「降ります!」ひと声降車の路線バス「東急コーチ」
東急コーチと桜
先日、iPodを聞きながらバスに乗っていたら、突然「ありがとうございます」という妙齢の女性の声に驚いた。その女性を皮切りに、大人から子供まで、皆さん次々と乗務員さんにお礼を言ってバスを降りて行く。


東急東横線、大井町線の自由が丘駅を起点に、深沢区民センター、駒大深沢キャンパス前などを経て循環しているそのバスに乗ったのが初めてだった私。そういえば、他の東急バスとはちょっと違う、えんじ色のかわいらしい外観も気になっていた(左写真参照)。自由が丘の高級住宅街の住民は、バスの降り方まで丁寧なのか? そして、私も降りるときに乗務員に一声かけなくてはならないのだろうか? などと頭を「?」だらけにしながら、来るべき時に備えてiPodのイヤホンを外し、身を固くしていたら、そのうち「ありがとう」ラッシュは終わりを告げ、その後乗客は車内アナウンスに従って、バス停前でボタンを押して降りて行ったので、結局私も無言でそそくさとバスを降りた。

だがその不思議なひとときが気になって自宅に戻って調べてみると、私が乗ったそのバスは、「東急コーチ」という、ほかの東急バスとはちょっと違うシリーズのよう。目の前で繰り広げられた都会のコミュニケーションに心が温まり、サービスの詳細を調べるため、東急バスにお話を伺った。
「“コーチ”とは“幌馬車”の意味で、東急コーチは、かつて東急バスで貸切バスの形態で運行していた路線バスの名称です。
現在でも、住宅街の狭い道路に入って行ったり、フリー降車区間を設けている区間を運行する車両の名称を“東急コーチ”と呼んでいます」
私が見た「ありがとう」ラッシュはその「フリー降車区間」にあたり、乗客はバス停のない場所でも車掌に声をかけると、好きな場所で降ろしてもらえるらしい。

「深沢地区は、駅や大きな道路から離れた場所に住宅街があり、道幅も狭いので、なるべくお客様にとっての、駅から家までの“ドア to ドア”を実現しようと、このシステムが採用されています。ただ、現在のフリー降車区間は、以前は“コールボックス”というボタンを設置した機械が設置されていて、ボタンが押されたり、専用の電話回線に『もうすぐ家を出てバスに乗りたい』旨の電話が掛かってきた場合に、主要ルートからその区間へ迂回するようになっていました。しかし、このサービスは平成12年までで、現在では、通常ルートとしてこの区間を走るようになり、降りたい方の要請に応じてバスが止まるというサービスは今まで通り継続しています」

深沢地区の他、この「フリー降車区間」を設けた路線は、いずれも東急田園都市線沿い、二子玉川園駅から用賀駅にかけての路線や、鷺沼、宮崎台、市ケ尾、青葉台などを走る、全6路線14系統で運行されている。他、調べてみると、神奈川中央交通、富士急行、京都バスなど、こういったサービスを設けている区間は全国にも結構ある。道幅の狭い住宅街や利用客の少ない山間部など、「声掛け降車制」がありがたい地区は多いみたいだ。


以前は、ちょっぴり割高の230円だった東急コーチの運賃も、平成13年からは全路線において他と同じ210円に値下げ。なのに乗客のニーズに応えたサービスは据え置き。断然車派な人も、地元色豊かな、バスならではのコミュニケーションを味わいに、久しぶりに乗ってみてはいかがだろう。
(駒井麻衣子)

東急バスHP