私屋カヲル『こどものじかん』が13巻でついに完結しました。
センセーショナルな話題を振りまきつつ、一部の読者に熱狂的な人気を誇ったこの作品。

かわいいから、ロリだから。もちろんあります。それ以上に「教育物語として面白いから」というのもありました。
今回は元中学校教員(現ただのロリコン)のたまごまごが、私屋カヲルに作品と教育について話を伺いました。
※最終巻のネタバレを含みます。

●『こどものじかん』のリアル
───一巻の発売当時、「きわどい!」と話題になりましたね。


私屋:そんなに騒ぐほどのことじゃないんじゃないの?って思っていました(笑)。私が子供の頃はテレビとかの規制が緩い頃だったんですね。ドラマとかでおっぱいバーンと出てたりとか。りんちゃんが最初、パンツを脱いで青木先生を脅すシーンがありますが、あれはもう安達祐実の『家なき子』です。テレビでやってたじゃん?って。もしかしたら、私よりちょっと下の世代の反応なのかしらと思ってたんです。
テレビとかの規制がきて、それに慣れた世代の読者は驚いたかもしれません。

───全体的に教育ネタも、現実的にありうることだなあ、と感じたんですよ。

私屋:現実の事件からもネタをもらっていることがあります。
この連載を始めてから、取材のため複数の新任先生のTwitterやブログを見ていたんですが、当時、文科省に封書で自殺予告が届いて、未解決のまま終わった事件がありました。そのうちの一人の先生が、「どうも消印を見ると、ここの地区の子が自殺予告を出したらしい、この書体で文字を書く子がおたくの学校にいないか」と、文科省から連絡が来て照合したという話を、ブログに書いてらっしゃったんです。そういうのを見て面白い、生々しいなと漫画に入れました。


───青木先生の初任者研修の部分とかも、先生にならないと知らない部分だと思うんです。

私屋:忙しかったですか?

───いやあもう……ひぃひぃでした。だから私屋先生の身内に先生がいるに違いない!って。

私屋:もともとこの連載をする前から、教育ネタに興味があったんです。学校の教育現場の先生の実態とか、時代ごとの「荒れる学級崩壊」とか「モンスターペアレント」とか。新任教師の大変な毎日みたいなのをテレビや本で見ていましたね。

実際に漫画に書く段になってから調べました。匿名でブログをやってらっしゃる先生や、2ちゃんねるの「新任教師スレッド」なんかで先生同士のリアルな愚痴などですね。だから実際の学校や先生には取材はしていないんです。

●教育界ウォッチング
私屋:『コミックハイ!』の話をいただいた時、どうしよう、何をネタにしたらいいんだろうと悩みました。縦軸になるストーリー、テーマ性ですね。自分に描けるものは何かしらと考えていて、自分の中にある強い関心事は教育系の話だなと気がついたんです。
でも、同時に「いやこれは暗くて真面目な話すぎてムリだ」とも思いました。
でも、ネットを見ていると、マンガやアニメが好きな人達も、児童虐待や先生がクラスで子供をいじめていたとかのニュースに対してみんな熱く怒っているんですね。子供がかわいそうじゃないか!って。

───純粋ですね。

私屋:「こういう変な先生いたよね」とか「こういうきっついこと俺もあったわ」みたいな記憶が誰にもあって、だから教育について何か言いたい気持ちがある。そういう部分を漫画にしたら、暗くて真面目な話でも興味をもって読んでもらえるんじゃないかなっていうのはありましたね。


───「カリスマの子」をうまく導けば良いクラスができる、っていうのは、ぼく同じ事言われました。

私屋:先生の常套手段だそうですね。クラスの中で主導権を持っている子を先生の味方につける。みなさん学級運営のコツみたいにおっしゃってますよ。

───教育専門誌なども読んでましたか?

私屋:読みました。ただ、先生の仕事が忙しくて大変だという話がメインではなくて、そんな青木先生がりんちゃんたち児童とどう関わっていくかのドラマのための取材なので、リアル感が拾えればいいかなと……例えばそこで「新学習要項」の話を入れても、どんどん古びていくじゃないですか。あと自治体によっても先生のやり方も違うと思うので、はっきり東京都とかも入れてないです。君が代問題とか政治的な話入れても面白くないじゃないですか(笑)

───うーん、見たくない(笑)

私屋:それよりもりんちゃんと青木先生をイチャイチャさせたいです。

───私立中学校に行く子が北海道だとまずいないので、関東圏だなあと。

私屋:そうなんですか。今は割合が増えてきているみたいな話を聞いたので、地域によるとも思います。青木先生の双ツ橋小学校の学区が労働者階級の人が多いのかとか、もっと山の手なのかとか。

●キャラクターと年齢
───青木先生とりんちゃんの話は最初の時点から考えられていたんですか?

私屋:そうですね、ざっくり「最終的にハッピーエンド」と思っていましたが、どういうプロセスを経るかはわりとその都度考えていました。たとえば「黒ちゃん」「白ちゃん」が、大人と子供なのに親友になるっていう展開は、最初からそのつもりで対になる名前をつけたんでしょって言われるんですけど、偶然ですね。

───白井先生はいい立ち位置ですね。

私屋:小学生の三人と、青木先生と、それよりも先輩の白井先生がいて。そうすると昔子供だった人が大人になるにつれてどのように気持ちが変わっていくか、色んな年齢のキャラを出すことで、その時々の心情が同時進行で描けました。白井先生は一番年上なので、ある程度過去を俯瞰できるポジションで解説役になってくれました。

───自分は小矢島先生視点になってきました。

私屋:そっちですか(笑)。読み切りが載ったのが2004年。中学生で読み始めたという人が、終わる頃には社会人になってました。頂く感想を見ると、読んでいる人の気持ちも年齢とともに変化して、子供側から大人組に感情移入するようになったそうです。

●強いモノローグで語る少女
───ぼくは美々がすごいキャラだなと。「あなたにならレイプされたっていいのに」っていう発言とか。

私屋:ああー。レイジに対して、私が産んであげるとか。びっくりしますよね。美々ちゃんは本を読んでるからか、精神的にすごく早熟というか。頭がいいけれどもおとなしい人って、内面に口に出さない様々な思いを抱いていると思うんですが、何か解放されるきっかけがあるとばっと成長できるんじゃないかしら。
私自身が「こどものじかん」のキャラの中で誰が似てるかなと考えると、美々ちゃんか白井先生なんです。

───どちらも「いい子」ですよね。

私屋:この二人のモノローグを書く時は、自分の感情がかなり入っちゃって。
キャラクターになにか強いセリフを言わせる時に、キャラクター像がしっかりしている場合と、自分が出てしまう場合があると思うんですけど、自分に似ているキャラな程、どんなにドキッとするような突飛なセリフでも確信があるんですよ。
留守中勝手に本を捨てられたら、親に対して「死ね」って思うよね、って……。

───他のキャラは言わなさそうです。

私屋:私自身2歳上に兄がいるんですけど、母親が兄の方をかわいがってて、まさに美々ちゃん。
だから大人になってからも「子供の頃どういう大人がいてほしかったのか」とか、「もっとあの時こう言えばよかったな」みたいな思いがモンモンとあって、そのせいで教育関係に興味を持つようになったんです。
でもそれは全く仕事とは結びついていませんでした。
漫画の題材にしようかしらと思った時も、「いやいや! こんな暗い真面目な話、そのまま描いたらとても見てもらえないよ」と……だからこの三人のヒロインがいかにもな萌えキャラの姿をしているのは、暗い真面目な話をなんとかして中和させるためでした。

●かわいさは大事!
───3人のキャラクターデザインがすごく好きなんですよ。

私屋:昔読んだ、手塚治虫先生の漫画の描き方本に「キャラクターデザインのコツは、黒く塗りつぶしてシルエットだけにしても誰か分かる形にしなさい」とありました。だから特徴的で、ぱっと見「萌え漫画かしら?」って思われるような……いや騙すつもりはないんです、自分でも可愛いと思って描いていますから!(笑) ただそのころは知らなかったんですよ。「巨乳メガネは不人気の法則」。

───わはは(笑)

私屋:先に知ってたらメガネかけさせなかったかもしれないのに!(笑)。途中で「一番人気がないのは美々ちゃんです」って言われて…そうなると親心で、「いやいや、この子は可愛いんだよ、ほら!」って美々ちゃん推しのエピソードを入れるわけですよ。

編集:そ、そんな流れだったの? キャラクターの人気がある程度わかるようになったのはアニメになったときですよね。見た目で。

私屋:そうそう。アニメの時ってまだはやかったので、プロデューサーに「言いづらいですが、社内で一番人気がないのは美々です」みたいに言われて。「そうですかー、もっとかわいいんですけどねこの子!」みたいな感じで。

───人気がないわけじゃなくて、相対的にりんちゃんと黒ちゃんがかわいすぎるんですよね。

私屋:そうなんですよ……そのせいで美々ちゃんは後半どんどん面白キャラになっていったってのはありますね。でも、ある意味一番等身大の子供なのは美々だね、って言ってましたね。親に漫画捨てられて泣き寝入るとか。

●「黒ちゃん」と「白ちゃん」
───黒ちゃんと青木先生の関係が大好きなんです。ちょっと特殊じゃないですか?

私屋:あのふたりはケンカップル。なんだかんだイチャイチャしてますよね〜(笑)。
最終的に卒業式でガッ!と青木先生と抱き合ってますし、ああいう反抗的な子の方が実は、大人になった後も同窓会仕切ったりなんかするでしょう。黒ちゃんは「ヤンキー」なんです。
黒ちゃんは男子にも女子にも読者人気があります。

───白井先生と黒ちゃんの話も人気ありますよね。

私屋:美少女3人組が看板なので、年増の三十路処女のトラウマ話なんか描いても面白く読んでくれるか実験だったんですが、白井先生と黒ちゃんが仲良くなるエピソードはとても好評でした。

───最初は嫌われキャラだったんですか?

私屋:お局で嫌味で上から目線で青木先生をいじめる……でも言ってることは正しいよなこの人、というキャラですね。正しいから厳しいんだと思います。

───黒ちゃんは白井先生になぜ惚れたんでしょう?

私屋:黒ちゃんはうそ臭いのが嫌いなんです。
初期の青木先生みたいに笑顔で「みんな静かにー」なんていうのは嫌いなんですよ。お前が嫌われたくないだけだろ!ってのを見抜いちゃうんですね。
実際子供の頃にそういう事ありませんでした? この先生私には注意するけど、あの子には注意しないなとか。
「こんな頭のいい子供いないよ」という感想を見ることもありますが、思いを明確に言語化出来なかっただけで、自分が小学生だった頃も似たようなことは思っていました。

その2に続きます。
(たまごまご)