◆報知プレミアムボクシング 後楽園ホールのヒーローたち 第36回 岩田翔吉

 WBC世界ライトフライ級チャンピオンの岩田翔吉(30)=帝拳=は昨年1月、母校の立教小学校で講演を行った。冒頭のあいさつ。

 「自分は人前でスピーチするほど立派な人間ではありません。小学生時代は問題ばかり起こしていましたので…」

 笑いを誘い後輩たちの心を一気につかんだのだが、自身の小学校時代は、その言葉通りやんちゃだった。「小さい頃から格闘技が大好きで、そこにしか興味がなかった。小学校ではおとなしい子が多いのか、格闘技に興味を持っている子がいなくて、クラスメートとはまったく話が合わなかった。休み時間になると、みんな野球やサッカーをしますが、自分は戦いごっこをやりたかった。6年間、いや中学を含め9年間浮き続けていました」と苦笑いしながら振り返った。

 体は小柄だった。背の順では常に一番前。上級生に「ちび、ちび」とからかわれると、頭に血がのぼりスイッチが入った。「先輩とはいえ、ぶっとばした。手が出てしまうので、親が学校に呼び出されていた。それが頻繁にあった」と、まさに闘争本能丸出しの「狂犬」だった。

その頃、テレビで見た総合格闘家の山本KID徳郁に心を奪われた。「体が小さいのに強い。自分の中のウルトラマンであり、仮面ライダーだった」と、父に頼み9歳で山本KIDのジムに入門した。

 キックボクシングでスタートを切り、中学2年でボクシングに転向すると、U―15大会で2連覇する。ただ、学校はつまらなかった。「勉強が大変で、それよりも好きなボクシングがしたかった」。ボクシングに心底のめり込む岩田だったが、格闘技とは無縁の家庭環境だった。父が観戦を趣味にしていたことから、一緒に見るうちに好きになっただけ。母は教育熱心で、岩田は幼稚園から受験して都内の名門に通い、立教小、中学へと進んでいた。

 「高校は立教ではなく、ボクシングに集中できる学校へと、自分では決めていた。でも、なかなか言い出せなかった。言えば母に反対され、怒られるのは分かっていた」

 案の定、母は反対した。

岩田は考えた。とりあえず、説得するしかない。母に面と向かい、こう言った。

 「大学は今の学校より偏差値の高いところに行けばいいんでしょ」

 その言葉を信じた母は、息子の希望をかなえボクシングの強豪校へ行くことを許してくれた。しかし、だ。立教より偏差値の高い大学に受かる保証などどこにもない。ましてや本人はまったく学歴に興味がないのだ。漠然と「ならば早大」と頭に描いていただけで、高校を中退してどん底に落ちながら紆余(うよ)曲折を経て、本当に早大に合格してしまうのだから、実力に加え強運の持ち主なのだろう。

 プロでは恵まれた環境でデビューした。米カリフォルニア州カーソンで初戦を行い、4回KO勝ち。パンチは強かった。48・9キロ以下のライトフライ級という軽量級ながら一撃で相手を倒すパワーがあった。

2021年11月、6戦全勝で迎えた日本同級王座決定戦。相手のパンチが目に当たり、左目が見えなくなる。ガードを固めて歩きながら前に出て殴り合う戦法に切り替えると、9回TKO勝ちした。岩田は思った。「こんなに簡単に相手を倒せるなら、これでいいじゃん」。初防衛戦も動き回らずに殴り合いを仕掛け、初回TKO勝ち。そして自信満々で挑んだ世界初挑戦(22年11月)。WBO王者のジョナサン・ゴンサレス(プエルトリコ)に挑むが、足を使い動き回る王者を追い切れず判定負け。殴り合いには持ち込めなかった。「世界チャンピオンって、別世界の存在のように思えた。それだけ違いを感じた」

 初挑戦から2年後にWBO王座を手にするが、初防衛戦では再び悪夢が繰り返された。レネ・サンティアゴ(プエルトリコ)に判定負けするのだが、それはゴンサレス戦を再現するかのようなシーンの連続。

「パンチを当てるためには、どうしなければいけないのか。それまでは自分の直感と当て勘だけでやっていた。(試合の)組み立てとかも考えたことがなかった」と一時は引退を決めたほど落ち込んだ。動かないボクシングから、動くボクシングへ。高校時代はアウトボクシングを武器にインターハイを制覇。プロでは楽な倒し方を覚えたが、世界では通用しない現実を知る。動いてパンチを出し、弱らせ、フィニッシュへと持ち込む。世界戦での痛恨の2敗を無駄にはしていない。追い求めるスタイルに近づいてはいるが、まだまだ完成には遠いという。

 「21年間格闘技をやっているが、今が一番楽しい。もっともっと強くなれると思う。今は10段階の6ぐらい。

ピークは35歳かな」と自分自身に期待した。(近藤 英一=敬称略、おわり)

 ◇岩田 翔吉(いわた・しょうきち) 1996年2月2日、東京都渋谷区生まれ。9歳からキックボクシングを始め、中学2年からはボクシングに専念。U―15全国大会を2連覇。日出高(現目黒日大高)3年でインターハイ優勝。アマ戦績は59勝(16KO・RSC)12敗。2018年12月に米国でプロデビュー。24年10月にWBO世界ライトフライ級、26年3月にWBC世界同級王座を獲得(1度目の防衛に成功中)。プロ戦績は17勝(14KO)2敗。身長163センチの右ボクサーファイター。家族は妻との間に1男。 

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