【夏の甲子園】174キロで「怪物」を迎え撃った智辯和歌山 織田翔希を56球で降ろした4連打の3回

第108回全国高校野球選手権大会は8月20日、阪神甲子園球場で第14日を迎え、準決勝第1試合で智辯和歌山(和歌山)が横浜(神奈川)を7-1で下した。
優勝した2021年以来、5年ぶりの決勝進出。

敗れた横浜は、松坂大輔さんを擁して全国制覇した1998年以来28年ぶりの決勝進出はならなかった。

試合を決めたのは3回だった。
準々決勝までの22回2/3を投げて自責点2という数字を積み上げてきた横浜のエース右腕・織田翔希(3年)が、たった1イニングで5安打を浴び、56球でマウンドを降りた。6日前に阪神甲子園球場の球場表示による高校生最速記録を156キロに塗り替え、前々日にも同じ156キロを7度計測したばかりの投手が、である。

なぜこうなったのか。答えの一部は、前日の智辯和歌山のグラウンドにあった。

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「174!」前日に置かれた1台のマシン

19日の練習日。智辯和歌山のグラウンドには打撃ケージが5台並び、その中央に1台の打撃マシンが据えられていた。選手がスピードガンを構え、数字を読み上げる。174。中谷仁監督(47)は表情も変えずに「オッケー」と応じた。

狙いは一つしかない。翌日に対戦する織田の直球への目慣らしである。

中谷監督の準備には明確な理屈があった。
織田が先発してこないなら引きずり出す展開に持ち込む、先発してくるなら打つしかない。いずれにせよ織田と対峙する状況を自分たちで作らなければ勝てない――そういう組み立てだった。ここには「エースを避ける」という発想が最初から入っていない。

もちろん170キロ超のマシンと実際の投手では体感が違うことは織り込み済みで、中谷監督自身、昨春のセンバツ(選抜高校野球大会)で対戦した当時の織田と今の織田は「1、2ランク上」で別人だと見ていた。その上で選手たちには、こんなにワクワクできる相手はめったにいないと発破をかけ、試合当日には、これから10年、20年と語り継がれる試合になるかもしれない、と送り出している。恐怖を消すのではなく、期待に変換して打席に立たせた。

反応は上々だった。前日の仙台育英戦で4安打を放って状態を取り戻していた2番・荒井優聖(3年)は、174キロを見て「打てない球ではない」と感じたと語っている。4番の山田凜虎(3年)は、普段から150~160キロには対応しており170キロも驚くほどではなかったという。山田には春のU-18代表候補合宿で織田の球を受けた経験もあり、感覚が残っていた。

中谷監督が試合前に描いた青写真は「1、2番が出て、4、5番に期待」。

3回に起きたことは、この設計図そのものだった。

3回、バントを選ばなかった4連打

1回に先制したのは横浜だった。2番・田島陽翔(2年)の安打と相手失策で1死一、二塁とし、4番・川上慧(2年)が中前へ適時打。
織田はその裏、2死から3番・井本陽太(2年)、4番・山田に今大会初めての連打を許しながらも、5番・楠本龍生(3年)を遊ゴロに仕留めて無失点。2回も先頭四球から1死一、三塁とされたがセーフティースクイズを本塁で刺し、切り抜けた。初回に25球を要しながら、なお0点で凌いでいた。

均衡が壊れたのは3回裏である。

先頭の荒井が安打で出ると、井本が続いて無死一、二塁。ここで智辯和歌山はバントを選ばなかった。中谷監督は試合後、送りバントでアウトを一つ相手に与えて落ち着かせるのではなく、とにかく攻める気持ちで向かった結果だと明かしている。無死一、二塁は、高校野球でもっとも自動的にバントが出る場面の一つだ。そこで走者を進めず、山田に打たせた。

山田は三塁線を破る二塁打で同点。

無死二、三塁。打席には左打ちの楠本が入った。

2ボールからの3球目、低めに来た152キロの直球(やや真ん中に入った逆球だった)を、楠本はフルスイングで右翼席へ運んだ。打った瞬間に確信したのか、走り出しはゆっくりだった。3ラン。4-1と逆転した。楠本は後に、真っすぐ一本に張った覚悟が出たと振り返り、「完璧でした」と言い切っている。中谷監督は、この一発がチームにとって非常に大きかったとしながら、ガッツポーズをせずにちゃんと走れ、まだ分からないと思いながら見ていた、と苦笑した。

なお1死後、7番・川原一将(3年)にも内野安打が出て、この回5本目の安打。ここで横浜は織田を諦め、2番手の左腕・小林鉄三郎(2年)を送った。織田の記録は2回1/3、8安打4失点、56球。楠本の一発は、織田がこの夏に初めて浴びた本塁打でもあった。

4連打で試合をひっくり返し、そのままエースを引きずり下ろす。前日に174キロを見ていたチームの、あまりに手際のいい仕事だった。

もう一本の補助線 中1日と、変化球中心の組み立て

ただし、この試合を「対策がすべてを決めた」と書くと、たぶん半分しか説明できていない。

織田は18日の準々決勝・花巻東戦で123球を投げて完封している。19日は大会の休養日。
つまり、この日の先発は中1日での登板だった。そしてこの日の織田は、初回から変化球を軸に組み立てていた。初回に153キロは出ている。出てはいるが、直球でねじ伏せに来る投球ではなかった。

その相手に、170キロ超の直球を見てきた打線がぶつかった。楠本が打ったのは変化球ではなく直球で、しかも狙いを絞った上での一撃である。準備が噛み合った、と言うこともできるし、噛み合う条件が揃っていた、と言うこともできる。

当の中谷監督は、勝った側とは思えないほど淡々としていた。

横浜と比べて自分たちが上回っているものは何もない、たまたまこういう流れと展開になっただけだ――そう前置きした上で、こう言った。

「10回やったら1回しか勝てない。その1回が来たということ」

負けて当然、失うものは何もない。その気持ちだったから選手は楽しめたのではないか、とも話している。
174キロのマシンを用意した監督の総括が「その1回が来た」であることは、たぶん記録しておいたほうがいい。

【夏の甲子園】174キロで「怪物」を迎え撃った智辯和歌山 織田翔希を56球で降ろした4連打の3回

3回戦を終えた時点で、今大会の織田は13回2/3を投げて23奪三振、被打率.143、防御率1.15。2回戦・3回戦の救援登板は合計5回で、この2試合と花巻東戦を合わせた3試合14回は無失点だった。つまり、この日3回に喫した失点は、沖縄尚学戦以来4試合ぶりの失点である。

神奈川大会でも4試合20回を投げて17奪三振・1失点。地方大会と全国大会を通じて、この夏の織田はほぼ点を取られない投手だった。1試合で8安打という数字は、彼の夏には存在しなかった。しかもその8本のうち5本は、3回の1イニングに集中している。

球速の記録も、この6日間に集中していた。従来の阪神甲子園球場の球場表示による高校生最速は155キロで、2007年夏の佐藤由規さん(仙台育英)、2013年夏の安楽智大さん(済美)、2025年春と夏の石垣元気(健大高崎)が並んでいた。
3人はいずれもドラフト1位でプロ入りしている。織田は14日の日南学園戦でこれを156キロに更新し、18日の花巻東戦では同じ156キロを7度計測した。歴代最速表示を出した6日後に、2回1/3で降板したことになる。

智辯和歌山の4試合「勝てなかった5年」からの逆算

2回戦(8月11日・第2試合) 智辯和歌山 2-1 社
3回戦(8月15日・第2試合) 智辯和歌山 7-3 敦賀気比 ※延長11回タイブレーク
準々決勝(8月18日・第2試合) 智辯和歌山 11-3 仙台育英
準決勝(8月20日・第1試合) 智辯和歌山 7-1 横浜

【大会通算】4戦4勝 27得点・8失点(1試合平均6.8得点・2.0失点)

3年連続29度目の出場となる智辯和歌山だが、実は8月11日の社戦が、全国制覇した2021年以来5年ぶりの夏の白星だった。そこから4連勝で決勝までたどり着いている。

勝ち方の変化がおもしろい。
初戦は2-1の1点差。3回戦は8回2死二、三塁から川原の二塁打で追いつき、延長11回タイブレークで一挙5点を奪って7-3。
準々決勝では18安打11得点、初回に長友悠成(2年)の三塁打を起点に5点を挙げて仙台育英を圧倒した。1点差の我慢、延長の粘り、そして大量点。
3試合で三つの勝ち方を経験してから、この日の準決勝に入っている。

投手運用も横浜とは対照的だ。智辯和歌山は和歌山大会の5試合をすべて継投で勝ち上がっており、長井心海、久葉亮太、和気匠太ら複数の投手を山田がリードする形を大会でも通してきた。
3回戦では左腕・米原佑真(2年)が先発し、2番手の久葉が試合を落ち着かせている。エース1枚に体重を預けないチーム構造が、大会14日目まで来て効いた。

この日先発したエース右腕・和気匠太(3年)は8回を4安打1失点。1回に先制を許した後は、4回にわずか8球で三者凡退、6回は4番・川上から3者連続の右飛と、走者すら出させないイニングを重ねた。7回に先頭の安食琥太郎(2年)に内野安打を許しても、次打者を一ゴロ併殺に仕留めている。9回は久葉が締めた。

打線は7回にも突き放した。先頭・荒井の三塁内野安打と井本の左前打で1死一、二塁とし、楠本が中前へ適時打。さらに1死二、三塁から代打・井戸本陽向(3年)が右前へ2点適時打を放ち、7-1。楠本はこの日1人で4打点を挙げた。
中谷監督は、和歌山・田辺市出身のこの4番手前の打者を、思い切りのいい「田舎の兄ちゃん」と評し、覚悟が決まったときの振りの強さを買っていると語っている。

横浜の夏

横浜にとって、この夏は特別な意味を帯びていた。8月17日、春夏合わせて5度の全国制覇を果たした元監督・渡辺元智さんが81歳で亡くなった。教え子である村田浩明監督が率いる翌18日の準々決勝、織田は花巻東を完封し、チームを2008年以来18年ぶりの4強へ導いた。

だが決勝には届かなかった。1回の1点以降、打線は和気の前に沈黙し、この日の安打はわずか5本。5回は1死二塁、7回は先頭出塁、8回は無死二塁と好機は作ったが、いずれも本塁は遠かった。7回には2番手・小林が4安打を浴びて3点を失い、村田監督はベンチで腕を組んだ。8回は3番手の林田滉生(3年)が抑えたが、点差は動かなかった。

試合後、村田監督は自分の責任だと述べ、早々にマウンドを降りたエースをねぎらった。
織田はアルプス席へのあいさつで顔を上げられず、この試合は絶対に忘れないと語った。主将の小野舜友(3年)は、決勝でもう一度織田をマウンドに立たせたかったと涙をこらえきれなかった。

織田を巡る環境は、この夏ずっと異様だった。1回戦の沖縄尚学戦、最速150キロ左腕・末吉良丞との投げ合いにはNPB全12球団が顔をそろえ、ドジャース、ヤンキース、メッツ、パドレスなど大リーグ各球団のスカウトも集まった。
今秋ドラフト1位候補であり、進路については村田監督が大リーグも日本も視野に入れていると初めて公言した。本人は明言を避けている。

昨春のセンバツ決勝では、横浜が智辯和歌山を11-4で下して4度目の優勝を飾っている。1年あまりを経て同じ両校が阪神甲子園球場で再会し、結果は逆になった。あのとき4点しか取れなかった打線が、7点を奪って怪物を降ろした。

決勝は智辯和歌山 - 健大高崎

同じ第14日の第2試合では、健大高崎(群馬)が天理(奈良)を1-0で下し、初の決勝進出を決めた。「4番・投手」で出場した佐藤麻恩(3年)が初回に先制の右前適時打を放ち、マウンドでも7回1/3を2安打無失点。9回2死満塁の場面は4番手の石垣聡志(2年)が締めた。
1回戦から5試合で3完封、失点はわずか2。2024年のセンバツを制した強豪だが、夏はこれまで2014年の8強が最高だった。

決勝は8月22日。智辯和歌山の決勝進出は、準優勝した昨春のセンバツ以来。夏では優勝した2021年以来5年ぶりで、1997年、2000年、2021年に続く夏4度目の全国制覇まであと1勝とした。

4試合で27得点の打線と、5試合で2失点の守り。組み合わせとしては、これ以上ないほど分かりやすい。174キロのマシンを持ち出したチームが、次はどんな準備をして22日を迎えるのか。

なお「バーチャル高校野球」では、決勝まで全試合を無料ライブ配信している。

文:SPORTS BULL(スポーツブル)編集部
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