【コーヒーへの想いを語る「コーヒーが飲みたい。」第2回】 青く広がった空をはてしなく感じてしまい、急に心細くなった。地面はカラカラに乾いていて歩くたびに土埃が立ち昇りスニーカーはあっという間に白くなってしまった。
腕には見慣れない虫が留まっていて動かないから強く息を吹きかけて飛ばしてやった。全ての景色は乾いているように感じてバッグの中からペットボトルを取り出して水をゴクゴクと飲み干した。

 視界の所々に黄色い花が木に満開に咲いているのはイペーという名前でブラジルの国花だ。桐の花に似た形をしていて、それは梅や桜が咲くように葉が出る前に花で満開になっているので黄色い桜とも呼ばれたりするらしい。広大に植えられたコーヒー畑に眩しい黄色が映えている。
 丘の上まで来ると涼しい風が吹いていて土埃の匂いが抜けていく感じが何とも心地良い。そして足元からずっと向こうの小高い山までコーヒーが植えられている。ブラジルのとある農園を訪れた時の印象は「乾いた風」だった。
 昨今、スペシャルティコーヒーは多くに周知されてきたと思う。10 年前と比べたら、そのもの自体が飛躍的な進化を感じる。どうしたらより良いものが作れるのか、人の手に大切に育てられ、その土地の自然の恵みを模倣しているかのように艶やかだ。生育環境から輸送に至るまで徹底的な管理をされていることにより、そのコーヒー豆の特徴をお客様まで届けることこそ醍醐味なのではと解釈している。
その間には多くの人たちが関わっており、笑いも涙も染み込んでいるに違いない。
 一般的にスペシャルティコーヒーはその特徴的な風味・特性から浅煎りにして提供されることが多い。香りも味も、と言いたいところだが、私は特に「酸味」と「質感」には神経を束ねてしまうほど集中している。
 なぜならそのコーヒーの特徴などを人に例えてみたらこれがなかなか面白いからだ。「香り」は表面的であっても、そのものの内面的な雰囲気を醸し出すコーヒーの表情にもなり、つまり「顔立ち」とも解釈できる。「酸味」はさまざまな感じ方や捉え方があって、また好みにも左右されることがある「性格」に当たると思っていい。そして「質感」は「品性」と言ってしまいたい。ただただ人間もコーヒー豆も持って生まれたモノだけに並べて想像してみると似ているところがあって、好みの話だけでは終われない。顔立ちと性格のギャップがあったり、若しくは品位があったりなかったり、コーヒー豆も然り、人間もコーヒーも隅に置けないほど豊かで面白いのだ。
 花のようであって、南国の熟れた果実の甘美な香りで思わずうっとりしてしまう香り。自然の香りは強烈であり鮮烈でもあっても、どこか儚いのがいい。香りは口に含むと鼻腔を抜けていき次第に余韻を残して消えていく。
まるで残響音だ。
 今しがた何があったかを記憶を刻んでいるようだ。その後に爽やかで瑞々しく、果汁のような甘酸っぱさが広がっていくのが良質なコーヒーの酸味だ。後味に心地良さを与えてくれるのは質感である。口の中に広がった心地良さはいつまでも感じていたいものだけど、去り際が肝心だ。いつまでもベタベタとせずフワリと余韻を残してスパっと消えていく。主張することもなく未練がましく留まろうともしない。ついついもう一口と運びたくなる。
 ここまでになるとコーヒーの域を越えてしまったのではないかと感動と不安が同時に迫った感覚に陥る。香りだとか酸味や質感とは眼に見えないからこそ原料(生豆)には細心の注意を払うのだ。目に見えないものに美しさをもたらすのは何であろうか。私には長年の課題でもあり挑戦となっている。

 コーヒーを人間に例えたりしてみるのは、コーヒーだけしか見えなくなりかねない。いや、それを否定することとは違って、私には私の見え方があるというそこを尊重したい。その代わりに好みの目線ではなく「良質さ」を指標にしているのだ。
 人とコーヒーの環境に足を踏み入れてみると、それはスペシャルティコーヒーだけにとどまらず、冒頭に書いていた「あの景色や匂いや音」が私の中でコーヒーに繋がっているのだ。あの乾いた光と風はカップの中へ注ぐことができたであろうか。コーヒーと同じ空気を吸い込み光と風に吹かれては、どこかで誰かのコーヒーのお手伝いをするのだとあの時そう思っていた自分はふと純朴になれた気がする。つまるところ、個性が埋まることなく端正で、自然を感じさせてくれる優しいコーヒーを飲みたい。
田村寛維(たむらひろゆき)
caffe gita yuzawa / caffe gita yokote オーナー 株式会社 gita 代表取締役
1976年秋田県生まれ。2011年からコーヒー豆の買い付けで海外へ行く。コーヒーの生産国や消費国で多くの人たちやバリスタたちとの出会いはコーヒーの世界観を広げていく。それぞれの国の文化もまたコーヒーの背景になっている。
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