あの川藤幸三がビジネス本を発売。と聞いて「?」マークが浮かぶのは正常な反応だ。

解説者として呼ばれてアナウンサーに話をふられても「黙って見とかんかい」と答えたあの川藤が?
技術的な問いかけをされても「今日の清原は目つきが違う」と気合いや根性を重視するあの川藤が?
一体何が書いてあるのか、考えれば考えるほどクエスチョンだ。

タイトル『代打人生論』が示すとおり、川藤幸三氏は1967年に阪神タイガースに入団以来、代打一筋で生き抜いた元プロ野球選手だ。現役19年間での通算安打数211本はイチローの年間安打数よりも下手をすれば少なく、入団以来一度もレギュラーを取れなかったのにファンには愛され続け、1985年の優勝時には監督、主砲・掛布に次いで3番目に胴上げをされたプレーヤーである。
だが、現役時代のイメージがあまりない30代半ばの私の場合、「川藤幸三」と聞いてまず思い出すのはモルツビールのCMだ。

ざこば「川藤ださんかーい!」
コーチ「川藤っ(出番だ)」
川 藤「ハイっ」
ざこば「ホンマに出してどないすんねんww」

実際、川藤の現役時代にはこんなやりとりが甲子園で聞こえていたという。愛されてるのに期待されない。
それが川藤幸三の「らしさ」なのは間違いない。だからこそ、今回のビジネス本出版のニュースを聞いたとき、

ざこば「川藤(本でも)ださんかーい!」
編集者「川藤っ(入稿だっ)」
川 藤「ハイっ」
ざこば「ホンマに(本)出してどないすんねんww」

といらぬ妄想をしてしまったのだが、いやいやどうして、読んでみると結構うなずけるところが多く、考えさせられる内容だった。

本書を読むまで知らなかったのだが、実は川藤氏、現在「建設会社の社長業」もこなしているらしい。元プロ野球選手としての実績、解説者&芸能人として歩んできた引退後の経験、そして社長業での視点。これらがミックスされた処世術は、川藤幸三の現役時代を知らない世代でも面白く読めること間違いなしだ。特に企業の組織論と野球のチーム作りを比較して歴代の名選手の中からチームづくりをする「第二章 チーム川藤」は、野球好きなら単純に楽しい。

例えば、1番バッターはチーム(企業)にとって数字も求められる切り込み隊長の「営業職」。だから世界の盗塁王・福本豊をチョイス。なぜイチローではダメかというと<営業職は数字だけじゃなく明るい雰囲気が必要や>と説く。確かに、国民栄誉賞を打診されて断ったという共通項がある二人だが、「まだ現役だから」と断ったイチローよりも、「そのへんでションベンできんようになるじゃないかい」と断った福本の方が間違いなく「陽」だ。
また、2番は送りバントを文句も言わずに実行する人間が望ましく、会社でいえば「総務」。送りバント世界記録の元巨人・川相なら<職場の蛍光灯の交換からちょっとコワイ、その筋の相手まできっちりやってくれそうや>と評したり(確かに蛍光灯を交換する姿が似合いそうw)、「8番キャッチャー矢野」の理由が<矢野はトレードでやってきて外様から懸命にのし上がった男や。
言うたら転職組や。こういう人材は人の痛みがわかる>
と“トレード”を“転職“と捉えているところが面白い。また、ピッチャーに関しては社内の部署に当てはめるのではなく、関連会社や外注先などのスペシャリストに見立て、<信頼できる外注先や関連会社は、そうそう替えがきかないと考えた方がいい>と記した部分には思わず、「この社長、意外とわかってるなぁ」と感心してしまった。この他の人選についてはぜひ本書で確かめて欲しいが、1番~9番までどの選手も間違いのない人選なうえ、このチームなら球場に行って見てみたい!とワクワクすること間違いなし、企業として見てもぜひ一度取引したいと思わせる個性的な面々が揃っていて興味深い。
この「チーム川藤」の章以外でも、上司とのコミュニケーションの取り方、組織の中で自分をどう表現するか、などの点について、自身の破天荒な野球人生のエピソードを元に全編“川藤口調”で書かれているのだが、その根底にあるのが「世の中のことになんでも“?”を持とう、考えよう」という姿勢だ。

<人間ちゅうのは誰しも「俺は悪くない」と考える。
当たり前や。でも、生き残るヤツ、上に行くヤツは絶対それでは終わらせていない。上が悪いとしたら「上の何が悪かったのか?」「上はどうすればよかったのか?」「その状況下で、自分にできることはなかったか?」「できるとしたら何があったか?」。クエスチョンクエスチョンクエスチョンや! それができる人間は、絶対にどの世界でも生き残れるで!>


とても冒頭の何も考えてないような解説者と同一人物とは思えない真面目な意見。だが、川藤氏自身が絶対的なレギュラーではなく、1軍と2軍を行ったり来たりするような選手だったからこそ持ちえた視点、とすれば十分納得できる。才能や肉体的能力でかなわないならば考えなければならない。
自分の長所と短所は何か、いつ・誰にアピールすべきか、譲れない部分はなにか。そうでなければいくらキャラクターが愛されていようとも、平均9年と言われるプロ野球の世界において、その倍以上の19年もの長きにわたり契約を勝ち取ることは不可能だったろう。

プロ野球に限らず全ての職業において、「働く」ということはその一人一人が「プレイヤー」にならなけばならない、ということだ。「先発」と「控え」くらいの役割の違いはあるかもしれないけれど、「1軍」とか「2軍」、ましてや「観客」という立場はない。だから辛いし、色々とめんどくさいことばかりだけれど、やりきった後にはやっぱり充実感もある。そのためには、自分には何ができるのか、どうアピールすればいいのかを考えることが時には仕事の「結果」よりも重要な場合がある。
私自身も含めてそこが苦手な社会人はたくさんいるだろう。そんな状況でこそ、いつも心に「代打、川藤」の精神が必要になってくると思うのだ。
川藤じゃないけれども、仕事がうまく回ってないとき、何かトラブルがあったときに期待を込めて「あいつを出さんかい!」と言われるような人間になりたいなぁ、と読み終えた今、しみじみ考えてしまった。
(オグマナオト)