
2025年7月の参院選では、既成政党離れが鮮明になり、参政党などの新勢力が躍進した。その背景には、長らく放置された円安が引き起こした深刻な生活格差と資源配分の偏りに対する国民の強い不満がある。
「なんで自分たちが損をして、外国人や資本側が得するのか」
先の参院選(2025年7月)では既成政党離れが明確になり、新しい勢力である参政党や無党派系候補への支持が広がった。
その背景には円安がもたらした生活格差・資源配分の偏りが顕著になったことに対する国民の深い不満が形になった結果であったと思う。具体的に言えば長らく円安を放置した結果、インバウンドが円安の恩恵を受けたわけだ。
そして彼らの購買力は爆増の一途を辿った。例えば1ドル=150円であれば、彼らにとっては不動産、株式などの資産をはじめとして、外食に至るまで、ありとあらゆる日本製品が“半額”感覚に思えたのであろう。だから侵食がどんどん進んでいったのだ。
高級ホテル、百貨店、ブランド店、観光地の飲食店などは軒並み活況で、地方経済も一部では潤っているものの、これらは資本のある外資や大手、インバウンド特化企業だけが中心に享受しているだけで、多くの日本の中小企業はその恩恵を受けられていない。
円安に長らく苦しみ続けているのが、国民の約8割を占める庶民層や中小零細企業層だ。円安による輸入物価の上昇が食料品やガス、ガソリン、日用品の記録的な物価高騰を招き、特に価格転嫁できない中小事業者や非正規労働者、年金生活者、子育て家庭などは物価高騰に反して賃金が上がらず、生活が益々苦しくなる一方なのだ。
賃金は全くインフレに追いつかず、実質賃金は26か月も連続でマイナスとなってしまった。
国民からの厳しい審判
一方で既成政党である自民党は日銀・経団連と近く、結果的に円安誘導政策を黙認しつづけていることが庶民に対して「生活苦を無視している」という印象を与えたのだと思う。
おまけに石破首相は不評だった給付金を一度は取りやめ、消費税減税に舵を切り始めたものの、結局は財務省に逆らうことができずに再び給付金を持ち出すなど、即効性のある物価高対策よりも財務省の意向を優先させたように映ったことも失望へ繋がったのだと思う。
もうひとつは保守層を取り込みたいという安易な理由から、批判を浴びながらも旧安倍派の「裏金議員」を公認し続けたことも完全にマイナスに働いたのではないか。旧安倍派の議員数は、今回の参院選の結果を受け、2024年9月の党総裁選のときから4割ほど減るなど、国民から明らかな厳しい審判が下っている。
公明党も散々な結果に
その結果として自民党右派を凌駕する右派政党が乱立し、自民党はその陰に埋没することになった。自民党の比例代表得票数は、前回1,820万票だったのに対して 今回1,280万票へと、約540万票も減少していて都市部や若年層を中心に自民党離れが起きているのは確実だ。
そして連立与党である公明党も国民寄りの生活者支援の姿勢を打ち出してはいるものの、円安を容認している時点で矛盾が生じており、こちらも散々な結果となった。
2022年参院選では、比例代表において約618万票(得票率 11.66%)だったが、2025年参院選では約521万票(得票率約8.8%)と、こちらも大きく減少している。
この急激な票の落ち込みは、政党としての影響力低下を反映しており、公明党の支持基盤にとっては重大な警鐘と言える。
既成政党離れという点でいえば、野党第一党に君臨する立憲民主党も同じだろう。比例代表での得票数でも 約739万7000票(得票率12.50%)で、2022年から微増しているものの得票率は12.77%→12.50%と、実質ほぼ横ばいだ 。これでは国民からの期待度は限定的だといわざるを得ない。
与野党問わず、既成政党というのは「どの党も自分たちの苦しみに本気で向き合ってくれていない」という中間層以下の怒りが直撃した結果なのだろう。
一方、大躍進した参政党は「生活を守る」「日本を取り戻す」「外資や移民への警戒」といった明確でわかりやすいメッセージを掲げており、それらの期待感から有権者のシフトが増えているはずだ。
円安放置という“経済の歪み”が政治の歪みを生んだ
とくに為替や物価高に対する「感情的共感」「直感的な不公平感」へ訴えることに成功したといえよう。要するに経済のディテールよりも「我々の暮らしを大事にしてくれるのは誰か?」という問いに響く構図だったのだろう。
結論から言えば円安放置という“経済の歪み”が政治の歪みを生んだといえるのではないか。円安放置が作り出した「外資や富裕層に有利で庶民に不利」な経済環境の概念が政治不信・アンチ既成勢力への投票行動に結びついた。
そして、この状況は同時に日本の民主主義の健全性や中間層の“声の通りにくさ”を浮き彫りにしたといえるであろう。
そういう国民の声が多いわけだから、本来は政府も日銀も円高方向へと舵を切り、所得再分配・内需主導の経済モデルへの転換をすべきなのだが、冒頭でもふれたように日銀も財務省も政界も経済界も円安を維持することが税収アップに繋がるし、自動車産業をはじめとする輸出の大手企業が潤うと考えているので、庶民との間には大きな隔たりがある。
だから為替と暮らしの関連を、政策言語として“庶民目線”で語れる政治勢力の出現に多くの国民が沸いたのだと思う。
2年半の間に6万3240品目も値上げ
1ドル=150円で計算すると原油1バレルは1万2000円だが、これが1ドル=135円になれば1万800円、1ドル=125円になれば1万円になる。数字にして見るとあらためて円高放置が物価高を招いているかがわかる。
2023年~2025年7月のわずか2年半の間に何と6万3240品目も値上げをしていて、中には繰り返し値上げしているものも目立つ。
外食産業や中小零細企業は原材料高と光熱費高に利益も圧迫され、人件費を充分に捻出できなくなるのも無理はない。
実際、この2年半で2万4672件もの法人が倒産に追い込まれている。特に2025年は7月までで5800件を超えており、年間で1万件を超える見通しになっているのだ。
日本の給与所得者のうち、約35%~40%に当たる1700万人~1900万人は年収300万円以下だ。だが、この統計自体が2022年分の国税庁の数字なので上記した倒産件数や物価高騰を考慮すると、さらに300万円以下の人が多くなっているのかは容易に想像できる。
円安下で賃金が上がっていない日本人がいかに貧乏になってしまったのか、おわかりいただけたのではないか。
トランプ関税で石破首相が「国益を守った」は本当か
日本の政治家というのは目の前の利益と短絡的なパフォーマンスを重視してばかりで「木を見て森を見ていない」ように思えてならない。
懸案になっていたトランプ関税でも、日本は15%で合意できて国益を守ったと石破首相は胸を張り、ときおり含み笑いを浮かべながら会見していたが、本当にそうだろうか。私にはまったくそうとは思えない。
たしかにこれが株式市場で評価された背景には、日本の自動車産業の関税回避などの短期的成果があるが、冷静に考えれば、その代わりに米国との交渉の中で防衛装備品の大量購入を事実上“交換条件”として受け入れているわけで、結果として日本の対米防衛装備輸入は激増することになるだろう。
そもそもトランプ政権下では「日本にもっと米国製兵器を買わせる」ことが明確な要求としてあったのだから、これはトランプ大統領の思惑通りだといえる。
また、日本サイドからしても対米防衛装備品輸入の激増で、防衛費の財源確保が将来的な増税圧力になるのは間違いない。
自動車産業を守るため結果的に国民に増税を押し付けた
これは、自動車産業を守る為に我々国民に結果的に増税を押し付けたということになる。ただ、我々にとってはマイナスばかりでもない。今後、トランプ大統領が日本に円高誘導の外圧をかけてくる可能性が十分にあるからだ。
トランプ大統領は、今年のはじめからドル安傾向が進んでいることを巡って「弱いドルは、はるかに多くの利益をもたらす」と述べてきた。
また、「日本と中国はこれまで通貨安を望み、今も目指している」と述べ、日中両国が自国の産業の輸出促進に向け、通貨安を誘導しているとも批判している。
日銀も政治も日本の経済界もあてにならない以上、トランプ大統領に期待を寄せざるを得ない己が情けない限りだが、日銀の利上げが1日も早く実行されることを切に願うばかりだ。
文/木戸次郎