『おちょやん』第22週「うちの大切な家族だす」

第108回〈5月5日(水)放送 作:八津弘幸、演出:佐原裕貴〉

朝ドラ『おちょやん』生瀬勝久が脚本家・長澤を演じる因縁
イラスト/おうか
※本文にネタバレを含みます

生瀬勝久が長澤を演じる、ナットクの理由

ラジオドラマ『お父さんはお人好し』は大好評、千代(杉咲花)は充実した日々を過ごしていた。人気が高く、1時間特別番組も作られることになった。逸(はや)る一同だったが、その矢先、脚本家・長澤(生瀬勝久)が倒れたり、静子役の島田祥子(藤川心優)が突如「たまには私も見せ場がほしい」と言ってみんなを困惑させた末、失踪したりと問題が勃発する。


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好事魔多し。上向きな千代の日々は見ていてホッとするものの、そればかりではメリハリに欠けると思ったのか、30分番組を1時間延長する話題も、プロデューサー酒井光一(曾我廼家八十吉)が一瞬、悪い話のように切り出しドキリとさせる。さらに、急に不満を言って場をかき乱す祥子。そして、長澤は1時間特番を前に盲腸で入院してしまった。

戦争で失われた家族の団らんを取り戻したいと言って、『お父さんはお人好し』を書いた長澤の気持ちがさらに詳細に語られた。戦争がなかったら、こういうなにげない家族の話を書いてなかったという長澤。
それまではいったいどんなものを書いていたのか。

長澤のモデルと思われる作家・長沖一は吉本興業の文芸部に所属して、文芸部長にまでなった人物。戦争がはじまると、朝日新聞と吉本が中心になって結成された慰問演芸団「わらわし隊」を率いて戦地に慰問に赴いた(第二回わらわし隊)。ちなみに、当郎のモデル・花菱アチャコも「わらわし隊」に参加している。

朝ドラ『わろてんか』(2017年度後期)ではこの慰問のエピソードがアレンジして描かれている。生瀬勝久が長澤を演じることには因縁を感じざるを得ない。
というのは、生瀬はこの「わらわし隊」をモデルにした明石家さんま主演の舞台『七人くらいの兵士』(00年)の脚本を書いているのである。

筆者は00年の初演も15年の再演も観ているが、戦時と笑いについて書いた傑作のひとつと思っている。死に直面してもなお笑いで命を燃やし続ける執念のようなものがさんまが演じる伝説の漫才師を中心にリアリティーをもって輝いていた。それでいて決して重くならず、最後まで軽やかで、だからこそ哀しみが深くなる。

朝ドラ『おちょやん』生瀬勝久が脚本家・長澤を演じる因縁
写真提供/NHK

戦場で笑いながら散っていった人たちを描いた生瀬が演じる作家・長澤の口から、ラジオドラマの子ども役に選ばれた俳優たち、それぞれに背景があることが語られる。長女・京子役の中村律子(大橋梓)、戦争で劇団がなくなり、終戦後に入った映画会社からはいつ首が切られてもおかしくない状況にいた。


長男・米太郎(久保山知洋)。戦争で父を亡くし、母とふたりで生きてきた。彼らの人生を語る生瀬勝久の言葉の重みは、戦争に関する脚本に向き合ったことがあるからこそであろう。このまま12人分の半生を語って108回が終わるかと思ったら、たったふたり分だったけれど……。

長澤がキャスティングしたのは「今、前を向いて、生きてるかどうかです」という長澤。千代もそのひとりだと言う。


どうなる、一平

不倫して離婚した一平(成田凌)は台本が書けず悩み続けている。劇団員たちは、一平のいないところで、千代のことがあってから不調で、千代が活躍をはじめてさらに打ちのめされていることを同情されていて、まったく座長の立場なしである。

「ここが……限界や」

一平は寛治(前田旺志郎)を稽古場に呼び出し、次回公演の台本を書いてほしいと頼む。寛治はこの1年半、たくましく育ったので、一平は鶴亀新喜劇を託そうとするが、はい、そうですかとのむ寛治ではない。

「かっこつけんと丸裸になれや」

自分の人生に向き合って本を書けと寛治は一平に発破をかける。そこまでやっても駄目だったら「俺が引導渡したる」と厳しい寛治。確かにたくましくなった。


人生の勝負を迫られている一平。だがもううだつの上がらない感じの一平の話はもういいよ……という気もする。思えば、一平にはあまりいいところがなかった。悪い人物ではないが、子供のとき、母に捨てられ、父に抑圧され、父が死んでからは千之助に抑圧されてきた。じつは父も千之助も良かれと思って彼に厳しく接していたわけだが、一平はのびのびできたことがなかったように感じる。

それでも父や千之助の時代とは違う喜劇を目指して頑張り、それなりに成果もあげたわけだが、『おちょやん』では彼の演劇半生の華々しい部分はほとんど描かれていない。
家でコツコツ台本を書いているところがちょっと出てくるのみであった。

朝ドラ『おちょやん』生瀬勝久が脚本家・長澤を演じる因縁
写真提供/NHK

そのうち、書けなくなって若手劇団員に甘えて子供ができて千代と離婚して、1年半経ってもうだうだしている。モデルである渋谷天外は著書で、子供と接する体験の面白さを記しているというのに、ドラマではそれもなく、ひたすら千代への後悔や未練があるように見える。こんなふうに思わせぶりに一平を書き続けるには理由があるのだろう。あと7回、見守っていきたい。

イケメン編成部員

無駄にイケメンな編成の四ノ宮一雄(久保田悠来)。『お父さんはお人好し』がはじまる前は最も千代起用に反対していたにもかかわらず、いまや「竹井さんを起用した判断は間違ってなかった」と満足げ。気持ちがすぐに変わるプロデューサー酒井と同じパターンながら、この手の業界の人たちにはこういう人が多いから何度描いても問題はない。むしろこんなふうに軽佻浮薄で信念のない人たちばかりであることが強調されて愉快である。

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■塚地武雅(花車当郎役)プロフィール・出演作品・ニュース
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■国木田かっぱ(仲人・木村役)プロフィール・出演作品・ニュース
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■桂吉弥(黒衣役)ニュース


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番組情報

連続テレビ小説『おちょやん

<毎週月曜~土曜>
●総合 午前8時~8時15分
●BSプレミアム・BS4K 午前7時30分~7時45分
●総合 午後0時45分~1時0分(再放送)
※土曜は一週間の振り返り

<毎週月曜~金曜>
●BSプレミアム・BS4K 午後11時~11時15分(再放送)

<毎週土曜>
●BSプレミアム・BS4K 午前9時45分~11時(再放送)
※(月)~(金)を一挙放送

<毎週日曜>
●総合 午前11時~11時15分
●BS4K 午前8時45分~9時00分
※土曜の再放送

:八津弘幸
演出:梛川善郎
音楽:サキタハヂメ
主演: 杉咲花
語り・黒衣: 桂 吉弥
主題歌:秦 基博「泣き笑いのエピソード」


Writer

木俣冬


取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。

関連サイト
@kamitonami