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「火村英生の推理」原作のススメ。倒叙推理とは何か

2016年2月21日 09時50分 ライター情報:杉江松恋
「臨床犯罪学者 火村英生の推理」第5回の原作となったのは、有栖川有栖の〈作家アリス〉シリーズのうち、『怪しい店』に収録された「ショーウィンドウを砕く」だった。『怪しい店』は「お店」にまつわる話を5つ集めた短篇集で、この短篇は5編の3番目に位置する。執筆順では最後にあたる作品だが、有栖川は書きながらこの作品を真ん中に配置することを決めていたという。

「人の死なない作品が2本入るので、折り返し地点では絶対殺そうと(笑)。また、「店が出てきて人が死ぬ」というパターンが続くと、どんなに設定をひねっても結局同じ印象を読者に与えるような気がして、倒叙にすればちょっと感じが変わるかな、思いました。ここで気分をリセットして後半に入ってもらおうということですね」(「ダ・ヴィンチ」インタビューより)

このように有栖川の短篇集では、作品の並び順にも趣向が凝らされていることが多い。巻末の作品初出一覧を見ながら、この作品はどういう意図でこの場所に置かれたのか、などと想像を巡らしてみるのも楽しみ方の1つだ。
「倒叙」という用語が出てきた『スイス時計の謎』著者あとがきには「『ブラジル蝶の謎』以降、国名シリーズの短篇集にはいつも一本だけ目先を変えて倒叙ものを入れることにしている」との記述がある。アリスではなく、犯人が語り手を務める物語形式ということだ。

倒れて元に戻って


最後に謎が解かれるミステリーは、逆立ちした小説といってもいい。謎解きのためには結果から原因を追究しなければならず、しばしば時間軸も遡ることになるからだ。つまり現実とは転倒した形で叙述が行われるわけである。ここにフィクションとしての妙味がある。一般小説でもしばしばミステリーの形式を借りたプロットが援用されるのもそのためだろう。
そのミステリーの中に「倒叙」と呼ばれるサブジャンルがある。謎を解き明かす探偵ではなくて、犯行計画を実行する犯人の側から物語を叙述するので「転倒」しているわけである。しかしジャンルを限定せずに見れば「犯行計画(原因)」から「犯罪(結果)」の順で綴られる小説のほうが一般的なのである。それが「倒れた叙述」と表現されるのがミステリーならではの特徴だ。

倒叙形式は近代的なミステリーが誕生した比較的早期から存在していたが、これを有効に活用した作家にイギリスのフリーマン・ウィルス・クロフツがいる。クロフツのいくつかの長篇では2部構成がとられ、第1部は犯人の側から犯行計画が綴られる倒叙形式、第2部は探偵の側からその犯行計画が暴かれていくさまが描かれる。

ライター情報

杉江松恋

1968年生まれ。小説書評と東方Projectに命を賭けるフリーライター。あちこちに連載しています。

URL:Twitter:@from41tohomania

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