にもお中元を配っており、専務の風間智紀氏は、「従事していただいている日頃の感謝で、昔からやっています。廃止したらみんな残念に思うでしょうし、なるべく続けていきたいです」と優しさをのぞかせる。
他方で、取引先からは「来年からは結構です」などと言われることが増えてきたそうだ。
「取引先は30軒くらいで、主に飲食物を贈らせていただいています。『お昼にみんなで食べられて便利でした!』なんてお喜びの言葉をいただくこともありまして、いただくのはもちろん贈るのも嬉しいですね。なるべく続けていきたいですが、近年は廃止されるところがだいぶ増えました。
合理化の面からは仕方ありませんが、こういう日本独特の文化が失われるのは寂しいですよね。ウチから『やめます』というのは考えていませんが、『結構です』と言われているのに贈るわけにはいかないので、お相手次第というところはあります」(風間氏)
ギフト業界は不景気どころか活況!?
おのおの廃止への是非はあれど、このままお中元文化が衰退していけば、“商戦”を展開する業界はため息が止まらない……と思いきや、ギフト市場そのものは“商機”の中にある。
前出の矢野経済研究所「国内ギフト市場規模推移と予測」によると、ギフト全体の市場規模はコロナ禍の2020年で落ち込んだものの、2023年にはコロナ前の水準を上回るまでに回復。その後も、見込値・予測値を含めた数字ではあるが右肩上がりで、前年比100%を越え続けている。
このデータは、お中元・お歳暮の市場規模が縮小していることをふまえると、縮小したぶんを補って余りある勢いでほかのギフトが伸びていることを意味するが、前出のギフト研究所・荒木氏が言うには、友人同士など個人間の贈り物需要だという。
「お中元・お歳暮のように形式的で期限が決まった儀礼ギフトは減っていますが、カジュアルなギフト(プレゼント)は増加傾向にあります。
これは、SNSを通じて気軽に近況報告や感謝の気持ちを伝えられるようになり、お中元・お歳暮という形にこだわる必要性を感じない人が増えているためです。気軽に自由に、自分のタイミング、価値観、好きな方法でプレゼントを贈る人は増えているのです」(荒木氏)
たしかに、通販サイトなどには相手の住所を知らずとも贈り物ができる機能があるほか、金券として電子ギフトを贈ることもできる。コミュニケーションツールとして最大の利用者を誇るLINEの「LINEギフト」も、2023年4月~2024年3月の1年間に贈ったユーザーだけで約1000万人と、個人間の贈り物は活発だ。
こうした点は業界も目をつけているそうで、荒木氏は「百貨店でも、最近はお中元・お歳暮という呼び方を改め、『サマーギフト・ウインターギフト』と呼ぶようになっています。これは、儀礼的な習慣を改め、自由度を高めるための施策であると考えています」と解説する。
もはや、売り手側も「お中元文化の再興」をするより、形を変えて売るほうが良いと考えているようだ。
時季を問わないギフト市場全体が堅調な中、各社がお中元・お歳暮に力を入れる必要性は薄まるばかり。このままでは、日本からお中元文化が消える日もそう遠くないかもしれない。
取材・文/久保慎