「最期は自宅で過ごしたい」日本人の4人中3人がそう願う一方で、多くの人が“実現は難しい”と感じている理由
「最期は自宅で過ごしたい」日本人の4人中3人がそう願う一方で、多くの人が“実現は難しい”と感じている理由

人生の最期を迎える場所として、自宅を望む人は少なくない。だが実際には、家族への負担や介護体制への不安から、「実現は難しい」と感じる人が多いという。

また、延命のみを目的とした医療を望まない人や、苦痛を和らげる緩和ケアを重視する人も増えている。人々は最期の時間を、どこで、どう過ごしたいと考えているのか?


現代における死との向き合い方を分析した『人は生きてきたように死んでいく 「死の準備」してますか?』より一部抜粋、再編集してお届けする。〈全3回のうち2回目〉

人生の最期をどこで過ごしたいか

人生の最期をどこで過ごしたいだろうか。住み慣れた自宅で最期を迎えたいと願う人もいれば、場所には特にこだわらない人もいるだろう。

現状では、自宅で亡くなる人よりも病院で亡くなる人の方が圧倒的に多い。厚生労働省の『人口動態統計』によれば、1950年には自宅で亡くなる人が8割を超えていた。しかし、その割合は急速に減少し、1975年には半数を割り込み、2005年にはわずか12.2%にまで低下した。近年はやや増加傾向にあり、2024年には16.4%となっているが、病院死が主流であることに変わりはない。

2016年には「在宅緩和ケア充実診療所・病院加算」が診療報酬制度に新設されるなど、厚生労働省を中心に地域での在宅緩和ケアが推進されており、自宅での看取りを後押ししている。

他方で、死亡者数の大幅な増加に伴い、医療や介護の受け皿が足りず、本人や家族の希望ではなく、結果として自宅で最期を迎えるケースもみられる。

同財団の2023年調査では、余命が1~2カ月に限られている場合に自宅で最期を過ごしたいかを尋ねている。その結果、「自宅で過ごしたいが、実現は難しいと思う」と回答した人が44.5%、「自宅で過ごしたいし、実現可能だと思う」が30.8%だった。「自宅では過ごしたくない」との回答は7.7%に過ぎず、実現可能性はさておき、4人に3人が自宅での最期を希望していることがわかる。



実現可能性に対する意識には、性差が見られた。男女共に「自宅で過ごしたいが、実現は難しいと思う」が最多だったが、女性は49.3%、男性は39.6%と約10ポイントの差があった。男女を問わず7割以上が自宅での最期を望んでいるが、女性の方が「実現は難しい」と考える傾向が強い。特に60代・70代のシニア世代では、自宅で最期を過ごしたい人が8割以上と多い一方で、実現が難しいと考える人も5割前後と多い。

つまり、希望はあるものの、現実には難しいというのが多くの人の実感なのである。自宅での介護を夫や子どもに期待できないと考える女性が多いのかもしれない。

50代から70代のうち、同居者がいない人では「自宅で過ごしたいが、実現は難しいと思う」と回答した人が56.7%で、同居者がいる人の46.9%と比べて約10ポイント高い。

自宅での最期を希望しても、世話をしてくれる家族がいなければ実現は難しいと考える傾向があると推察されるが、同居する家族がいても実現困難と考える人も少なくない。それぞれの家庭の事情により、家族に介護を頼れないと感じている人も多いのだろう。

人生の最期をどう過ごしたいか

同財団の過去の調査結果を比較すると、「自宅で過ごしたいが、実現は難しいと思う」と回答した人の割合は、2006年63.3%→2008年61.5%→2012年63.1%→2018年41.6%→2023年44.5%と推移している。2012年以前に比べ、2018年以降では2割程度減少しており、在宅医療の拡充と社会的理解の進展が背景にあると考えられる。

「家族がいなければ在宅で過ごせない」「家族に負担をかけるので自宅で過ごすのは難しい」といった懸念は根強いが、医療や介護の体制が整えば、一人暮らしであっても自宅で最期を迎えることは不可能ではなく、いまや現実的な選択肢となっている。

厚生労働省の『令和4年度 人生の最終段階における医療・ケアに関する意識調査』によれば、最期を迎えたい場所として「自宅」と回答した一般国民は43.8%で、「医療機関」との回答(41.6%)とほぼ拮抗していた。



注目すべきは、医師の56.4%、看護師の57.4%、介護支援専門員の58.1%が「自宅」を希望しており、一般国民よりも15ポイント近く高かった点である。この結果は、医療・介護の専門職の実感として、在宅での看取りが実現可能であることを示唆するものである。

なお、同調査では、最期を迎える場所を考える際に一般国民が重要だと考える要素として、「家族等の負担にならないこと」が71.6%と最も多く、次いで「体や心の苦痛なく過ごせること」が60.2%、「経済的な負担が少ないこと」が55.9%だった。「自分らしくいられること」も約半数が重視していた。

人生の最期を「どこで過ごしたいか」を考えることは、最期の時間を「どう過ごしたいか」を考えることでもある。家族に過度な負担を強いることなく、苦痛をなるべく抑えて、自分らしく死を迎えたいと考える人は多いであろう。家族の有無にかかわらず、本人の希望に応じて、最後まで安心して自宅で過ごせる社会の実現が求められる。

人生の最期にどのような医療を望むか

死を前にしたとき、どのような医療を望むだろうか。

内閣府が65歳以上を対象に実施した『平成24年度 高齢者の健康に関する意識調査』によれば、自分が病気で治る見込みがない場合、「延命のみを目的とした医療は行わず、自然にまかせてほしい」と答えた人が91.0%にのぼった。

それに対して、「少しでも延命できるよう、あらゆる医療をしてほしい」と答えた人はわずか5.1%に過ぎなかった。人それぞれの価値観や意思は尊重されるべきであり、どちらが正解というわけではないが、自分自身の人生の最期については、延命を望まない人が圧倒的に多いことがわかる。

ところが、「自分」ではなく「家族」が病気で治る見込みがない場合には、「延命のみを目的とした医療は行わず、自然にまかせてほしい」と答えた人は73.7%に減少し、「少しでも延命できるよう、あらゆる医療をしてほしい」と答えた人は14.7%に増加した。

本人と家族、それぞれの立場の違いによって意見が分かれ、家族内で葛藤が生じることもある。

こうした状況は、双方に精神的な負担をもたらす可能性がある。

また、人生の最終段階に希望する医療として、痛みや苦痛を取り除く治療を優先することを望む人も少なくない。同財団の2023年調査では、「生命をなるべく長くする治療よりも、痛みや苦痛を取り除く治療を希望する」と回答した、いわゆる「緩和ケア」を望む人が63.4%と最も多かった。2018年調査では58.1%だったことから、緩和ケアを望む人は微増傾向にある。

年齢層別に見ると、年齢が上がるにつれて緩和ケアを希望する割合が増加し、20代では52.3%だったのに対し、70代では76.2%と、20ポイント以上の差が見られた。若い世代ではやり残したことや気がかりが多く、延命を望む人も一定数いるが、高齢になると死を現実的に捉え、苦しみたくないという思いが強くなるのかもしれない。

この問いに関して興味深いのは、「特に希望はない」「わからない」と答えた人が、回答者全体で約3割も見られた点である。延命治療より緩和ケアを望む人が多数派であることは確かだが、60代でも4人に1人は明確な希望を持っていないのである。

みずからの希望を示さず、他者に委ねるという選択もあるが、それも含め、人生の最終段階における医療の意向については、家族や医療者と事前に話し合っておくことが望ましいであろう。

#3に続く

文/坂口幸弘 写真/Shutterstock

人は生きてきたように死んでいく 「死の準備」してますか?

坂口 幸弘
「最期は自宅で過ごしたい」日本人の4人中3人がそう願う一方で、多くの人が“実現は難しい”と感じている理由
人は生きてきたように死んでいく 「死の準備」してますか?
2026/3/18990円(税込)240ページISBN: 978-4334109257死や死別は誰もが経験する。切な人とのつらい別れを経験した人も少なくないだろう。「多死社会」を迎えつつある日本で、どのように自分の死を迎えるか、大切な人の死に向き合うかの現実味は増しているが、迫りくる死や予期せぬ別れに直面して戸惑い、どのように向き合えばよいのか分からず途方に暮れることもある。
臨床死生学・悲嘆学を専門とする著者が死に関する研究データなどをもとに現代における死との向き合い方を考察。
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