〈NHK受信料収入の減少〉民放の「商業放送」というビジネスモデルは限界を迎えるも、CM収入に頼らないNHKの未来もさして明るくない理由
〈NHK受信料収入の減少〉民放の「商業放送」というビジネスモデルは限界を迎えるも、CM収入に頼らないNHKの未来もさして明るくない理由

テレビ業界の凋落はそのコンテンツの力不足だけでなく、広告収益などビジネスモデルとしての弱体化も大きな要因にひと役買っている。民放の「商業放送」はもはや過去の遺物なのか。

ならば公共放送のNHKはどうなのか。
元NHKアナウンサーの今道琢也氏がその現状について書いた『テレビが終わる日』より一部抜粋・再構成してお届けする。

供給量が増えれば価格は下がる

インターネットが普及する以前、テレビCMは最強の広告でした。新聞や雑誌の広告は文字・画像しか使えず、ラジオの広告は音声しか使えませんが、テレビCMはこれらすべてに加えて動画を使うことができます。それ故、他の広告媒体に比べ消費者に圧倒的なインパクトを与えることが可能でした。

さらに、テレビはほぼすべての家庭に普及していました。家庭だけでなく、ホテルの客室、病院・駅・空港などの待合室にも置かれています。家に帰ったらとりあえずテレビをつける、ホテルや旅館に落ち着いたらとりあえずテレビをつける、という行動パターンが人々の間で習慣化していました。

スマホがない時代は、暇なときには自然とテレビに目をやっていましたから、テレビの広告媒体としての価値はとても高かったのです。しかし、インターネットの台頭によって、その優位性が崩れていきました。

とりわけ動画共有サイトの登場は、テレビ広告の動向に大きな影響を与えたはずです。例えば、YouTubeは広告を見た上で動画を無料で視聴できるわけですが(無課金の場合)、このビジネスモデルはテレビと全く同じであり、「広告放送」そのものです。違うのは、動画が放送用の電波を通じて視聴者に届くか、通信回線を通して届くか、というところだけです。



そして、YouTubeには、テレビよりも遥かに多種多様なチャンネルがあり、その中から自分の好みに合った最適な動画を選ぶことができます。旅行、ペット、スポーツトレーニング、グルメ、各種の健康法、ピアノ・バイオリン・ギターなど楽器の練習法、そのほか数限りなくあります。

国内だけでなく、海外のチャンネルも自由に視聴することができます。チャンネルがありすぎて、何を見ようか選ぶのに苦労するほどです。動画に字幕をつけたり、自動翻訳をつけたりすることもできます。

このため、外国で制作された動画であっても、何のバリアも感じずに視聴することが可能です。いつでも好きなときに見ることができるので、放送時間に合わせる必要もありません。録画をセットする手間もありません。

民放の「商業放送」というビジネスモデルは、大きな曲がり角に…

インターネットがなかった時代には、映像コンテンツは、基本的にはテレビ放送でしか見ることができませんでした。後は、映画館に行って映画を見るくらいです。そして、テレビ放送は大都市圏でも6つのチャンネルしかなく、地方ではNHKのほか、民放が1~2チャンネルしかないというところも珍しくありませんでした。選択肢が極端に限られていたのです。そうした条件下で、人々は毎日何時間もテレビを視聴していました。



しかし、今やインターネットにアクセスすれば、何十万、何百万というチャンネルの中から、見たい動画を選ぶことができます。その一つ一つすべてが、基本的には「広告放送」です。つまり、一昔前では考えられないほど多くの「広告放送」が流れている時代になったのです。

インターネット上で「広告放送」を流しているのは、YouTubeだけではありません。ショート動画の投稿サイトであるTikTokは若者を中心に人気を集めていますし、多数のアカウントを抱えるFacebookやX、Instagramでも大量の動画が流れています。

これらも、広告を見る代わりに無料で動画を見られるという仕組みは同じですから、一種の「広告放送」と捉えることができます。ネット動画には、大手企業も盛んに広告をつけています。このような「広告放送」の乱立が、テレビ広告に影響を与えないはずがありません。

「供給量が増えれば、価格は下がる」というのが、経済の大原則です。テレビの広告費が減少しているのは、一面から見れば「広告放送の大量供給によってひき起こされた、広告価格の下落」とも捉えられます。

今、人々は何気ない日常の様子から、偶然撮影に成功した決定的な瞬間まで、競うように動画を投稿しています。親しい人とのコミュニケーションの一環として、あるいはユーチューバーの様に生活の手段として、次から次へと動画が投稿されています。

今後、社会全体の「広告放送」の量が増えることはあっても、減ることはないでしょう。

そうした中にあって、民放の「商業放送」というビジネスモデルは、大きな曲がり角を迎えているのです。

利益率は20年で半減

テレビが、映像を家庭に配信することのできる唯一の媒体であった時代には、広告放送は大変優位性のあるビジネスモデルでした。放送事業は免許事業であり、他社が参入することもなく、寡占状態でビジネスを展開できました。しかし、今のように動画共有サイトが乱立するようになればその優位性も失われてしまいます。

民間の地上放送の事業者と、全産業の「売上高営業利益率」の推移を見ると、2008年はリーマンショック、2020年は新型コロナの影響を受けてグラフの変動が激しくなっていますが、長期的に見ると、地上放送事業者の利益率は下落傾向にあることがうかがえます。かつて10%近くもあった利益率は、直近では4%台にとどまっています。

全産業との比較で見てみるとその退潮傾向は一層顕著です。2001年には、全産業の営業利益率が2.2%だったのに対し、地上放送事業者は9.6%もありました。テレビ業界の利益率は、全産業平均の4.3倍もあり、極めて利益率の高い産業、すなわち、「稼げる産業」だったのです。

しかし、全産業の利益率はその後上昇していき、直近では4.0%になっています。これに対して、地上放送事業者の利益率は下落傾向で、直近では4.9%にとどまります。その差は1ポイントを切っています。



ほかの産業がこの20年ゆっくりと利益率を高めてきたのに対して、テレビ業界は逆に下げてきた、ということです。グラフの変動が大きいため、もうしばらく時間を掛けて動向を見極める必要はありますが、テレビという産業が相対的に稼ぎにくい産業になりつつある、ということは確かなようです。

フジテレビのCM差し止めはまだ続いています。2025年1月末時点で311社がスポンサーを降り、2月の広告収入は前年に比べて9割減となっています(「毎日新聞」2025年4月1日付記事)。年間を通じてどれだけの影響が出るのか、明らかになるのはまだ先のことですが、地上波の広告収入や営業利益率に影響を与えることは間違いないでしょう。

NHKの受信料収入も減少傾向

一方、受信料収入で成り立つNHKの経営は、民放の市場原理とは全く異なります。今度は、NHKの経営を収入の面から分析してみます。

これは、過去16年間のNHKの経常事業収入です。この中には受信料以外の収入もわずかに含まれますが、ほとんどが受信料収入だと考えて構いません。

2018年をピークとしてゆっくりと減少する傾向にあることが分かります。NHKは公共放送という性格上、収入が増えても「受信料値下げ」の方向に圧力がかかります。実際、2012年、2020年、2023年に受信料の値下げが行われており、その都度、収入が減少しているのが分かります。

かつては衛星放送の普及とともに受信料収入も右肩上がりだった時代もありましたが、当時とは社会情勢や国民の意識も変わっており、収入を積極的に伸ばし、規模拡大を目指す、というわけにはいかなくなっています。



そして、将来NHKの収支に影響を与える要素として、「人口・世帯数の減少」があります。日本の人口は2008年をピークに減少局面に入っています。これに遅れる形で、世帯数も減少を始めます。

文/今道琢也

『テレビが終わる日』(新潮社)

今道琢也
〈NHK受信料収入の減少〉民放の「商業放送」というビジネスモデルは限界を迎えるも、CM収入に頼らないNHKの未来もさして明るくない理由
『テレビが終わる日』(新潮社)
2025年6月18日968円(税込)192ページISBN: 978-4106110917

フジテレビをめぐる問題でテレビ界は大揺れだ。しかし、業界全体の凋落は今に始まったことではない。広告収入はネットの半分に落ち込み、まったくテレビを見ない若者が急増、就活人気ランキングでは今や 100位圏外という。反転攻勢をかけようにも、個人の嗜好に強く訴えるネットのコンテンツには歯が立たず、といって海外展開も難しい。かつての「メディアの覇者」に未来はあるのか? データを駆使して徹底分析。

【目次】
第1章  テレビ離れはここまで進んだ
いずれ誰も見なくなる?/国民16%がリアル視聴をやめた/録画でも視聴時間を補えない/激減する10 代、20 代の視聴/7割以上がネット動画を優先テレビ番組は「補欠要員」に

第2章  落ち込む収入、広告はネットの半分に etc.
供給量が増えれば価格は下がる/人口減少が経営を直撃/海外への進出も困難/系列を超えて進む効率化 etc.

第3章  就職人気ランキング100位から消滅
マスコミの中でも取り残される/民放連も指摘する採用難/今も好待遇なのだが…/「すごくブラック」「落ち目な感じ」 etc.

第4章  テレビへの信頼性はなぜ落ち込んだのか
やらせ、捏造、誇張、切り取り/「世界の中心」という錯覚/ネタ探しに追われる日常/飲み会費用38万円を経費として精算/テレビは「既得権者」/最後の「護送船団方式」 etc.

第5章  テレビからネットへ、なぜ主役は交代したか
ネット動画の多様性/嗜好に合ったディープな内容/中途半端さはテレビの宿命/パーソナル化は止められない/技術革新による淘汰 etc.

第6章  テレビに残された優位性はあるのか
ネット企業進出で崩れる優位性/国際スポーツ中継はどうなる/AIによる動画生成の衝撃/競合品が無限に生産される etc.

第7章  テレビが終わる日
船底に穴が空いたタイタニック/20年後の衝撃的な未来像/「岩盤支持層」の入れ替わり/「鉄道会社」型の企業に/テレビなき時代は来るか etc.

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