『エール』第19週「鐘よ響け」 92回〈10月20日(火) 放送 作・演出:吉田照幸〉

『エール』占い師になった“ミュージックティーチャー”こと御手洗清太郎が裕一に希望をもたらす
イラスト/おうか

主題歌「星影のエール」が流れた

ひさしぶりに、主題歌、GReeeeNの「星影のエール」が流れた。18週、88回からインパールで裕一(窪田正孝)が悲劇に見舞われてからずっと、週明けの90話まで主題歌が流れなかった。朝ドラではたまに主題歌がない回もあるが、これだけ流れないのは新記録だろう。
それはまるで裕一の心から歌が消えたようにも思える。

【前話レビュー】裕一に曲作りを持ちかける池田二郎のモデルは堂本光一の受賞でも知られる、あの日本演劇界の巨匠

「星影のエール」には<いつか今日の日も意味をもって>とか<星の見えない日々を越えるたび>とか励みになる歌詞があるから、つらいときこそ流してほしい。久々に聞いたその歌詞が強烈に染みた。

「裕一さんは止まったまま」

戦後復興がはじまり、皆、それぞれの生活を立て直しはじめている。その中で裕一だけは、曲作りをしないで、時計を分解し続けている。

「裕一さんは止まったまま」と心配する音(二階堂ふみ)。裕一が時計を分解しているのは時を止めるメタファーだろう。


曲を書こうとしても、インパールの衝撃が脳裏をよぎり、「譜面が怖い」とつぶやく裕一。「私は待つ」と音。

音から去っていく裕一の後ろ姿を、ゆっくりスローモーションで撮影。92話は闇市の狩り込み場面の移動カメラなども躍動感があった。浮浪児の狩り込みといえば、『なつぞら』。ここが上野だったらなつたちもいるのでは……。


華、成長

1年半が経過して、裕一と音の娘の根本真陽から古川琴音に変わって、思春期に。裕一はその間、時計を10個も分解してしまった。これでは10個の世界線を潰したみたいに思えるではないか。いったいいくつ潰したら、作曲家の世界線に戻れるのか。

智彦も苦悩

吟(松井玲奈)の夫・智彦(奥野瑛太)も軍人の誇りを捨てることができず、次の就職先が見つからず苦悩していた。

古山家、関内家、共に、戦争で亡くなる人がいなくて関係者ばかりが亡くなった。裕一や音や、智彦には残された者としての苦悩がのしかかる。主人公たちは、生き残った者が、その先、どう生きていくかを描こうとしている。
ドラマを観ている人もいわば生き残った者だから、このテーマは他人事ではない。

池田(北村有起哉)は「戦争の責任をすべて背負うおつもりか」と裕一に問う。モデルの古関裕而は、91話のレビューにも書いたように、そこまで言及していない。むしろ池田のモデルの菊田一夫のほうが自分のしたことを総括しようとしている。裕一は主人公として何もかも背負わされていて大変だ。

個人的な好みで言えば、戦犯にされることに怯え、過去に蓋して、自分のできることとして鎮魂の曲を作り始める、そんな人間味のほうを見たかった。
それこそ、戦場を描く以上に朝ドラ向きではないだろうけれど。窪田正孝の演技にはどこか常に堂々としない申し訳なさが残っているのは、その線を残しているようにも見える。だからわざわざそこに踏み込まずとも、このままでいいのかもしれないと思う。

『エール』占い師になった“ミュージックティーチャー”こと御手洗清太郎が裕一に希望をもたらす
写真提供/NHK

復活、ミュージックティ…

裕一がくよくよしている一方で、音は歌を再開する。復活した喫茶バンブーの客のひとり・ベルトーマス羽生(広岡由里子)を紹介されて、歌を始める。

音のモデル・金子は、ベルトラメリ能子という人物に師事し、戦争中も歌っていたそうだ。裕一と音は、モデルの状況を見るに、音楽家の夫婦として優雅に暮らしていたのだろう。
だからこそ、生き残った彼らが何をするかが問われるのだと思う。

彼女の知り合いとして、“ミュージックティ”こと御手洗(古川雄大)が占い師になって現れた。ひげを生やし、すっかり別人になった御手洗。大河ドラマ『いだてん』で薬師丸ひろ子が演じたマリーの同業者になったわけだ。

「悩みや苦しみを抱える人のために、いま私にできることは何って考え始めたの」と御手洗はなぜかカメラ目線で言う。そう、それだ、裕一がやるべきことのヒントがここにある。


御手洗の占いによれば、裕一は「いまは変わるとき」。本質は「変わってない」「いまこそ成長するとき」「今度来る仕事が人生を変える」と希望をもたらす。ドラマの着地点(裕一が戦後作曲家として華々しい仕事をする)は、1話で描かれているから安心とはいえ、先週からずっと主人公が沈んでいるので、「占い」という形で、これから明るいことありますよ〜とガイドし、視聴者を安心させるのはいいアイデア。

「鐘の鳴る丘」は朝ドラの原点だった

池田はCIEのハギンス(チャールズ・グラバー)から「鐘の鳴る丘」を15分間のラジオドラマでやれと提案される。アメリカでは15分のソープオペラ(主婦向けの昼間のメロドラマ)が人気で、15年も続いているものもある。その成功体験を日本でも、という考えだった。短い語で意味が豊富な英語と比べ、日本語は長く、15分では描ききれないと池田は渋る。「結局言いなりか」と愚痴りつつ、「難しいって言われると燃えるよね」と気持ちの切り替えの早い池田。たくましい。

15分の連続ドラマ。といったら、朝ドラ。そう、朝ドラの原点はここにある。朝ドラ15分とは、アメリカからもたらされたものだったのだ。ただ、朝ドラの第一作『娘と私』は20分番組だったのだが。史実では最初、土日の15分間だったが、人気が出たので月〜金になった。

さあ、今週は、朝ドラの原点でもある「鐘の鳴る丘」の誕生ストーリーが描かれる。心して観よう。
(木俣冬)

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主な登場人物

古山裕一…幼少期 石田星空/成長後 窪田正孝 主人公。天才的な才能のある作曲家。モデルは古関裕而。
関内音→古山音 …幼少期 清水香帆/成長後 二階堂ふみ 裕一の妻。モデルは小山金子。

古山華…根本真陽 古山家の長女。
田ノ上梅…森七菜 音の妹。文学賞を受賞して作家になり、故郷で創作活動を行うことにする。
田ノ上五郎…岡部大(ハナコ) 裕一の弟子になることを諦めて、梅の婚約者になる。

関内吟…松井玲奈 音の姉。夫の仕事の都合で東京在住。
関内智彦…奥野瑛太 吟の夫。軍人。

廿日市誉…古田新太 コロンブスレコードの音楽ディレクター。
杉山あかね…加弥乃 廿日市の秘書。
小山田耕三…志村けん 日本作曲界の重鎮。モデルは山田耕筰。
木枯正人…野田洋次郎 「影を慕ひて」などのヒット作を持つ人気作曲家。コロンブスから他社に移籍。モデルは古賀政男。

梶取保…野間口徹 喫茶店バンブーのマスター。
梶取恵…仲里依紗 保の妻。謎の過去を持つ。

佐藤久志…山崎育三郎 裕一の幼馴染。議員の息子。東京帝国音楽大学出身。あだ名はプリンス。モデルは伊藤久男。
村野鉄男…中村蒼 裕一の幼馴染。新聞記者を辞めて作詞家を目指しながらおでん屋をやっている。モデルは野村俊夫。

藤丸…井上希美 下駄屋の娘だが、藤丸という芸名で「船頭可愛や」を歌う。

御手洗清太郎…古川雄大 ドイツ留学経験のある、音の歌の先生。 「先生」と呼ばれることを嫌い「ミュージックティチャー」と呼べと言う。それは過去、学校の先生からトランスジェンダーに対する偏見を受けたからだった。

『エール』占い師になった“ミュージックティーチャー”こと御手洗清太郎が裕一に希望をもたらす
写真提供/NHK

番組情報

連続テレビ小説「エール」 
◯NHK総合 月~土 朝8時~、再放送 午後0時45分~
◯BSプレミアム 月~土 あさ7時30分~、再放送 午後11時~
◯土曜は一週間の振り返り

原案:林宏司 ※7週より原案クレジットに
脚本:清水友佳子 嶋田うれ葉 吉田照幸
演出:吉田照幸ほか
音楽:瀬川英二
キャスト: 窪田正孝 二階堂ふみ 唐沢寿明 菊池桃子 ほか
語り: 津田健次郎
主題歌:GReeeeN「星影のエール」
制作統括:土屋勝裕 尾崎裕和

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