その1

※最終巻のネタバレを含みます。

●性は避けて通らない。

───りんちゃんのオナニーの話は、衝撃でした。

私屋:サービスシーンでもあるんですけど、特に子供の性の目覚めについての話は隠し立てしたくなくて……。というのも、昔、私が習った頃の保健体育の教科書に疑問がありまして。第二次性徴で女の子がだんだんおっぱいが大きくなって陰毛が生えて大人になり、そしていよいよさあ!とページをめくると……そこにはなぜか「胎児の成長図」があったんです。「その間はーー!?」って子供心に突っ込みました。

───セックスがないんですよね。


私屋:嘘くさい!って。だから自分が本を出す側になったとき、それを隠すのはナシだろうと思いました。

───自慰をする小学生の一般漫画ってまずないと思います。

私屋:それまでは単に先生をからかってやろうとしての「エッチしよう」だったのが、性の目覚めとともに意味が変わっていく、それは九重りんの成長を描くのに必要なプロセスでした。その部分を端折ってしまったら、そのあとの展開が唐突になります。
そして、もうひとつ自慰のエピソードを書く理由として「寂しい子はそういう行為にはまってしまうことがある」という現実もありました。


───一貫して、肯定をしていますよね。

私屋:性について「いけないこと」とは描いてない……描いたらだめでしょう。
白井先生や美々ちゃんが、女性らしい服装や興味を母親に抑圧されるエピソードがありますが、私自身、デートに出掛けようとすると必ず嫌味を言われるのがイヤでした。

●自分に性的魅力があることを理解する子どもたち
───最初の頃、読者の間で「やばい」って大騒ぎになるのを見て面白いなあと。

私屋:小学生の女の子が、自分に性的魅力、価値があるというのを自覚しているのが、大人にとっては認めたくない事なんだと思います。
でも、自分の子供時代を振り返れば、通学路に変態おじさんが現れたりして「自分たちをエロい目で見てる大人がおる!」ことはある程度わかっていましたよ。

もし当時ブルセラみたいのがあったら、うちらのぱんつ高く売れるよねー(笑)、みたいな会話を公園で遊びながら無邪気にしていたと思いますよ。

───美々ちゃんのブラをブルセラに売って、って話もマンガにありましたね。

私屋:今はネットもあるし、そういうものがあるって知るチャンスは多いでしょう。

───子供がピュアであってほしい願望は、作中の大人にもありますか。

私屋:青木先生は「子供はピュアでしょ?」って思っている人で、そうじゃないけれどもなにか?ってりんちゃんが迫ってくる。そうじゃないことを認めた上で、でも人間だからそうだよなぁと認めてあげることが、保健体育の教科書にセックスを書かなかった大人がしなかったことなんだと思います。


●みんな、麻痺してないか!?
───一方、青木先生は究極の童貞ではないかと。

私屋:りんちゃんは「こんな小学生いないよ」と言われますが、一番ファンタジーなキャラは青木先生じゃないかと私は思ってるんですよ。あんな良い人がなんで童貞?って感じじゃないですか。友達も多そうだし、合コンにも行ってますし。

───でもフラグクラッシャーですから……。

私屋:にぶすぎて気が付かないと、言いわけしてますが、まあお話のために彼は童貞のままでいて30を越えて、結局最後まで童貞なんです。


───りんちゃんが子供のままだったのにすごいびっくりしたんです。

私屋:だって成長してたらセックス出来ちゃうじゃないですか!
それまでの話でもりんちゃんが成長した想像図は何度も出てきてるので、その通りになってもつまらないし。青木先生には妖精になってもらいました。

───生理は来たけど、入らない、と。

私屋:最終回の後も、「もう、わたし16歳なのに〜!」と迫るりんちゃんに青木先生が「九重大好きだけど、だめだ……子供にしか見えん!」と真っ赤になって逃げる、ロリ女子高生と30男のラブコメが続いていくんだと想像すると、そっちのほうがいいなって。デートの度に職務質問されたり。
もちろん、成長してて欲しかったっていう感想もありますね。ゲームだったらマルチエンドに出来たんですが。

───面白いのが、読者の圧倒的多数が「よかったね!」って。

私屋:そうなんですよ……おかしいんですよ、みんな麻痺してるんですよ! 
最初はみんな青木に「ロリコン!」「小学生に赤面しててキモい」って言ってたのに、だんだん読者の反応が「これでりんちゃんと付き合わないとかありえない」「青木は責任をとるべき」みたいな話になって行くんですよ。気持ち悪いって言ってたのに!(笑)

───読者が作品とともに成長してきたのもあるんですかね?

私屋:そうですね。最終回の感想で意外だったのが、レイジが救われて「良かった」って言ってくれてる声が多かったことです。青木のライバルだからかレイジはずっと嫌われていて、アニメのプロデューサーにも「レイジは死ぬべき」と言われてました(笑)

───そんなにだめですか?!

私屋:だめだったんですよ。それが最後にレイジが救われてよかったってみなさんおっしゃってくださっているんで、安心しました。この話で最も救いが必要な人間はレイジだと思っていたので。

───あの依存感覚がレイジならではですね。

私屋:私としては、「この人」が悪いんじゃなくて、そうなる「原因」があるんだよーと。過去の呪いが解けないで苦しい、レイジ自身もわかっているのにどうにも出来ない、そういうキャラですよーって描いていたので、レイジ嫌いにはそれが伝わっていないのかと心配でした。最終的に通じてよかった。

●こどもを産んで育てる苦悩
───『こどものじかん』っていうタイトルが、レイジとか白井先生の、こどもだった大人の時間だと思ったんですが。

私屋:最初はそこまで考えていませんでした。でも「いいタイトルだ」と褒めてもらったりエピソードを積み重ねることで、とても考えてつけたみたいにはまってので良かったですね。
子供時代から大人になって、最後白井先生が子供産んで…最後あそこまで描きたいなと思ったのは、そういう家庭で育った女性は、よく「母親のように自分も娘に圧力をかけるような子育てをするんじゃないかと」いう悩みに陥るからなんです。

───よく感じられる話なんですか?

私屋:はい。最近は「毒親」なんて言葉ができたり、親が支配的だと子供が大変ってことを口にしていいんだって雰囲気になってきて、昔より認知度が上がったと思います。
ただ、取材で知ったことですが、とある毒親本のドラマ化の話があった時、テレビ局側から「母親が悪く描かれるのはテレビ的にだめ」と却下されたそうです。
やっぱり表立ってそういう話をするのは敬遠されるんでしょうかね。

●学校の先生ってナイーブだったらやってらんないでしょう?
───宝院先生は私屋先生の他のマンガの女性キャラに似ているなと思っていました。

私屋:そうなんですよ、明るくて。他のキャラの暗いエピソードの時も、宝院先生のおっぱいギャグで落としてくれるから。アニメの時も監督が「困ったときの宝院先生」って言ってました(笑)。
悩んでる時って、共感してくれる人だけじゃなくて「大丈夫、そんなのたいしたことないよ」っていってくれる人も必要じゃないですか。宝院先生や青木先生、小矢島先生もそういうサイドの人ですね。

───宝院先生はだいたい「なんてことない」って言いますね。

私屋:性善説を信じている、みたいな。そういうのを見ていて周りの人が感化されるんだと思うんですよ。悩んでる人って深刻になりがちだから、そこを青木先生が「なんでそんな悩んでるの?」って言ってくれる、そういう人って必要ですよね。真面目で明るくて空気読めてない感じが、神経質じゃなくてホッとするんじゃないかなと思います。

───ぼくは青木先生や宝院先生くらい図太い人が教員として残っていくと思うんです。

私屋:ナイーブじゃ学校の先生やってられないでしょう。「寝て起きたら元気」じゃないと。先生が悩んでると子供に伝染したりするし、それをしない青木先生は強いと思います。

●先生から見た『こどものじかん』
私屋:普段からチェックしていた先生のブログに、ある日「『こどものじかん』を読んだ」と。「一巻の一話で衝撃」「妙にリアル」って書いてありました。
一話では、青木の前の担任が先生なのに子供をいじめていたために九重りんに復讐されて休職していたのが明らかになるんですが、そのエピソードについて
「学年を組んでいる宝院先生は自分より年が若いから相談をしていないし、できない。なので他の先生が状況を知らないまま、次の青木先生に引き継ぎをしてしまうというのが、ありうる」と分析してくれていたので、現場から見てもトンチンカンなことを描いてないんだとホッとしました(笑)。

───ぼくもそうでしたが、教育関係者が読んでいるというのは面白いですね。

私屋:うーん、でも、怒られたらやだな(笑)。ホームページのアクセス解析を見てたら、◯◯県教育ネットワークみたいなアドレスからすごい見に来ている時期があったんです。
現職の先生から見たら、美々ちゃんの不登校も「こんなに簡単に解決するわけがない」と思うでしょうし。漫画としては娯楽性優先なので……。

───クラス分けの話にも絡んできますね。ホント大変……ちゃんとそこをマンガで描いているのがすごいなと。

私屋:クラス分けの舞台裏はネタとしてすごく面白かったです。
中1の頃、ちょっとクラスでいじめられてる女の子と仲が良かったんですが、三学期の終わりに先生がきて、「あなたあの子と同じクラスになりたい?」って聞いてくるんです。はい、って言ったら二年でも同じクラスになったので、ああクラス分けって抽選じゃないんだーって気がつきました。
(※実際のクラス分けは、ピアノを弾ける子、クラスのリーダー格、後は体育と勉強の成績を均等に振り分けてクラスごとの差がでないように調整する)

───先生の立場だと「抽選だよ」って言わざるを得なかったりしますね。

私屋:このへんはみんな意外に知らないし、教員ものとして面白い。だから中には、子供が出てこなくていいから、先生サイドの話がもっと見たいって人もいましたね。

●白井先生と、「青木(呼び捨て)」
───先生は誰が人気でしたか?

私屋:白井先生ですね。青木はなんというか、後半になっても「青木」って呼び捨てなんですよね。のび太みたいに「青木のくせに」って呼ばれて。

───みんな黒ちゃん感覚なんですかね。

私屋:そうかもしれない(笑)。最初の頼りない新任の頃を見ているせいかもしれないですけど……。
新任の先生って、大学出たばっかりの若造なんですよね。人生経験なんかろくに無いのに先生ヅラしなきゃならない。だから、黒ちゃんみたいに「言うこと聞きなさいとか言ってるけど、なんぼのもんじゃい」みたいな気持ちが子供の頃からありませんでした?

───ぼくはお兄ちゃんみたいで好きでしたね。

私屋:それは、いい先生ですね。世代的に体罰ってあった時期じゃないですか。連帯責任で全員ビンタみたいのありませんでした?

───ありました。修学旅行で女子のお風呂覗きに行って正座させられました。

私屋:それは正座させられますよ!(笑)
子供の頃の連帯責任で全員ビンタや、先生が不機嫌なだけで叱られた、みたいな納得行かない気持ちを今マンガで晴らしているのかもしれません。

その3に続きます。

(たまごまご)