年収100万円の幕下と1300万円の十両の対戦もある…「土俵に立てば歳もキャリアも関係ない」究極の成果主義・大相撲と現代ビジネスの共通点
年収100万円の幕下と1300万円の十両の対戦もある…「土俵に立てば歳もキャリアも関係ない」究極の成果主義・大相撲と現代ビジネスの共通点

選ばれる人、叩かれる人、踏みとどまる人……土俵で起きていることは、あなたの職場でも起きている。相撲ファンから熱い支持を受ける現役会社員兼相撲ライターが、現代ビジネスに効く“勝ち方”を読み解く。

 

『ビジネスに効く相撲論』より一部抜粋・再構成してお届けする。

ビジネスの場を「土俵」と思え

私たちはビジネスシーンにおいて、得意とはいえない分野や人と対峙し、自分の立場や主張を表明しなければならないこともあります。いつも周りが理解者や勝手知ったるフィールド、というわけにはいかないのが難しいところです。

力士もこのような状況に遭遇することがあります。

「土俵に立てば歳もキャリアも関係ない」と話す関係者は多いのですが、完全にフラットな状態で臨めるかというとそうでもありません。

格上の力士と戦うときはその最たるものです。

たとえば立ち合いの仕切りでは、格上力士の間合いで進んでしまうことが散見されます。
キャリアに差があると相手力士に先に手をつかせて、格上のほうが自分の呼吸と間合いに持ち込むケースも多く見られます。

こうなると格下力士は格上に吸い込まれ、自分の相撲を取れません。

そうならないためにも、本場所で対戦の可能性がある力士のクセを事前につかんでおき、巡業などの稽古の場で前もって体感しておくことも大事です。

また、相手に慣れておけばメンタルの面で気圧(けお)されるということもいくばくかは防げるのではと思います。本場所で面食らう前に相手の手の内を知っておき、そして体感しておくことで、少しでもアウェイになる部分を減らしておくのです。

強い力士は、初めての対戦相手との取組前は出稽古(ほかの部屋に赴いて稽古すること)をして、相手の技術を丸裸にすることもあると聞きます。

元横綱・白鵬はなぜ、全身にケガを負っても勝ち続けることができたのか

実際に過去の名力士でいうと、白鵬や千代の富士といった大横綱は昇進してきた力士の元に出稽古に行くという話が残っています。この種のエピソードで真っ先に挙がるのが大横綱であるというのは、一見意外に思えるかもしれません。

しかし、誰よりも稽古に打ち込み、誰よりも勝利への執念を持っていたからこそ、彼らは長く最高位に君臨し続けることができた―そう理解することもできるのではないでしょうか。

特に現役終盤の白鵬は、インサイドワークを駆使して勝利を重ねていたとされます。その代表例が、張り差しやカチ上げといった攻撃的な立ち合いによって、相手の動きを封じる戦略でした。

ファンの中には、こうした白鵬の取組を観て「ずるい」と不満を漏らす人もいました。しかし、これらの技は失敗すると脇が大きく空いてしまい、一瞬で命取りになる危険もともなっています。

白鵬が実に興味深かったのが、それらを使う相手を限定していたことにあります。つまり、出稽古によって足を止められる力士を見極めて、さらにはそのタイミングに至るまでを学習していたからこそ、決めることができたのです。

キャリアも勝負も〝準備〟がすべて

張り差しやカチ上げだけでなく、白鵬は小兵がおもに用いる「ねこだまし」すらも取り入れ、勝利したこともあります。

あれは2015年九州場所のことです。対戦相手の元関脇・栃煌山は全盛期は大関昇進を期待されるほどの力士でしたが、相手を見ずに立つことがありました。そこで白鵬は、ねこだましをすることによって足を止め、勝利を収めたのです。

特に現役晩年の白鵬は全身にケガを負い、かつてのようないわゆる「後の先」と呼ばれる取り口の相撲を見せる機会が減っていました。

このころから以前にも増して相手の研究について熱心になっていたように思います。

普通は肉体の衰えと共に勝ち星が減り、土俵を去ることになります。

しかし白鵬は、賛否を呼ぶ取り口に転じたことで、誰も予想しなかった東京オリンピックまで現役を続けるという快挙を成し遂げたのです。

キャリアを重ねると、若いころのように働けなくなります。さらに時代のトレンドも変わります。このエピソードからは、自分自身と時代に合わせた戦い方を常に探求することの大切さを学べるのではないでしょうか。

苦手なジャンルやフィールドであっても、事前の準備次第で勝つことが可能なのは、ビジネスパーソンも同じなのではないかと思います。

相撲の世界は究極の成果主義です。一般社会に生きる私たちに同じことが求められるわけではありませんが、あえて厳しい環境に身を置き、自分を磨き続けることで、生き残れる時代が確実に到来しつつあります。

40代まで大企業に勤めていた人が早期退職の対象となり、再就職先を探したものの、これまでのキャリアが自社でしか通用せず、最終的には年収が大きく下がってしまった、という話はよく耳にします。

新卒でも中途でも名のある会社に採用されたからといって、ぬるくぶら下がりながら定年を迎えられるわけではありません。今という時代はもしかすると大相撲と一般社会が近づいてきているといえるのかもしれません。



ですので、普段は16時以降の相撲をご覧の皆さんも一度は、年収100万円の幕下力士と年収1300万円の十両力士が対戦することもある14時30分からの大相撲をご覧ください。

力士たちが特別な待遇を求めて生存競争に身を投じる様を目の当たりにすると、絶対に感じるものがありますから。

あの白鵬だって、そこから叩き上げてきたのです。

文/西尾克洋 写真/shutterstock

『ビジネスに効く相撲論』(三笠書房)

西尾克洋
年収100万円の幕下と1300万円の十両の対戦もある…「土俵に立てば歳もキャリアも関係ない」究極の成果主義・大相撲と現代ビジネスの共通点
『ビジネスに効く相撲論』(三笠書房)
2025年7月30日1,760円(税込)978-4837940494ISBN: 256ページ選ばれる人、叩かれる人、踏みとどまる人……
土俵で起きていることは、あなたの職場でも起きている。


プレッシャーにどう立ち向かうか。
仲間とどう高め合うか。
自分の力をどう出し切るか。
そのヒントは、意外にも“大相撲”にあった!

【戦い方】相撲も仕事も攻めて勝て
【育て方】才能を伸ばす部屋、ダメにする部屋
【決断】横綱はいつ、引き際を決めるのか?
【組織】親方、部屋制度、番付……日本型組織に学ぶリーダー論

相撲ファンから熱い支持を受ける現役会社員兼相撲ライターが、
名勝負や力士たちの言葉を引きながら、
現代ビジネスに効く“勝ち方”を読み解く。

~目次~
第1章 なぜ、相撲がビジネスに“効く”のか

相撲にはビジネスのすべてが詰まっている
相撲を知ると〝勝負の鉄則〟が見えてくる
日本の歴史と教養が身につく
新人、ベテラン、外国人、巨漢、細身──そこにヒューマンドラマがある

第2章 力士から学ぶ「戦い方」
ビジネスの場を「土俵」と思え
人の褌(ふんどし)で相撲を取るな
「勝ち越し」という勝利の概念
一つの技術を磨き続ける力士もいる
番狂わせはどういうときに起きるのか
勝負の場では「本当の自分」が出る ではどうするか?
個性が集まる(株)大相撲でオンリーワンプレイヤーになれ
不調のときは自分を見つめ直すチャンス
どうしても戦わなくてはいけないときは

第3章 相撲部屋という「育て方」
強い弟子を育てる親方の指導方法
スピード出世の危険さ
将来強くなる力士は先輩力士の〝ここ〟を見る
女将(おかみ)さんに学ぶ真心、親心
才能を伸ばす部屋、ダメにする部屋

第4章 力士から学ぶ「精神力」
叩き上げた力士から学ぶ「最後に勝つ力」
勝ち越した力士、負け越した力士のメンタルに学ぶ
土俵際、耐える力士は何を考えているか

第5章 横綱たちの「哲学」
横綱になれる力士、なれない力士の違いとは
横綱は孤独と戦う
大の里は、なぜブレないのか
最も愛され、最も叩かれた横綱・朝青龍
横綱はいつ引退を決めるのか
キャリアプランは引退した横綱たちに学べ
「あんな相撲取った俺が一番悪い」いかに己に厳しくあれるか

第6章 これまでの相撲論、これからの相撲論
データで見る相撲──相撲のレベルは上がり続けている
大相撲は〝稼げる仕事〟か?
伝統と改革の狭間で
変化がないと、部屋も会社もいつかは潰れる
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