政府はナフサが足りているというが、関連商品の物価は上がり続けている。なぜなのか。
「全然、安心できる状況ではない」
「まもなく、そんなに心配していただかなくてもいい情報をお伝えできると思っている」
高市首相が国会でそう語ったのは4月24日のことだ。5月21日には「年を越えて供給の継続は可能だ」とも宣言した。政府の言葉を信じれば、ナフサ問題はすでに出口が見えているらしい。
だが私は断言する。全然、安心できる状況ではない。
財務省の貿易統計(確速値)が示す4月のナフサ輸入単価は1キロリットルあたり約10万円超。ウクライナ危機で高騰した2022年のピーク約85,000円をも大幅に上回る、少なくとも過去15年で最高の水準だ。
「心配しなくていい」のに、なぜ値段は上がり続けるのか。政府が語らない数字を、順を追って示していく。
政府は何を根拠に「大丈夫」と言っているのか
5月21日に開かれた内閣官房の「中東情勢に伴う重要物資の安定的な供給確保のためのタスクフォース」第8回会合。経済産業省が提出した資料にこんな数字が並んでいる。
3月のシンナー国内出荷量は前年同月比116%、潤滑油は142%——いずれも前年を上回る水準だ。赤沢経済産業大臣はこの数字をもとに、川下の製品は前年以上に供給されていると繰り返し強調した。
だが同じ資料に、政府が一切触れなかった数字がある。3月のナフサ供給量は前年同月比マイナス25%。シンナーや潤滑油の大本となる原料が、4分の1も消えていた。
都合のいい川下の数字だけを前面に出し、都合の悪い川上の数字には意図的に触れなかった。ではなぜ、原料が減っているのに川下製品は増えていたのか。答えは「3月という時期」にある。
2月28日、商船三井・日本郵船・川崎汽船の海運大手3社がホルムズ海峡の航行停止を決定した。当たり前だが、すでに海の上にある船は止められない。
中東から日本までの航行日数は約20日。
封鎖前に積み出された船がまだ届いていた時期の話
一方、ナフサ不足の報道を受けて川下では何が起きていたか。シンナーや潤滑油の在庫が尽きることを恐れた流通事業者や需要家が、こぞって大量発注に走った。政府の資料自身が「供給不安を抱く流通事業者や需要家が大量注文した」と認めている。
封鎖前の在庫とパニック買いが重なって、3月の出荷量は膨らんだ。それが116%・142%という数字の正体だ。
ホルムズ封鎖の本当の影響が社会に出るのは、中東産の供給が途絶え始める4月以降だ。大臣が「前年以上に供給している」と胸を張った数字は、封鎖前に積み出された船がまだ届いていた時期の話だ。
全然安心できる状況ではないのは、財務省の貿易統計を見れば一目瞭然だ。4月のナフサ輸入量は前年同月比47%減。ほぼ半減した。ところが輸入金額は前年を上回った。
量が半分になったのに金額が増えた。統計をもとに試算した輸入単価は前年同月比で約64%増、1キロリットルあたり約10万円超。2022年のピーク約85,000円をも大幅に上回る過去最高水準だ。
ここまで高騰する、三つの理由
なぜここまで高騰するのか。理由は三つある。
一つは輸送コストの急増だ。喜望峰を迂回するルートは通常より30日以上長く、燃料費・チャーター料が跳ね上がる。
二つ目はスポット調達の割高さだ。長期契約が使えない分、割高なスポット市場で買わざるを得ない。
三つ目は需給のタイト化だ。中東産が消えた分、米国・アルジェリア・ペルーに買い手が集中し、売り手優位の市場になっている。
輸入単価が64%上がれば、当然ながらそのコストは川下へと向かう。包装フィルム、容器、塗料、接着剤——ナフサを原料とする製品は私たちの生活のあらゆる場所に潜んでいる。
しかし、消費者はもうコスト上昇を受け止める余裕がない。国民負担率は1970年度には24.3%だった。それが右肩上がりを続け、今や48%超。半世紀で倍になった。実質賃金は4年連続でマイナスだ。春闘で5%超の賃上げが続いても物価上昇に追いつかない。
財布の中身は増えているのに、買えるものは減り続けている。6月以降、食品・日用品の値上げが数百品目規模で押し寄せる。ナフサ由来製品のコスト転嫁が本格化する夏以降はさらに第二波、第三波が続く。家計はすでに限界点にある。
政府が否定したのは「量が足りない」という論点だけ
これでは価格転嫁できない中小企業から順に倒れていく。こうした状況に対して「自由経済における淘汰は仕方ない」という声が一部から上がる。
自由な競争の結果として企業が淘汰されるなら、それは市場の論理だ。しかし今起きていることはそうではない。
ホルムズ海峡封鎖という地政学的リスクへの外交的対応の失敗、そして国民負担率48%という過度の税負担が消費者の購買力を奪い続けた結果として企業が追い詰められているなら、それは市場の失敗ではなく政府の失敗だ。
責任の所在がまったく異なる。自由経済で淘汰されるのと、政治の失敗で潰されるのは、まったく別の話である。
政府が否定したのは「量が足りない」という論点だけだ。価格が上がっているという事実は、一度も否定されていない。なぜなら否定できないからだ。財務省の貿易統計という政府自身のデータが、単価64%上昇という現実を示している。
都合のいい数字を前面に出し、都合の悪い数字は語らない
これが高市政権の情報戦略の本質だ。都合のいい数字を前面に出し、都合の悪い数字は語らない。専門家やメディアを「デマ」と叩くことで批判の矛先を変え、価格という本質的な問題から国民の目を逸らす。
支持率を意識した政権運営にとって、「物価が上がり続けている」という事実を正面から認めることは、自らの対応の不手際を認めることに直結するからだ。
高市首相の「心配いただかなくていい」発言から1か月以上が経った。本当に心配しなくていい状況になったか。答えは、スーパーの売り場が出している。
6月、食品だけで559品目が値上がりする。カルビーのポテトチップス、明星の即席麺、味の素のスープ、キユーピーのドレッシング——毎日の食卓に並ぶものが軒並み値上がりする。帝国データバンクの調査では、値上げ要因として包装・資材費の高騰を挙げた企業が81.3%に達した。その包装資材の原料が、ナフサだ。
価格が上がったのは不安を煽ったメディアのせいでも、パニック買いをした消費者のせいでも、目詰まりを起こした流通業者のせいでもない。ナフサの輸入単価を64%上昇させた現実に対し、外交と内政で手を打てなかった政府の失敗だ。
それなのに政治家がやったことは、専門家の警告を「デマ」と叩き、報道を「事実誤認」と切り捨て、流通の「目詰まり」という言葉で現場に責任を押しつけることだった。
自らの失敗を直視せず、国民側に責任をなすりつけた
自らの失敗を直視せず、国民側に責任をなすりつけた。
高市政権が発足し、今まで力を注いできたことを振り返ってみよう。9条改憲に向けた憲法審査会の加速。GDP比2%を前倒し達成し、さらなる積み増しを狙う防衛費の増額。
そしてこの物価高国会中に大まじめに議論された「国旗損壊罪」。骨子案では「お子様ランチの旗は対象外」と明記され、Xのトレンド1位になった。笑えない。国民の食卓が値上がりし、中小企業が倒れていくその同じ時期に、国会のエネルギーはそこに注がれていた。
物価高への対応として立ち上げた「社会保障国民会議」が検討しているのは給付付き税額控除の給付のみ——またしてもバラマキだ。
消費税の減税も議論はしている。しかし実施は2027年4月。それは統一地方選挙が行われる時期だ。
全国の知事・議員が一斉に改選される4年に一度の大型選挙の直前に、国民が喜ぶ減税を実施する——これを選挙対策と呼ばずして何と呼ぶのか。物価高対策ですら選挙を優先する政権に、国民の生活を守る気があるとは到底思えない。
文/オオサワ・キヌヨ

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