AV女優「渡辺まお」としてデビューし、人気を博すも早大卒業とともに現役を引退。その後、文筆家「神野藍」として活動し、著書『私をほどく~ AV女優「渡辺まお」回顧録~』を上梓した。

いったい自分とは何者か? 「私」という存在を裸にするために、神野は言葉を紡ぎ続ける。連載「揺蕩と偏愛」#25は「抱え込んでいる業の深さに嫌気がさすけれど、自分を救い出す手立てが私にはあった」



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【過去の私という亡霊】



 皮膚の下で静かにしていた蛆たちがずるずると這い寄ってきた。薄膜を食い破り、私の身体を乗っ取ろうとしている。表面を擦っても消えてはくれず、厭な感覚は増していくばかりだった。彼らは眩しい光のもとではじっとしてくれているのに、日が沈んだのを合図に息を吹き返す。ここ三ヶ月の間、ずっとそうだった。



 部屋の電気を全て消し、机の端に置いてある蝋燭に火を灯した。真っ赤に揺らめく炎が、私の中に引かれた境界線を溶かしていく。足先から徐々に黒々とした液体に浸されていくようだった。肺に溜め込んだ空気をひと思いに吐き出し、煌々と光る画面に視線を移す。書きかけの文章を一瞥し、キーボードに触れると既に決まっている終着点へ向けて勝手に走り出してくれる。頭の中に反響する悲鳴に似た何かを吐き出していく度に、私の身体を動き回る感覚は薄れていく。



 大丈夫、今夜もきっとこのまま乗り越えられるはず。



 胸の奥底に光る小さな祈りを頼りに、私は進んでいった。





 日が沈んでから意識が途切れるまで書き続ける、そんな生活が続いていた。最初のうちは「構ってほしい」と椅子の布地をひっかいていた犬も、何かを察したようで足元で規則正しい寝息を立てるようになった。時々足先を掠める柔らかい毛と生ぬるい体温が、私を現実に繋ぎ止める。



 夢を夢のままで終わらせられたら、どんなに楽なことか。夢をいつまでも追うことが許されすぎている世の中で、何をそんなに焦っているのか。時々惑わす甘言が頭の中に浮かんできてしまう。進むも、止まるも、全て私の手の中に握られている。



 「少しくらい」とデスクから身を離したとき、ふと暗闇の中に彼女が立っていた。切れ端のような布の隙間から赤黒い傷が覗き、鉄臭い液体を垂れ流していた。彼女は一歩、また一歩と距離を詰めてくる。

脈打つ音が妙に耳に響いてきて、背中の産毛が逆立つのを感じた。気がつくと彼女の冷たい指先が首筋に巻きつき、力が込められた先端から断片的な映像が濁流のように流れ込んでくる。彼女の瞳に溜め込まれた液体が鏡となって、私の姿を映し出していた。怯えている、私が生み出した過去の私に。彼女は「逃げるな」と言わんばかりにじっと見つめてくる。私は目の前に広がる幻覚を掻き消すように、再び画面に喰いついた。





【私を突き動かす衝動】



 生暖かい空気が流れ込んでくる朝、私は応募フォームの送信ボタンを静かに押した。たるみなく張り詰めていた糸が切れたのか、私はそのままベッドに雪崩れ込んだ。犬が様子を伺いながら近寄り、濡れた鼻先を肌に押し付けてきた。目元から緩やかに流れ出していた液体をざらついた舌で舐め取り、私の顔を覗き込んでくる。「もう終わったよ」と言って撫でてやると、満足げな表情で隣に丸まってきた。



 あんなに頭の中を埋め尽くしていた声がぴたりと止んで、数ヶ月ぶりの静寂が私に訪れた。

不思議と高揚感もなく、残されたのはただただ穏やかな感情だけだった。私の中で眠っていた、一つの弔いが終わった。つくづく抱え込んでいる業の深さに嫌気がさしてしまうけれど、救い出す手立てに気がつけただけまだ幸せなのかもしれない。



 ふと部屋の中に視線を向けると、数ヶ月放置していた残骸たちが目に入った。重い腰をあげ、大きなゴミ袋を取り出して無造作に突っ込んでいく。手を動かし続けていると、ふと文章の一節が浮かんできた。どうやら、私を突き動かす衝動は一作だけでは収まっていないらしい。忘れないようにと打ち込み始めると、私はまた文章の世界へと飲み込まれていった。





文:神野藍

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