
この夏、14年ぶり2度目の“聖地”行き切符をつかみ取った東大阪大柏原。オリックス&巨人を経て、2018年から同校野球部を率いる元プロ・土井健大監督に、大阪桐蔭&履正社の牙城を突き崩した“ジャイアントキリング”の秘密を聞いた。
「野球おもんない」とかすぐ言い出す選手を説得
大阪桐蔭&履正社以外が夏の大阪大会を制したのは、南北2校の出場となる記念大会を除けば、実に10年ぶり。東大阪大柏原が、石川慎吾(現ロッテ)らを擁した11年以来の甲子園出場を決めた。
同校を率いる土井健大監督は、その“2強”の一角、履正社を経てオリックス・巨人でもプレーした元プロ野球選手。2018年秋の就任から、苦節7年目にしてついに、分厚い扉をこじ開けた。
「桐蔭、履正社、大阪学院大高。この3校と当たるのが決勝の一度だけなら、工夫次第でウチにも勝機はあるとは思っていました。ただ、本当にやってくれるとはね…(笑)。この7年間は、負けて反省して、次勝つためにどうすればいいかを考えて、っていう、その繰り返し。今回勝てたのも、これまで巣立っていった子たちとのトライ&エラーの賜物やと思ってます」
環境の整った私立校とはいえ、入学してくる生徒たちは十人十色。野球に懸ける思いにはむろん、バラつきもある。個々の能力を引き出しながら、いかにチームとしてまとめるか。
曰く「口では“甲子園”と言いながら、“野球おもんない”とかすぐ言い出す」一筋縄ではいかない選手たちを相手に、指揮官は「自己満足の練習だけはするな」と懇々と説き続けた。
「ただ闇雲にやるんじゃなく、設定した目標から逆算して、いま何が必要かを考える。
疲労が蓄積すれば、それだけ怪我のリスクも増えていく。それまでの経験上、夏本番を迎えてから、俗に言う“かかった”状態になる選手が多いことも気になった。
それよりも、そこに至るまでの準備こそが肝心かなめ。否が応でも力の入る大阪桐蔭との決勝戦でも、「おまえらのことなんて誰も見てない」と、気が逸る選手たちを落ち着かせた。
「そういうある種の“マインドコントロール”が利いたのか、決勝を観ていた人からは“柏原の選手がめっちゃ強そうに見えた”とも言われましたけどね(笑)。でも、ウチには“プロ注”と形容されるような超一流は、ひとりもいない。野球を知り、一つひとつのプレーの意味を考え、それをチーム全体で共有する。やってきたことは、その積み重ねでしかないんです」
「秘密兵器」はインソール!?
加えて、そういった意識改革と並行して着手したのが、“足まわり”のアップデートだ。
ひょんなことからその重要性に気づいた指揮官は、ふだん見落とされがちなスパイクのインソールを一新。靴ひもの結び方にまで、専門家の知見を取り入れた。
「あるとき、小学校からの幼馴染みが作っているインソールを履いて、ゴルフのラウンドを回ったら、まったく意識はしていなかったのに、疲れ方がいつもとまったく違ったんですね。
それまでは、使う用具も基本的には選手任せ。インソールはおろか、スパイクのサイズもマチマチで、なかには「3、4センチ大きいのを履いている子もいた」という。
それを「姿勢は足元から」と刷新するや、疲労軽減・怪我の減少はもちろん、飛距離や球速、走塁の向上にまで繋がったというから、インソールも「ただの中敷きでしょ?」と侮れない。
「投手のなかには一気に5キロ、10キロと球速を上げる子も出てきたくらい。大阪大会の7試合で9盗塁を決めた上田(こうだ)留生を筆頭に、機動力を活かせる場面も想像以上に増えました。肉離れや捻挫といった怪我をする子もいまのところはいませんし、スパイクのなかでしっかり足が固定されるってことがどれほど大事かってことを、あらためて実感しましたよね」
ちなみに、同校のシューズフィッティングを担当した『みらいアスリート研究所』は、岡山を拠点にアスリート向けのセミナーなどを手がける一般社団法人。
この3月、春季大会の直前から週1ペースでスタートした指導がこんなにも早く結果に結びつくとは、「野球部の指導は初めて」という専門家をもってしても驚きだったに違いない。
「靴ひもひとつにも、力の入る結び方、抜ける結び方ってあるんですよ。それを選手たちにもわかる言葉で丁寧に教えてもらえたのは、本当によかったですね。インソールと靴ひもの結び方。些細なことのようですけど、これまでとの物理的な違いという部分でも、僕らにとってはこの2つが、この夏の“秘密兵器”だったと言えるかもしれません」
初戦は大会7日目。尽誠学園と…
そんな東大阪大柏原の初戦は、大会第7日目の第3試合。迎える相手は、9年ぶり出場の香川・尽誠学園。MLBでも活躍した故・伊良部秀輝氏や谷佳知氏ら多くのプロ選手を輩出する名門だ。
「あとは、選手たちの力を信じて、万全のコンディションで挑むだけ。どれだけ頭で理解をしていても、やっぱり甲子園は独特で特別な場所。アホになる必要がある場面では、僕がまず率先してアホになろうと思っています(笑)。これまではプロで活躍する坂本勇人(現巨人)ら同級生に、僕自身が力をもらってきた。その恩返しが、少しでもできたらいいですね」
今大会では、履正社で一時代を築いた恩師・岡田龍生監督の率いる東洋大姫路も、激戦区・兵庫を制して、奇しくも東大阪大柏原と同じく14年ぶりに夏の甲子園に出場する。“浪速のミニラ”と呼ばれた土井の高校当時を知るファンからは「甲子園で師弟対決の実現を」との期待も高まる。
「岡田先生からは“おまえだけ行ってたら何言われるかわからんかったから、行けてよかったわ”と連絡をもらいました(笑)。みなさんの期待に応えられるかは別として、子どもたちがせっかく連れてきてくれた夢舞台。僕自身も全力で楽しみたいと思います!」
筋書きのない、時にフィクションを超えるドラマが生まれる夏の甲子園。
●土井健大(どい・けんた)
1989年、兵庫県芦屋市出身。履正社では主将も務めた高3春にセンバツ出場。高校通算43本塁打を誇る強打の捕手として、06年の高校生ドラフト5巡目でオリックスへと入団した。10年オフに戦力外通告を受けて、13年までは育成選手として巨人でプレー。社会人野球ミキハウスを経て、軟式の大阪シティ信用金庫で現役を引退。17年12月から東大阪大柏原のコーチに就任し、翌年秋から監督を務める。田中将大、坂本勇人(ともに巨人)らは同郷で同学年。履正社時代の愛称“浪速のミニラ”は1学年上で“浪速のゴジラ”と呼ばれたT-岡田氏にあやかったもの。
取材・文/鈴木長月 写真/本人提供(一部、学校HPより)