結論から申し上げれば、本作は丁寧な作劇と高品質な作画で万人が楽しめる、優れたアニメ映画だった。蒔田彩珠、坂本真綾、入野自由、柴咲コウ、井浦新などの豪華なボイスキャストの熱演も堪能できるので、それぞれのファンにも存分におすすめしたい。さらなる魅力を紹介していこう。
1:日本の観光気分も楽しめるロードムービー
あらすじはこうだ。母を亡くした少女カンナは、大好きだった「走ること」とうまく向き合えなくなっていた。ある日いきなり時間が止まり、神の使いだというウサギが現れ、神様のお迎えに間に合うようにご馳走を送り届ける冒険へと誘う。目的地の出雲まで行けば母にもう一度会えるかもしれないと聞いたカンナは、鬼の少年に行く手を阻まれながらも出雲を目指す。端的に言えば、母を亡くした少女が「時がほぼ止まった世界」で、東京から出雲に向けて旅をするロードムービーだ。時間をコントロールするSF要素は映画の『ドラえもん』のようでもあるし、子どもたちだけで(年齢不詳の者もいるが)旅をするのは映画の『クレヨンしんちゃん』もほうふつとさせる。まずは、子ども向け映画としてしっかりワクワクできる要素があるのだ。
しかも、舞台はなじみのある日本。旅の始まりは東京の牛嶋神社で、愛宕(あたご)神社や蛇窪(へびくぼ)神社を巡り、続いて埼玉県の鴻(こう)神社、神流(かんな)川沿い、群馬県の榛名(はるな)神社、長野県の八千穂高原自然園……などなど、各地の神社や名所を渡り歩いていく。コロナ禍でまだまだ旅行が難しい今でも、日本の東海地方から山陰地方までへの観光気分を一挙に味わえるのだ。
2:優秀なスタッフがいてこその丁寧なつくり
さらに秀逸なのは、亡き母の面影を追って走り出す主人公の少女が、どのように自分の気持ちと向き合うかというドラマだ。主人公の旅の目的は「大好きだった亡き母と会うため」という感情移入しやすいものであるし、仲間たちと切磋琢磨し、さまざまな困難にもぶつかる過程で、悩みすぎて周りを傷つけてしまうこともある少女の複雑な心理が丹念に描かれていた。なお、本作のアニメーション監督を務めた白井孝奈は、『おおかみこどもの雨と雪』(12)や『かぐや姫の物語』(13)や『ハーモニー』(15)の作画や、『海獣の子供』(19)の作画監督助手を経験している優秀なアニメーターだ。その他にも優秀なスタッフが揃っており、だからこその丁寧なアニメ映画になったのは間違いない。
さらに、ラジオ番組『アフター6ジャンクション』の出演でもおなじみの、映画監督でありスクリプトドクター(脚本のお医者さん)でもある三宅隆太が共同脚本を務めている。きっと、心理カウンセラーでもある三宅隆太だからこそ、悩みを抱える少女の気持ちに真摯に寄り添う物語になったのだろう。
3:日本の文化、特に出雲へのリスペクトがある
本作のコミュニケーション監督を務める四戸俊成は、「この島根・出雲の原風景や文化を世界に届けたい」「“島国の根” と書く”島根”の原風景や伝承、そこに宿る“ご縁”という価値観に触れていただけるよう、その魅力をアニメによって表現する」と熱意を持って企画を始めたと語っている。劇中では日本の文化、特に出雲という土地へのリスペクトが大いにみてとれる。例えば、10月の別名である神無月が出雲では(全国から神様が集まってくることから)「神在月」と呼ばれていることや、旅の仲間のウサギが歴史書「古事記」の物語の1つ「因幡の白兎」が元ネタであることなどだ。また、公式サイトの「製作追体験」のページが充実しており、こちらを合わせて読むとより志の高い作品であることがわかるだろう。
4:豪華なボイスキャストの熱演と、作品の精神性をすくいあげた主題歌
本作の目玉は冒頭に掲げた通り豪華なボイスキャストにもある。連続テレビ小説『おかえりモネ』で主人公の妹役を演じた他、『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』(18)や2022年1月28日に公開予定の『Pure Japanese』などの映画でも活躍が目覚ましい蒔田彩珠が、今回は素直なようで内心では葛藤を抱えている少女を好演している。序盤は正直に言って他の声優陣とのギャップも感じたのだが、演技力でもって徐々に「ハマっていく」魅力があった。幼少期の同役を演じた新津ちせも流石の上手さだ。さらに、主人公の父親を演じるのは井浦新。同じく蒔田彩珠も出演している『朝が来る』(20)や、アニメ映画『ウルフウォーカー』(20)でも「父親らしさ」を声質と演技をもって体現していたが、今回は「優しさ」方向に振り切った良きパパを好演していた。
柴咲コウはディズニーの実写映画『クルエラ』(21)の吹き替えで「我が道をゆく」女性を演じていたが、今回は明るく元気な雰囲気の(今は亡き)お母さんにもバッチリとハマっていたし、物語の後半での「変化」の演技も見事だった。
さらに、大人気声優である入野自由が『千と千尋の神隠し』(01)のハクとは好対照の「親分肌をきかせる乱暴者だけど優しい」憎めないキャラとなり、演技の幅がとても広い坂本真綾がかわいいウサギのキャラクターとして大活躍してくれるの嬉しい。ベテラン声優の高木渉、茶風林、神谷明の「おいしい」役どころにも注目だ。
そして、miwaの主題歌「神無-KANNA-」は、miwa自らが台本を読み、主人公の気持ちに寄り添えるようにとの想いを込めて描き下ろした楽曲だ。走ることがいちばん大好きだった“はず”の心のままに歌ったかのような、作品の精神性を見事にすくいあげたこの楽曲を、映画本編の後に、歌詞を噛み締めるように聴き入って欲しい。
映画本編は、メインの物語そのものは丁寧につくられている一方、正直に言って必要な展開が欠けていてるように感じたり、やや強引に思えてしまう場面もあった。劇場で観るアニメ映画としては、もう少し躍動感があるシーンもほしいとも願ってしまう。
だが、それ以外は『神在月のこども』はスタッフとキャストが真摯に作品に向き合っている、素晴らしいアニメ映画だと敬服する。前述したようにタイトルの神在月は出雲における10月の別名でもあるため、それとぴったりの時期に公開してくれるのも実に嬉しい。
エモーショナルなクライマックスの展開と、これまでの出来事が集積された見事なラストに、きっと涙を流す大人も多いはず。ぜひ、観る人を選ばない、楽しくて元気がもらえるアニメ映画を期待して、劇場へ足を運んでほしい。
(文:ヒナタカ)
『神在月のこども』作品情報
【あらすじ】少女の名は、カンナ。母を亡くし、大好きだった”走ること”と向き合えなくなったこども。そんな少女が、在る月、絶望の淵に母の形見に触れたことで、歯車が廻りはじめる。現れたのは神の使いの、うさぎ。出雲までの旅にカンナを誘う。少女は問う、「本当に、お母さんに会えるの?」。白兎は答える、「ご縁が、あれば」。行く手を阻むのは、鬼の子孫、夜叉。行く先々で出あう大小様々な八百万の神々。神無月と書き、全国から神々が姿を消す月を神在月と呼び、神々を迎えてまつる神話の地、島根・出雲。島国の根と読む場所へ、自分を信じて駆ける少女のものがたり。
【作品情報】
【基本情報】
出演:蒔田彩珠/坂本真綾/入野自由/由永瀬莉子/高木渉/茶風林 ほか
原作:四戸俊成
監督:四戸俊成
アニメーション監督:白井孝奈
上映時間:99分
製作国:日本