日本の代表的な豪華車両はどれかというと、その名の通り“豪華寝台列車”と呼ばれるJR九州の「ななつ星in九州」、JR東日本の「トランスイート四季島」、JR西日本の「トワイライトエクスプレス瑞風」が当てはまりそうです。では定期列車ならば、どれでしょうか。
定期列車の“代表的な豪華車両”と言えるのが、2013年に登場した近畿日本鉄道の50000系電車「しまかぜ」でしょう。2016年には先進7カ国(G7)首脳会議開催地となった賢島(三重県志摩市)と大阪難波・京都・近鉄名古屋をそれぞれ結ぶ特急に運用され、一部日程を除いてそれぞれ1日1往復しています。伊勢神宮をはじめ伊勢志摩地域の名所を訪れる観光客らを運んでいます。
登場から14年目の今も、乗車1か月前の予約販売開始から早々に売り切れていく人気列車に、筆者(大塚圭一郎:共同通信社経済部次長)は2026年7月に息子と乗り込みました。予約したのは賢島15時40分発近鉄名古屋17時44分着の列車で、存じ上げている元近鉄社員の福原稔浩さんの新著『近鉄学 元近鉄名物広報マンが解き明かす、日本最大私鉄の強さの秘密』(ワニブックス刊)を携行しました。すると、「しまかぜ」のさらにスゴいところが見えてきました。
志摩に吹く風のさわやかさをイメージして命名された「しまかぜ」は、伊勢神宮の式年遷宮に合わせて大阪難波・近鉄名古屋―賢島間で2013年3月に運行を始めました。当初は2編成、計12両が導入され、車両建造費は1編成約18億5000万円に上りました。
その後追加された3編成目も約14億5000万円が投じられ、2014年10月からは京都―賢島でも運転されるようになりました。
近鉄は「しまかぜ」を「当社沿線の最重要観光拠点である伊勢志摩地域の活性化を推進する切り札として、今までにない『鉄道の旅』をご提供し、乗ること自体が楽しみとなる次世代新型観光特急」だと説明しています。『近鉄学』では「車両デザイン、座席配置、車内動線、眺望、静粛性。長時間乗っても疲れないことを前提に、すべてがゼロベースで見直され、徹底的に作り込まれました」と解説しています。
「しまかぜ」を定期列車の代表的な豪華車両たらしめているのは、新幹線の最上級クラス「グランクラス」に相当する電動の座席「プレミアムシート」と、グループ用の個室と半個室しかないという点にあります。すなわち、“最上級”と受け止められる空間しか用意されていません。
眺望が優れたハイデッカー構造になった両方の先頭車の1号車と6号車、中間車の2号車と5号車の計4両に「プレミアムシート」を備えており、筆者も予約しました。通路を挟んで1列と2列の3列だけ配置した本革座席は、いったん腰かけると起き上がれなくなる“人をダメにするいす”です。居住性が大変優れており、車窓にひきつけられることも相まって、動きたくなくなります。
座席の前後間隔(シートピッチ)は125cmと、新幹線やJR在来線特急の116cmよりも余裕があります。座席の内側にある操作盤のボタンの操作により、背もたれをある程度の角度まで倒し、まくらの高さを手動で合わせ、ふくらはぎを支える電動レッグレストを上げると、航空機の国際線ビジネスクラスを上回るほどの座り心地を味わえます。
効果的なのは鉄道車両に初めて設けた腰部のエアクッションで、操作盤の「出る」「もどる」のボタンで空気を膨らませたり、戻したりすることができます。前の座席の背面に収納されたテーブルを出し、座席の足元にある電源コンセントを使えばパソコンでのデスクワークも可能ですが、座り心地の良さで骨抜きにされて仕事をする意欲はわきませんでした。
このいすに腰かけた場合、ぜひ試すといいのが腰部のエアクッションを動かすリラクゼーション機能です。操作盤の「リズム」と記されたボタンを押すと、腰部の空気を出し入れして気分を落ち着かせてくれます。多彩な機能を持つマッサージチェアには及ばないものの、電車内のいすとしては抜きん出た“雲上人気分”を味わえます。
また、4号車はグループ用の車両となっています。入口で靴を脱ぎ、掘りごたつ風の部屋でくつろげる「和風個室」、机を囲んでリビングのようにゆったりとした空間にした「洋風個室」はともに3~4人用です。大型テーブルを挟んで座席を設けた4~6人用の半個室「サロン席」もあります。
最短6分以内で売り切れる!? カフェ車両の人気メニューあまりにも快適な“人をダメにするいす”の沼にはまった筆者にとって、それでも「外せない」目的地となったのが3号車の2階建てになったカフェ車両です。2階席が13席、1階席が6席あります。伊勢神宮への参拝客が帰路に乗り込む宇治山田(伊勢市)の到着前に足を運んだものの、既に行列ができていました。
窓に向かってカウンター沿いに座るのは観光列車などでも多く見られます。しかしながら、スタッフの接客や充実したメニューを眺めていると、列車よりも高級ホテルのロビーにある喫茶室をほうふつとさせることに気づきました。
その見方を裏付けてくれたのが、『近鉄学』にある次のような記述です。「車内サービスやおもてなしについては、近鉄都ホテル(筆者注:社名は近鉄・都ホテルズ)のスタッフが指導に入り、ホテルで培われてきたホスピタリティの考え方が、本格的に鉄道の現場へ持ち込まれました」
目玉のメニューが、コーヒーや紅茶といった飲み物との「スイーツセット」が1400円で販売されているケーキです。乗車時は、定番のイチゴのショートケーキ「ガトー・フレーズ」と「和栗モンブラン」、それぞれ季節限定のムース「ラフィネ」、チョコレートと生クリームの層を、アーモンドを使った生地で挟んだ「サンマルク」の4種類が用意されていました。しかし、飛ぶように売れており、無念にも行列に並んでいる間に売り切れました。
このときは始発の賢島を出発した約50分後でしたが、スタッフによると「早いときは(賢島を出て6分で着く次の停車駅)鵜方(志摩市)で全て売り切れることがある」そうです。
2階席に案内されたのは16時半ごろだったため少し早い夕食をとることにし、沿線の三重県の特産品である松阪牛を100%使っているという「松阪牛カレー」(1700円)を注文しました。程よい辛さとコクがあり、美味でした。
息子は「はまぐりのシーフードピラフ」(1850円)を頼み、一口味わったところ、はまぐりが良かったです。ただ、調理に制約がある電車内のメニューなのをよく理解しながらも、リーガロイヤルホテル(大阪市)のカニや帆立貝、エビなどをたっぷりと使った名物メニュー「海の幸のピラフ」と比べてしまうのは酷でしょうか。
このようにホテルと比べてしまうのは、「しまかぜ」が「揺れる車内、限られた空間、運行時間という制約の中で、ホテルクオリティーのサービスをどう実現するか」(『近鉄学』)と奮闘した成果が出ている何よりの証しでしょう。
予約した座席に戻って再び“人をダメにするいす”のとりこになっていると、あっという間に近鉄名古屋到着の放送が流れてきました。「もっと長く乗っていたい」という惜別の念を抱いて下車したのは、再び乗車したいと思わせる列車だからこそです。
このような強い支持を受け、「しまかぜ」は1か月先の列車の予約が今日も次々と埋まっていきます。

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