減らす動きと増やす動き——この相反する現象が同時に起きている背景には、一体何があるのでしょうか。
■続々と誕生する愛知県の公立中高一貫校
愛知県教育委員会は2025年10月17日、「2028年度愛知県立高等学校における再編について」という計画を発表しました。それによると、瀬戸市にある4つの県立高校を3校へと再編(1校減)する計画が進められています。
その一方で、名古屋市は2029年度に「新しい公立学校」を開校する計画を明らかにしました。名古屋市立大学(名市大)の附属として、「中等教育学校」を新設するというのです。
中等教育学校とは、中学から高校までの6年間を一貫して教育する、いわゆる「中高一貫校」です。6年間を見据えた効率的なカリキュラムが組めるため、全国的にも難関大学への高い進学実績をあげる学校が多く、近年非常に高い注目を集めています。
実は、公立大学が中等教育学校を新設するのは「全国初」の試みです。この前例のない新設計画を報じた中日新聞(2026年1月4日付)によると、2024年11月の市長選でこの附属校新設を公約に掲げた広沢一郎市長は、次のように意気込みを語っています。
「(附属校の新設により)受験勉強に追い立てられることのない教育の場をつくり、市全体の教育改革にもつなげていきたい」
名市大の附属中等教育学校に入学しさえすれば、高校入試も大学入試も経験することなく、ストレートに名市大へ進学できる。つまり「受験勉強からの解放」が約束されるというわけです。これが理想通りにいけば、確かに素晴らしい試みと言えます。
■市側が抱く、優秀な生徒の「囲い込み」という本音
しかし、現実はそう単純ではないようです。ある愛知県内の高校教員は、今回の新設の裏にある“本音”を次のように明かします。
「名市大には、同じ市内にある名門・名古屋大学などの難関国立大に、優秀な地元生が流れてしまうという長年の課題がありました。そこで、市立高校の優秀な層を早期に囲い込んで大学のレベルアップを図りたい、という意向が名古屋市と大学側に以前からあったのです」
その布石として、大学側は2023年度から人文社会学部などで、市立高校を対象とした「高大接続推薦枠」を導入しました。しかし、これがもくろみ通りには機能していないと言います。
「本当に優秀な生徒は、推薦枠を使って名市大にとどまるよりも、さらに格上の国公立大学や海外の大学を選択してしまうからです。推薦枠さえ作れば優秀な生徒が集まると踏んでいた市や大学にとっては、大きな誤算だったはずです」
この失敗を経て、新たに打ち出された切り札こそが、今回の「中等教育学校(中高一貫校)」の新設ではないかという指摘です。最初から附属校として囲い込んでしまえば、他大学への流出を防げるという計算です。
■先行する県立校を凌ぐ、名市大附属校の「強み」
現在、愛知県内では公立中高一貫校の人気が爆発しています。県立高校の附属中学校が2025年4月に4校開校し、さらに翌年にも追加開校するなど、ブームは過熱する一方です。
毎年のように東大合格者を出す名門・県立明和高校の附属中は、初年度の入試で競争率17倍という驚異的な数字を叩き出しました。
これほどまでに公立中高一貫校が人気を集めるのは、6年間の計画的なカリキュラムによる高い受験指導力が期待できるからです。
しかし、先行する県立高校の附属中の場合、高校進学時に外部からの受験組が合流するため、生徒間の学力差などから「中高一貫の強みを100%生かしきれないのではないか」という懸念する保護者の声もあります
その点、今回計画されている名市大の附属校は、高校からの生徒募集を行わない完全な「中等教育学校」になると報じられています。
途中で外部生が加わらないため、「本当の一貫教育による効果的な受験指導が受けられる」と、保護者たちの期待は県立以上にはね上がっているのです。
■殺到する受験生と、市長の公約がはらむ矛盾
これほどの好条件がそろった新設校が参入するとなれば、愛知県内の中学受験がさらに熾烈(しれつ)を極めるのは言うまでもありません。多くの受験生が殺到すれば、当然、厳しい選抜を行わざるを得なくなります。
ここで1つの矛盾が生じます。
広沢市長は「受験勉強に追い立てられない場を」と語っていますが、志望者が殺到すれば、中学への入学段階(わずか12歳)で、これまで以上に過酷な受験勉強に追い立てられることになります。
市側は「受験競争の低年齢化につながらないよう、選考方法を工夫する」と説明していますが、具体的な案は不明なままです。もちろん、それが実現できれば素晴らしいことですが、そのような選考方法があるのかどうかは疑問です。
■「学力向上」か「偏差値からの脱却」か
さらに、この学校が本当に「優秀な生徒の囲い込み」につながるかどうかも不透明です。
中高一貫教育によって高い学力を身につけた生徒たちが、高校卒業時にスンナリと名市大へ進学してくれるとは限りません。
市立高校の推薦枠が敬遠されたのと同じように、結局は他大学へと受験の矛先を変えてしまう可能性が十分にあります。もし「名市大への内部進学」を義務づけるようなルールを作れば、今度は優秀な受験生自体が集まらなくなるというジレンマに陥ります。
中日新聞によると、広沢市長はこうも述べたと言います。
「偏差値偏重ではなく、子どもの幸せを中心にすえた学校をつくりたい」
今、中高一貫校がこれほど求められているのは、皮肉にも「偏差値偏重の大学受験に有利だから」です。その本質を否定する学校が、果たしてどれほどの支持を集めるのでしょうか。
もし、この学校が言葉通り「偏差値偏重ではない新しい教育」を本当に実現できるのなら、過熱する愛知県の中学受験に一線を画し、日本の教育そのものに一石を投じる存在になるはずです。
しかし、ふたを開けてみれば「ただ難関大合格を目指すだけの中高一貫校」に落ち着いてしまうのであれば、それは中学受験の競争をさらに過熱させる存在にしかならないでしょう。
名市大の新設校がどのような姿を現すのか。それは一地域の問題にとどまらず、これからの「公立中高一貫校の在り方」、ひいては日本の教育の未来を占う試金石として、非常に興味深いテーマと言えます。
この記事の執筆者:前屋 毅 プロフィール
1954年、鹿児島県生まれ。法政大学卒業。立花隆氏、田原総一朗氏の取材スタッフ、『週刊ポスト』記者を経てフリーに。最新刊『学校が合わない子どもたち~それは本当に子ども自身や親の育て方の問題なのか』(青春新書)など著書多数。
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