「保育士の年収を1000万円に」成り手不足解消のために設立された保育士の女子バレーボールチームが日本一のフォロワー数を獲得するまで
「保育士の年収を1000万円に」成り手不足解消のために設立された保育士の女子バレーボールチームが日本一のフォロワー数を獲得するまで

保育士を中心としたバレーボールチーム「ビオーレ名古屋」は2022年4月に愛知県名古屋市で発足。SNSで話題となり、チーム公式のInstagramのフォロワーは6.5万人(※25年7月現在)と、女子バレーボールチームではプロアマ含めて日本一のフォロワー数を誇る。

代表を務める寿台順章さんにチーム設立の経緯を聞くと、背景には保育士業界の人材不足や、スポーツ選手のセカンドキャリア問題があった。

チーム設立の背景に深刻な保育士不足

ビオーレ名古屋は、愛知県のバレーボールクラブ連盟に所属するクラブチームであり、国内最高峰のプロバレーボールリーグ、「Vリーグ」への昇格を目指して実業団リーグに挑戦している。

選手の中心は、名古屋市内の社会福祉法人栄寿福祉会と学校法人正雲寺学園グループに勤務する保育士たちだ。チームは同保育施設の理事長である寿台さんによって、保育士不足解消の一環として設立された。

保育士不足問題は2010年代初頭から、保育士の待遇の低さや離職率の高さが待機児童問題とともに顕在化。2025年1月時点で有効求人倍率は3.78倍と、全職種平均の1.34倍を大きく上回る水準。これは求職者一人に対して約3.8件の求人がある状態で、現在も人手不足が深刻であることを示している。

アイデアがひらめいたのは2022年6月頃、ささいなきっかけからだった。

「保育園の職員室に、大学の女子バレー部員がかっこよく映った広告があったんですよ。『保育学科の子たちもいるのかな』とつぶやくと、スタッフから『いるんじゃないですか』という返事があって。

それでピンときて、全国を調査してみると、国公立と私立を合わせて保育学・福祉学・教育学科が100校以上あり、その多くが地域のバレーボールリーグで活動していることがわかりました。就職をしてもバレーが続けられるなら、何割かは興味を持ってくれるだろうと考え、チーム結成を決意しました」

サッカーなど他のスポーツも検討したが、寿台さんの施設で雇用できる規模を考えると、最低6人そろえれば試合に出られるバレーボールは規模感的にもちょうどよかった。

全国で募集をかけると20名の選手が入団テストに申し込んできた。

10月には12名に内定を出したという。想像以上に保育士と競技を両立したい人は多かったようだ。

ビオーレ名古屋のプロジェクトは、スポーツ選手のセカンドキャリア問題の解決も目指している。というのも寿台さん、バレーボールは未経験ながらスポーツへの造詣は深い。

幼少期は水泳選手としてクラブチームでオリンピックを目指していたが、身長というハンデを克服できず断念。その後、持ち前の俊足を活かして高校時代はサッカーに打ち込んだ。自らスポーツの世界に身を置いてきたからこそ、スポーツをやめることのつらさ、続けることの大変さを知っている。

「勝利至上主義のスポーツ界では、怪我をしたり能力が低下すると、選手は使い捨てのように引退を強いられがちです。若く人生経験も少ないままスポーツを引退してしまうと、その後のキャリア設計も困難になってしまう。

そのため、『勝つことだけが目的ではない』という理念を掲げて、継続できる体制の構築を目指しました。私たちは教育者として、ビオーレ名古屋を通して次世代に向けて『大人になっても自分の好きなことを続けていい』というメッセージを示していきたいと考えているんです」

自己資金で赤字続きの運営も選手のため

そのような想いで立ち上げたビオーレ名古屋だが、寿台さんが運営する法人規模では、従業員で構成される実業団を持つことは極めて困難な状況だったという。

実業団の運営は一般的に大手企業に限られている。チームを持つことは、地域社会への貢献によるイメージ向上、試合を通じた宣伝効果、従業員の士気高揚や福利厚生といったメリットがあり、企業にも利益として還元される可能性がある。

ただし、これらは資金面での安定性があってこそ成立することであり、小規模な企業にとってはスポーツチームの維持・運営コストをまかなう資金力の確保が課題となる。

社会人のスポーツチームでは、選手が活動費を負担するケースもある。個人の出費は年間20万円を超えることも珍しくなく、スポーツへの情熱があっても継続するのは容易ではない。とくに日本の平均給与よりも水準が低い保育士ではなおさらだ。このような背景から、寿台さんは選手に費用負担をさせない方針でチームを運営している。

「用具の調達、遠征費、宿泊代、医療費などで、年間維持費が数百万円もかかります。私たちは強い経営母体もなく、年間予算を簡単に出せる状況ではありませんでした。そのため、当初、資金は私の個人資産でまかなっていました。

遠征コストを下げるために、マイクロバスの運転も担当したりしていましたが、1年目は大きなファミリーカー1台分ぐらいの赤字でしたね(笑)。資金面では切迫した状況が続いていましたが、今年度にようやく赤字が止まる見通しが出てきたんです」

SNSでは、あえてバレーのプレーを見せない戦略を

資金がない中で、継続的なチーム運営を実現するためのチーム設立時から柱としたのがSNSによる情報発信だ。

「SNSでファンを増やすことで認知度が向上し、それが広告塔となって、スポンサーが集まる。さらに保育士の採用や、保護者の方々にも知っていただくことで、園児募集にも好影響があるだろうと考えていました。



SNSでは選手たちの日常の姿を中心に投稿しています。バレーボールのスーパープレーだけを見せても、日本代表やVリーグの選手にはどうしてもかないません。それよりも、選手のキャラクターが伝わるような投稿を心がけ、おもしろい場面が撮れたときだけ共有するようにしています。バレーにあまり興味がない人たちにも親しみや興味を持ってもらえるような発信を意識しています」

その結果、SNSでバズり認知度が広がって支持を獲得した。もっとも再生数が多いYouTubeのShort動画は350万再生を記録しているが、それは現在キャプテンの大城なるみ選手が体調を崩した選手を介抱する内容だ。

やはり、アスリートでありながら教育福祉に携わる者としての一面が垣間見える点が支持につながっているようだ。チームが人気になったことで、変化が現れたという。

「人気が出てスポンサーがつくようになって、選手たちも多くの人々に支えられているという自覚が芽生え、感謝の気持ちが強くなっているようです。当初は写真を撮影されるときも、『いま試合後で、化粧も取れているのにどうしよう』と躊躇したり、サインを求められても戸惑ったりしていました。今では自分たちから積極的に時間を作って、暑くても寒くても、汗をかきながらファンに真摯に対応しています」

チームが人気を集め、寿台さんの施設の保育士の採用も増加。さらに、選手たちが勤務する園の子どもの保護者からの反響も良好だという。

「InstagramやYouTubeライブで見たという声や、試合後に仕事をしているのを見て『大変だね』『頑張ってね』という声が本当に多くなりました。

2年目には、地域リーグのホームゲームを愛知県武道館で開催し、2日間で保護者のかたが50組以上もお越しくださいました。そこで子どもたちから『〇〇先生!』という声が飛び交うのを聞いて、活力になりましたし、ここまで頑張って良かったなと心から思えました」

今後は、保育士の低賃金解消にも繋げたいと寿台さん。

「グッズが売れた場合には、利益の一部が選手に還元される仕組みになっています。ゆくゆくは、保育士の給料をベースに得意分野でインセンティブを得ることで、年収1000万円の保育士を輩出したいです。そうすれば、日本中で保育士を目指す人も増えるだろうと考えています」

取材・文/福永太郎

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