なぜトヨタは、世界販売台数で6年連続首位になれたのか。政治学者で、群馬県立女子大学非常勤講師の伊藤隆太さんは「中国EVは値下げ競争で利益を削り、EVへ急旋回した欧州勢も巨額の費用計上を迫られている。
一方、トヨタはかつて『EVに出遅れた』と批判を浴びながら、内燃機関を手放さなかった。豊田章男氏が5年前に語った『敵は炭素であり、内燃機関ではない』という警告は、いまの自動車市場の現実を正確に言い当てている」という――。
■新車の4台に1台がEVになったのに
2026年、世界の電気自動車(EV)市場では、「何台売れたか」だけでなく、「売って儲かるのか」「作り続けられるのか」が前面に出た。
中国では新エネルギー車(NEV)が巨大市場に育つ一方、値下げ競争が収益を削る。欧州勢は電動化投資と中国市場の変化に挟まれ、巨額費用の計上を迫られた。トヨタは2025年の世界販売で6年連続首位を維持した。なぜ「EVに出遅れた」と揶揄されたトヨタが、いま最も現実的な戦略を持っていたように見えるのか。
崩れ始めたのは、EVそのものではなく、「EVだけで勝てる」という楽観である。答えは、豊田章男氏が語ってきた「敵は炭素であり、内燃機関ではない」という一言にある。
2026年5月20日に公表された国際エネルギー機関(IEA)の「Global EV Outlook 2026」によれば、IEAの集計対象はバッテリー式電気自動車(BEV)とプラグインハイブリッド車(PHEV)である。
その世界販売は2025年に2000万台を超え、新車の4台に1台へ達した。需要は引き続き伸びている。
ただし、成長の質は変わった。価格、航続距離、充電時間、寒冷地性能、下取り価格、補助金の有無が、理念よりも重くなった。初期導入層が一巡すれば、購入者は環境意識に加え、月々の支払い、通勤距離、駐車場の有無で選ぶ。
欧州にも変化は表れている。2026年1月27日に公表された欧州自動車工業会(ACEA)の統計によれば、2025年の欧州連合(EU)新車市場でBEVのシェアは17.4%だった。一方、ハイブリッド車(HEV)は34.5%で、最も選ばれた動力源となった。
■「6年連続の世界首位」になったトヨタ
熱狂が選別へ変わる局面で、強さを見せたのがトヨタだった。トヨタ自動車が2026年1月29日に公表した生産・販売・輸出実績は、集計にダイハツ工業と日野自動車を含むと明記している。
1月29日に配信されたロイターの記事によれば、同グループの2025年世界販売は1130万台規模で、6年連続の世界首位だった。同日に配信されたブルームバーグの記事も、グループ販売がフォルクスワーゲン(VW)を上回ったと報じた。なお、この数字(正確には1132万2575台)はグループ販売であり、トヨタ単体の1053万6807台とは分けて読む必要がある。
数字の意味は規模の大きさにとどまらない。
前出のロイター記事によれば、2025年のトヨタ・レクサス販売に占めるガソリンハイブリッド車は42%、BEVは1.9%だった。BEV比率が小さいまま販売を伸ばしたのは、地域ごとの需要に合わせてHEV、PHEV、BEVを配分する余地を残したためだ。市場が一枚岩でないほど、技術の品ぞろえは守りの保険から、攻めの武器へ変わる。
■EVは“唯一の正解”ではない
この流れを読み解く鍵が、豊田章男氏の発言である。
2021年9月9日に公表された日本自動車工業会(JAMA)の会見資料で、当時会長だった豊田氏は「敵は炭素であり、内燃機関ではありません」と述べた。脱炭素という目的と、動力源という手段を取り違えるな――その警告だった。
当時は、ガソリン車を早く禁止し、BEVへ一直線に移ることが先進的だとみなされた。トヨタは「EVに出遅れた」と批判された。だが、豊田氏が見ていたのは車両の後ろにある電力、雇用、部品産業、地域差だった。
石炭火力比率の高い国でBEVを走らせる場合と、再生可能エネルギー比率の高い国で走らせる場合では、削減できる二酸化炭素(CO2)の量が変わる。電池製造時の排出、発電時の排出、使われる地域のインフラまで見てこそ、脱炭素の効果を測れる。
これはEV終焉論ではない。
豊田氏が問題にしたのはEVそのものより、EVだけを唯一の正解とする空気だった。守ろうとしたのはエンジンそのものではなく、脱炭素へ向かう「選択肢」である。問われるのは、炭素をどれだけ出すかだ。当時は異端に見えた言葉が、いまでは自動車産業の現実を説明している。
■なぜ「EV1本足」は危ういのか
2024年1月23日に公開されたトヨタイムズの記事では、豊田氏が「一つの選択肢じゃダメ」と語り、BEVの市場シェアについて「どれだけ進んでも30%」との見方を示したことが紹介されている。さらに、3年間ひとりで言い続け、相当叩かれたという趣旨の発言もあった。
この発言を「EVは終わる」と読むと、論旨を誤る。トヨタ自身もBEVを開発している。2025年3月12日に公表されたトヨタ欧州の資料は、欧州でBEV投入を広げる一方、顧客や地域に応じて複数の低排出技術を出す「マルチパスウェイ」を掲げている。
一本足戦略の盲点は、世界市場のばらつきにある。都市部で自宅充電ができ、電力が安く、所得が高い消費者にはBEVが合う。充電網が薄く、長距離移動が多く、電力料金が不安定な地域では、HEVやPHEVのほうが現実的な場合もある。
政策が単一の解を押し出しても、現場の需要は単一化しにくい。
ここに、トヨタの複線戦略が入り込む余地があった。
■中国EVは「売れても儲からない」状態に
「EVバブル崩壊」という言葉が映しているのは、過剰な成長期待と、採算を後回しにした競争が、利益という現実に突き当たった姿である。2026年6月26日に公開された日本貿易振興機構(ジェトロ)の分析によれば、中国の2025年自動車販売は3440万台、NEVは1649万台で、販売比率は47.9%に達した。
中国のNEVにはBEVのほか、PHEVや燃料電池車(FCEV)も含まれる。巨大市場であることは間違いない。
前出のIEAも、中国では2025年に1300万台超の電気自動車が売れ、世界販売の6割を占めたとする一方、伸び率は20%未満へ鈍化したと指摘している。さらにジェトロの分析は、中国乗用車市場信息聯席会(CPCA)の月次報告を基に、NEV乗用車の平均販売価格が2023年1月の17.87万元から2025年11月には10.70万元へ下がったことを示している。
中国の自動車製造企業の利益率も2025年は4.1%と、一定規模以上の工業企業全体の平均5.3%を下回った。値下げは消費者にとって朗報だが、メーカーには研究開発費と工場稼働率を同時に守る消耗戦になる。
その圧力は比亜迪(BYD)にも及んだ。BYDの2025年純利益は前年比19%減の326億元で、4年ぶりの減益となった。

王伝福会長はNEV業界の競争が「残酷なノックアウト段階」に入ったとの趣旨を述べた。中国EVの強さは本物である。だが、その強さを生んだ政策主導の急拡大が、今度は利益を削る刃にもなっている。
■欧州車は「時代遅れ」だと思われている
欧州勢の苦戦も、EV化そのものの失敗として片付けると見誤る。問題は、EVへの急旋回と市場現実のズレである。
ステランティス(Stellantis)は、2026年2月6日に公表した資料で、2025年下期に約222億ユーロの費用を計上すると発表した。株価は一時30%急落した。
同社は電動化を続ける姿勢も示した。公式発表では、BEV、ハイブリッド、先進的な内燃機関を含む選択の自由を事業計画の中心に置くと説明している。痛手の本質は、EVに取り組むかどうかより、「どの速度で、どの地域に、どの価格帯で投入するか」の読み違いにある。
中国市場では、その読み違いがさらに厳しく映る4月21日に配信されたロイターの記事は、独フォルクスワーゲン(VW)、BMWメルセデス・ベンツが、若い中国消費者から「親世代のブランド」と見られるようになったとの声を紹介した。現地メーカーは価格だけでなく、車載基本ソフト(OS)、先進運転支援システム(ADAS)、スマートコックピットの開発速度でも攻めている。

2026年1~2月の中国乗用車小売シェアではVWが首位に戻り、トヨタ合弁も3位に上がり、BYDは4位となった。ただし、前出のジェトロが示すCPCA統計では、BYDは2025年のNEV乗用車販売でなお首位である。
「BYD4位」は、2026年初の全体市場における短期の順位変動として読む必要がある。
■トヨタが捨てなかった「ハイブリッド」という答え
トヨタの本当の強さは、BEV投入を急がなかったことより、HEVを磨き続けたことにある。ガソリン車からBEVへ向かう途中の巨大な需要を、同社はこの中間解で取り込んだ。
HEVは充電設備を待たずに燃費を改善でき、既存の給油インフラを使える。長距離移動や寒冷地でも心理的な不安が小さい。車両価格もBEVより抑えやすい。消費者が環境性能と家計を同時に見る局面では、この「中間解」が強い。
新興国や地方市場では、HEVの現実味がさらに大きい。販売店、整備工場、給油所という既存インフラを使いながら、燃費を改善できるからだ。商用車や地方の通勤車は、車を止めて充電する時間が収入や生活に直結する。環境性能を上げながら運用を変えずに済むことは、スペック表以上の価値を持つ。
さらにHEVは、エンジン、モーター、電池、制御ソフトを組み合わせるため、既存の部品産業と電動化投資を橋渡しできる。雇用と技術を急に断ち切らず、燃費改善という成果をすぐ出せる点も大きい。
トヨタの優位にも課題は残る。BEVの世界首位は中国勢やテスラの領域で、トヨタは追う立場にある。中国勢はソフトウェア、ADAS、電池、価格競争力で存在感を高めている。米国、欧州、中国の規制が急変すれば、HEVの優位が揺らぐ可能性もある。今回見えているのは、トヨタの完全勝利というより、複線戦略が少なくとも現時点では合理的だったという事実である。
■EV一辺倒は地政学リスクに弱い
自動車産業の競争軸は、燃費や価格に加え、電池、鉱物、半導体、電力網をどれだけ安定して押さえられるかへ広がった。経済安全保障の観点から見ると、EV一辺倒の危うさはここにある。BEVは電池を必要とし、電池はリチウム、ニッケル、コバルト、黒鉛、レアアースなどの供給網に依存する。
2025年5月21日に公表されたIEAの「Global Critical Minerals Outlook 2025」によれば、2024年のリチウム需要は前年比で約3割増え、ニッケル、コバルト、黒鉛、レアアースの需要も伸びた。特定国に鉱物の精製、電池材料、部品供給が集中すれば、自動車産業そのものが地政学リスクを抱える。
電池供給網は採掘だけで完結しない。精製、正極材、負極材、セル製造、リサイクル、輸送、品質管理まで多くの工程が重なる。どこか一つが詰まれば、完成車の生産計画は揺らぐ。
これからの自動車産業で問われるのは、最先端の一技術に賭ける勇気だけでなく、危機のときにも動ける選択肢を持つ慎重さである。電池、半導体、ソフトウェア、電力網、充電網、重要鉱物を押さえる力が競争力になるからだ。
電力料金の高騰、輸出規制、関税、紛争、制裁が起きれば、企業の優劣は技術力だけで決まらない。ここでHEVやPHEV、FCEV、内燃機関、合成燃料を残す意味が出てくる。
■「エンジン車の逆襲」の“本当の意味”
さらに、自動車は単なる完成品にとどまらない。エンジン部品、変速機、電子制御、素材、工作機械、物流まで、地方の中堅・中小企業を含む広い供給網の集合体である。
単一の動力源へ急に寄せれば、競争力を持つ部品や人材が一気に陳腐化するリスクもある。脱炭素を進めながら産業基盤を残すには、技術の切り替えを市場の速度に合わせる余地が要る。
複数の技術を持つことは、変化への備えである。資源価格が上がればHEVを厚くし、充電網が整う地域ではBEVを伸ばし、水素や合成燃料が使える領域では内燃機関の低炭素化を試す。こうした自由度は、地政学リスクが高い局面ほど効いてくる。
選択肢を残すことは、企業戦略であると同時に、産業政策上の安全弁でもある。日本では自動車の輸出、雇用、地域部品企業が広く結びつく。だからこそ、脱炭素の速度と産業の持続性を両立させる設計が要る。
いま起きている「エンジン車の逆襲」は、過去への回帰より、BEV、HEV、PHEV、FCEV、内燃機関を地域や用途に応じて組み合わせる現実解の再評価に近い。トヨタの勝因は、EVの否定より、複数の脱炭素経路を残した戦略的優位にある。強い戦略は、未来を一つに決め打ちするより、複数の仮説に耐える形で技術を残すことから生まれる。
■「EV一本賭け」では足元をすくわれる
中国EV市場は、なお巨大で技術的にも強い。欧州勢も規制対応と高級車づくりの蓄積を持つ。トヨタもBEVとソフトウェアでは課題を抱える。だが、2026年の市場が示したのは、単線の未来予測に企業の命運を預ける危うさだった。
EV一本に賭けた企業は、補助金、電池価格、消費者の所得、充電網、規制変更に大きく揺さぶられる。一方、複数の技術を持つ企業は、地域ごとの需要に合わせて重心を動かせる。これは自動車産業における分散投資であり、経済安全保障上の保険でもある。
補助金や規制は市場を立ち上げる力を持つが、技術を一つに絞りすぎると、需要の変化や資源価格の変動に弱くなる。脱炭素を急ぐほど、電源構成、送配電網、充電設備、整備人材、リサイクル体制を同時に整える必要がある。動力源の選択肢を残すことは、移行を遅らせる口実ではなく、途中で失速させないための設計である。
豊田章男氏の「敵は炭素であり、内燃機関ではない」という言葉は、EVブームへの単なる反発を超え、産業戦略の原点を問い直す言葉だった。脱炭素は目的であり、BEVは重要な手段の一つである。手段を目的化した瞬間、企業も政策も、市場という現実に足をすくわれる。
「エンジン車の逆襲」とは過去への逆戻りではない。脱炭素を絵空事で終わらせないために、現実を直視する技術が、いま巻き返しているのである。

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伊藤 隆太(いとう・りゅうた)

政治学者

DiploSight / NovaPillar Advisory LLC, Strategic Consultant.博士(法学)。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。同大学大学院法学研究科後期博士課程修了。慶應義塾大学・広島大学助教、日本国際問題研究所研究員等を経て今に至る。Co-Chairs of the IPSA Research Committees (RC12)、APSA Committee of Best International Security Article等を歴任。単著論文はInternational Affairs誌に‘Hybrid Balancing as Classical Realist Statecraft’ (2022)、‘Hubris Balancing’ (2023)、International Relations誌に‘A Neoclassical Realist Model of Overconfidence and the Japan–Soviet Neutrality Pact in 1941’ (2023)、‘Outrage Balancing’ (2026)、単著研究書は『進化政治学と国際政治理論』(芙蓉書房出版、2020)、『進化政治学と戦争』(芙蓉書房出版、2021)、『進化政治学と平和』(芙蓉書房出版、2022)、編著研究書に『インド太平洋をめぐる国際関係』(芙蓉書房出版、2024)等がある。

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(政治学者 伊藤 隆太)
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