科学万能の時代に〈石〉で儲ける。藤田田がうなった「京セラ」稲...の画像はこちら >>



「景気が悪いことを儲からない理由にするのは責任のがれの屁理屈でしかない」。日本マクドナルド創業者の藤田田は低成長を平和の代償と喝破し、不況の中でこそ儲けの種を探せと喝破した。

そうは言っても実例は?例えば「京セラ」のセラミック包丁がヒントだという。新装復刊『殺されない社長の心得』(ベストセラーズ)より抜粋して紹介する。





■景気が悪い時に儲けるのがプロだ



 儲からないことを、景気の悪いせいにする人は多い。景気が悪いから儲からないのだ、と弁解して、いいのがれをしようとする。



 私にいわせれば、景気が悪いのは、なにもその人だけではない。世の中、すべて景気が悪いのである。つまり、与えられた条件なのだ。その与えられた条件の中で、どうやって儲かるようにしていくかが大切であって、景気が悪いことを儲からない理由にするのは責任のがれの屁理屈でしかない。



 景気が悪い──つまり、低成長は平和の代償なのである。戦争になれば、物資が消費されるから、景気がよくなる。とくに、世界大戦のように、世界中で家が破壊され、家財が焼かれ、都市が壊滅するということになると、景気はよくなる。



 しかし、現代は平和の時代であり、戦争が起こっても、せいぜい局地戦である。

平和の時代には、ある程度まで物資が普及すると、それ以上は新規のマーケットの開拓は不可能である。買いかえを待つほかはない。



 テレビにしろ、洗濯機にしろ、ある程度まで普及すると、そこで頭うちになる。それ以上は、旧型を新型に買いかえるか、古くなって使用に耐えなくなった物の買いかえ需要によるほかは、そんなに売れなくなる。これが、平和というものなのである。



 平和の代償は低成長だというのはこのことである。だから、平和の時代には、景気はこの程度のものなのだ。低成長が当たり前のことなのである。平和の時代には、景気が悪い、とボヤくのではなく、この程度の低成長が常識だ、と思って、そこから儲かるものをさがしていかなければならない。



 景気が悪いから儲からない、低成長だから儲からない、といっているようでは、大戦争が起こるまで儲かることはないだろうし、大戦争が起こっても儲からない。





■どの波に乗るかがわかれば簡単だ



 レストラン産業で見落としてはならないのは、人間には、胃袋はひとりにひとつしかない、ということである。一回に食べる量には、おのずと限界がある。

外食をする胃袋のトータルは決まっている。その決まっている胃袋をレストラン産業は取り合いをしているのである。



 マクドナルドの売り上げがふえたということは、それだけ、従来は日本食を食べていた胃袋をハンバーガーが取ったということである。それまで、下駄をはいていた人が靴をはくようになったようなものなのである。



 しかし、下駄をはいていた人が、ある日、突然、靴をはきだしたわけではない。洋服を着てネクタイを結ぶようになったから、下駄では都合が悪いので靴をはくようになったのだ。つまり、生活の西洋化にしたがって、下駄がすたれ、靴が伸びたのである。



 西欧文化は今日でもつづいている。西欧化は一段と拍車がかかってくる。その西欧化の過程で、あるものは消失し、あるものが生まれてくる。ハンバーガーは、その西欧化の中で生まれてきたものなのだ。



 この低成長時代に儲かるものは、西欧化の中で生まれてくるものである。

いつまでも、下駄の生産販売にしがみついていては、儲かるはずはない。



 いまでも、この瞬間に、西欧化する過程でなにかが生まれてきているはずである。それをつかまえることだ。



 西欧化が進むにつれて、これから儲かる商売はいろいろでてくるが、よく検討して、どっちにいくかを見きわめることが大切だ。





■リスクを恐れていては儲かる商売も儲からない



 オフィスでも、いまはコンピューターのディスプレイの画面を見ながら仕事をするようになり、机は不要になりつつある。書類バッグもいらなくなった。そんな時代になってきたのだ。そういうふうに、オフィスも世の中も、かわりつつある。



 生活面でも変化は激しい。アメリカでは、ライトのスイッチがなくなってきた。タッチするだけで、ライトがついたり消えたりする。昔の人が見たら、魔法のライトと思うだろう。

そんなライトになってきた。



 そのライトの例でもわかるように、変化は簡便化という方向に進んでいる。けっして、複雑な方向へと進んでいない。



 世の中には、最先端と最後尾がある。最先端では新しいものが生まれ、最後尾では古いものが消えていく。あたかも、赤ん坊が生まれてくる一方で、老人が死んでいくようなものである。



 その最先端で、時代を先取りしていけば、かならず儲かる。だから、時代は先取りしていかなければならない。最後尾を走っていたのではなんにもならない。



 最先端を走れば、当然、リスクもある。しかし、リスクを恐れていたのでは、儲かる商売も儲からなくなる。最後尾はリスクもないかわりに、儲かることもない。





■科学万能の時代に石の包丁を考える発想



 私の知人にセラミック製の自動車エンジンをつくって話題を呼んでいる「京セラ」社長の稲盛和夫氏がおられる。



 稲盛さんは、また、セラミックでハサミをつくったし、ボールペンの先のボールをセラミックでつくった。最近では、セラミックの包丁までつくりだした。



 セラミックの包丁は研がなくても切れ味がかわらないし、絶対に錆びない。もっともよく切れる状態が永久に持続するのである。



 また、鉄製の包丁はイオンがでるから、刺身などにイオンが移り、味が微妙に変化する。いわゆる、カナケがついてしまう。



 ところが、セラミックの包丁だと、イオンがつかないから、魚そのものの味で食べられるのだ。まさに刺身を食べる日本人向きの包丁である。



 その包丁をつくった。



 セラミックというのは、辞書などでは、陶磁器類、となっているが、石である。



 昨今、話題の「ニューセラミック」と呼ばれているものは、高温に熱してつくった石である。

だから非常に強い。



 稲盛社長は、さっそく、セラミック製のボールペンやハサミ、包丁を「ニュー・ストーン・エイジ」──新石器時代、と称して売りだした。「ニュー・ストーン・エイジ」とは、うまいことをいうものである。



 5000年前の石器時代を、この科学万能の20世紀にもってきたところがおもしろい。



 もともと、京セラという会社は、集積回路のキャップで大きくなった会社である。



 その時代の最先端をいく会社が、生活の場にセラミックの技術を活用して、新製品を開発した。そういった着眼点が儲かるのである。



 一生、研がなくてもよい、錆びない包丁が出現すれば、これまでの包丁は、下駄が靴に駆逐されたように、やがて、売れなくなってしまう。ニューセラミックは石といってもダイヤモンド並みに硬い石なのである。だから、一生、研ぐ必要はないのだ。



 ただ、いまは、包丁一本が2万円、と包丁にしては価格が高い。だから、研がなくても切れ味はかわらないし、錆びない、とわかっていても、飛びつきにくい。そのうちに、研いだり錆を落としたり買いかえたりする手間を考えると2万円でも安いことに消費者が気がつけば、セラミックの包丁は売れだすだろう。結婚祝いにだって最適だ。



 私はアメリカにいったときに、先端がセラミックボールのボールペンをアメリカ医療センターで自慢した。アメリカ医療センターでは、目を丸くしていたが、ただちに、100グロス、発注したという。このセラミックのボールペンも、やがて従来のボールペンを駆逐していくだろう。



 このように、時代が進めば、新素材が生まれてきて、従来の製品の分野に進出し、やがてそれが主流になる。ハンバーガーが日本の外食産業に食いこみ、トップに立ったように、従来の製品は新素材にとってかわられるのである。



 儲かるポイントはそういったところにある。〈石〉で儲かるのである。





文:藤田田





《『殺されない社長の心得』より構成》

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