4月、今年も多くの新社会人が誕生した。だがその一方で退職代行サービスには早速多くの依頼が殺到したという。
新人がお昼休憩から戻ってこないんです!
「すみません、今日入社した新人がお昼休憩から戻ってこないんです」
以前、私が人材派遣・紹介の法人営業を東京都内でしていた頃、とある企業の人事部長から嘆きながら聞いたこのエピソードを、今も鮮明に覚えている。
原因は、あまりに些細なミスだったそうだ。入社初日、空き時間ができたので少しでも仕事をやってもらおうと、入社1日目の新卒社員に資料の両面コピーを30部頼んだ。しかしその新卒社員は、間違えて片面コピーを30部刷り上げてしまった。
指示を出した先輩社員は「次は気をつけてね」と、ごくありふれた注意を口にする。この一言がきっかけなのか、その新入社員はお昼休憩に出たきり、二度とオフィスへ戻ることはなかった。文字通り「蒸発」したのである。
当時、入社初日から蒸発したエピソードは、4月を迎えるたびに様々な企業から聞いたものである。入社初日で辞めた、初日から無断遅刻した、母親同伴で出社してきた……。人事担当役員から人事担当者まで、愚痴に近いエピソードを話しながら、このような社員を出さないためにと相当頭を悩ませていたことをよく覚えている。
「コピーの注意」程度の些細な摩擦で、いとも簡単に辞めてしまう
2026年4月の入社シーズンも、複数の退職代行サービスで初日~数日での新卒社員からの依頼が殺到したという。こうした「入社すぐの離職」の問題は、今に限った問題ではなく、私が人事の現場に直面していた約10年前から存在していた。
当時は「ありえない非常識」といって嘆いていたエピソードが、現代は「退職代行」というインフラによってシステム化されている。
なぜ彼らは「コピーの注意」程度の些細な摩擦で、いとも簡単に辞めてしまうのか。まず要因として挙げられるのは、彼らの環境である。
第二新卒市場という「次の椅子」が常に用意され
新卒採用市場は少子化による超・売り手市場が続いている。つまり学生側には「いつでも辞められる」「たまたま入社した会社が良くないだけで、探せばもっと自分に合う良い会社があるはずだ」という期待感がある。
彼らには、初日で逃げ出しても問題ないと判断してしまう前提条件が整っているのだ。
さらに、かつての企業には終身雇用という名の「逃げ場のない檻」が存在していた。終身雇用制度という檻によって入社した社員が辞めづらく、我慢を強いて引き留めていた側面がある。
だが、退職代行という「脱出装置」が標準装備され、第二新卒市場という「次の椅子」が常に用意されている現代において、新卒社員には常に転職という選択肢が存在し続ける。
また、“入社初日に退職”という悲劇の原因は企業側にもある。
いまだに多くの企業では、経営陣から「今年は〇〇人採れ」というノルマを課された人事部が、最低限の「頭数」を揃えるための採用を続けている。
入社させること自体がゴールになると選考の目は曇り、学歴が良いから採用、素直そうだから採用、母集団の中で相対評価して採用……。求職者からの応募が少ない企業ほど、採用するポイントを探しに行く選考になりがちだ。
そもそも単なる企業側の採用ミス
さらに深刻なのは、現場のマネジメント層のアップデート不足だ。
アルー株式会社が2026年1月に発表した調査によれば、Z世代の部下を持つ現役課長の65.2%、つまり約6割以上が「育成方法に確信が持てない」と回答している。
彼らが何を考え、何を求めているのかわからない。「今どきの若者は……」というフレーズは昔からあるものの、Z世代特有の事情も重なり、構造的にZ世代への理解がしづらくなっている。
“入社初日で退職”事案は、冷静に考えると、そもそも単なる企業側の採用ミス(ミスマッチ)か、オンボーディングの失敗である。
どれほど新人の資質に問題があっても、その人物を「自社に合う」と判断し、内定を出したのは企業側だ。初日で破綻するようなミスマッチを引き起こしたのは「数を揃えればいい」と目を瞑った選考の甘さや、現代の若者の解像度が低いがゆえに起こしたミスマッチが原因である。
一方で、若者自身にも向き合うべき課題がある。コピーミスで辞めてしまうような人材はどこへ行っても「理想と現実」の摩擦に耐えられず、短期離職を繰り返すキャリアの迷宮(ラビリンス)に迷い込む可能性が高い。
現代の大学や高校は学生に「サービス」を提供する立場に変貌
20代のころはまだ良いが、ぶつ切れの経歴しか書けないまま年齢が上がるとどんどん選択肢が狭まっていく。摩擦に耐えにくい学生が生まれたのは、社会に出る前の学生生活環境の変化にその要因の一つがある。
現代の大学や高校は少子化加速による影響を大きく受け、学生を確保するために、学生に「サービス」を提供する立場に変貌を遂げている。学生は不満があればすぐに窓口や親へ言う。
特に高額な学費を払う彼らは、教育の現場において「磨かれる素材」ではなく、「尊重されるべきお客様」となる。
そんな彼らが社会に出た瞬間、立場は180度逆転する。社会人となって企業に勤めるということは、給料という対価をもらうために価値を提供する側へ立つことになるからだ。
突然真逆の要求をされるのだから、戸惑うのはある種当然である。
しかし学校の立場からすれば、生徒数さえ担保し、彼らが学費を滞りなく払ってくれれば、学生が卒業後どれだけ戸惑っても関係ない。これはZ世代より以前、少子化が加速し始めてから起きている現象だ。
親がエージェント化し職場に介入
そして親世代がバブル崩壊後の厳しい社会を生き抜いてきた氷河期世代になってからも大きな変化がある。
自らの経験上「子どもには変な会社につかまって苦労してほしくない」という防衛本能が強く、親がエージェント(代理人)化して子どもの職場にまで介入するケースが以前から珍しくなくなっている。
米国の心理学研究(Schiffrin et al., 2014など)では、過干渉な養育が子どもの「自己決定感」や「有能感」を阻害し、不安感や生活満足度の低下を招くことが示唆されている。親としては良かれと思ってやったことでも、介入し過ぎると子どもの自律性とレジリエンスが育たず、成長を阻害してしまう。
これらの社会的な影響に加えて、前述した退職代行というサービスの台頭によって、Z世代が社会人になった昨今になって、以前からある問題が明るみになってきた。
それは、大学が「お客様扱い」をしてくれる環境に慣れきった新入社員と、今の若者に適した教育法へとアップデートできていない現場の古い体質との、避けられない衝突のことである。
だが、この衝突を乗り越えるために、新卒社員が心得るべきことは意外とシンプルだ。
再び同じ失敗を繰り返す恐れも
例えば、先述のコピーのミスで注意された新入社員について。
コピーのミスを注意されたのは、彼がダメな人間だからではない。単に「コピー」という仕事の成果物に不備があるからであり、指摘すれば改善してくれるだろうという先輩社員からの期待があるからだ。
そもそもミスをするのは仕事の仕方に問題があるのであって、ミスをしない仕事の進め方を身につければ良いだけである。新人の立場であればミスをしないかどうかよりも、ミスをどう受け止めて改善するのかという姿勢のほうがはるかに重要だ。
先輩や職場環境に不満があるとしても、その仕事を選んだのはほかでもない自分だ。社会人とは、自分の選択に責任を持つことが求められる。仕事上の不満を解消するのも自分のご機嫌を取るのも自分にある。「教え方が悪い」「放置されている」と嘆く前に、どうすればその状況を脱することができるのか考える癖をつけたほうが合理的だ。
「他にもっと良い会社があるはず」という期待は、隣の芝生が青く見えているだけかもしれない。もちろん、明らかなブラック企業にあたってしまった可能性があればすぐに離脱すべきだが、ろくに分析せずに辞めてしまえば再び同じ失敗を繰り返す恐れもある。
2026年現在、第二新卒市場は活況ではあるものの、多くの企業が評価するのは「合わない環境でも何らかの成果を出した人」や「少なくとも自分の非を認めて修正できる人」だ。
しなやかさがない人材は、どの企業にも共通して敬遠される
ビジネスの世界において、ある程度の不遇には自分で対処できる自律性と心のしなやかさ(レジリエンス)がない人材は、どの企業にも共通して敬遠される。周囲が気を遣わなければならない分、組織にとってはコストの高い人材と評価されるからである。
新卒社員の入社直後の離職は、組織と個人の両方がアップデートを迫られている“炭鉱のカナリア”といえる。企業は「頭数確保」の採用から脱却し、Z世代の価値観を理解したリアルなオンボーディングを本気で構築する必要がある。
一方、新卒社員は少しの摩擦を成長の糧に変えるレジリエンスを養い、自分の選択に責任を持ち、小さな違和感を「改善提案」に変える力を身につける努力が求められる。その努力の積み重ねによって、どの企業でも通用し、自ら仕事を選択できる本当の強さにつながる。
かつて私が聞いた新入社員の「蒸発」エピソードは、今も私たちに静かに問いかけている—— 会社も人も、変わらなければ選ばれなくなる時代が、本格的に到来したのだと。
文/村上ゆかり 写真/shutterstock

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