〈対戦の中でジャスティンも焦っていることが分かった。ということは、鳳翼扇という大技で、なりふり構わず勝ちにくるだろうと思った。

しかしその技は、もしも完璧にブロッキングされた場合、その後に致命的なスキが生まれる技でもあった。
だからその瞬間を、虎視眈々と待った。
果たしてジャスティンは、その技を繰り出してきた――〉

梅原大吾『勝ち続ける意志力』プロローグからの引用である。
通称ウメハラ。「世界で最も長く賞金を稼いでいるプロゲーマー」としてギネスに認定された、日本人初のプロゲーマー、梅原大吾
「ストリートファイター」シリーズや、「ヴァンパイアハンター」シリーズなどの「2D格闘ゲーム」プレイヤーからは神とまで呼ばれるプレイヤーだ。ゲーセンで「ヴァンパイアハンター」の286連勝という記録を打ち立てたこともある。

「ヴァンパイアハンター」での50連勝のあと「これ強K(キックボタン)が利きませんけど」などと言い放ち。
「ウメ昇竜」という都市伝説並のプレイをし。
「ウメハラがぁ! 画面端ぃ!」「そーいうゲームじゃねえからこれ!」などと熱くことばを浴びせられる。
ネット上のウメハラが関係ない場所でも改変され、ネタとして書き込まれることも多いので、目にしたこともあるかもしれない。
なので、格ゲー界では超有名人、どのくらいかというと、イチロー、中田ヒデクラスと言ってもいい。
有志によるウメハラ応援サイトでは、動画や、名言集などがまとめられている。

冒頭に引用したプロローグ(試し読みできます)は、「背水の逆転劇」「37秒の奇跡」と言われるできごと。

2004年、世界最大の格闘ゲームの祭典「Evolution 2004」。場所はアメリカカリフォルニア。アメリカのチャンピオン、ジャスティン・ウォンがウメハラの相手。プレイしているのは「ストリートファイターIII 3rd STRIKE」。
勝負は拮抗しており、あと、1ラウンド、どちらかが制すれば決着。ウメハラの体力ゲージは、残り1ドット。「波動拳」「昇竜拳」などの必殺技は、ガードしても微量ながらダメージが通るシステム「削り」があるため、あと一撃でも攻撃をくらえば終わる……。お互い動けず、牽制していたそのとき、ジャスティンが仕掛けた。
「レッツゴー、ジャスティーン!」。
観客たちが、思わず叫ぶ。
ジャスティンも、観客たちも、「決着した」と思ったことだろう。ウメハラは違った。
「削り」のダメージをすべて防ぐ、防御方法「ブロッキング」で、ジャスティンの攻撃をすべて防ぐ、ガシッ! 防ぐ、ガシッ!! 一瞬のスキをみて怒涛の反撃。KO! 会場総立ち、割れんばかりの拍手と、歓声。感動した!(動画はコチラ

おれも、格闘ゲームは結構やるほうで、この「ストリートファイターIII 3rd STRIKE」もよくプレイしている。だけど、実戦でこんな大胆な行為はとてもできない。
なぜ、大胆か? 格ゲーをやったことある人ならわかると思うけど、基本的にガードは、あるボタンを押しっぱなしでいい。それだけで攻撃を防いでくれる。
でも、ブロッキングというテクニックは、相手の攻撃に合わせ、タイミングよく、ボタン操作しないといけない。このタイミングは非常にシビアで、必殺技クラスだと、そうそう狙ってできるものじゃない。
ジャスティン春麗が放った「鳳翼扇」という攻撃。キャラクター同士の距離にもよるが、見てからブロッキングをするのはほぼ不可能に近い。

つまりウメハラは、ジャスティンが「鳳翼扇」を放つタイミングを完全に見切り、予めボタン操作をしていた。失敗すれば、すべての攻撃を食らうという状況でだ。

この逆転劇は、格ゲーマーを中心に、ネットで大きく話題になり、対戦動画の視聴回数は全世界で2000万ビューアを超えた(エキレビ!だと、たまごまごさん杉村啓さん丸本大輔さんは知っていた、ウメファンだ。ゲームクリエイターの米光一成さんは知らなかった……)。
海外での人気も凄まじく、ウメハラは「Daigo」「The Beast」の愛称で親しまれて(恐れられて?)いる。
ファンからは「Daigo! HAHAHA あいつはクレイジーだぜ!」とか言われてる。多分、言われてる。
「翻訳本を出してくれ!」というコメントも多い。

ここぞという試合のときに、いつも伝説を残してくれる男として、ウメハラはおれたちゲーマーの憧れだった。
しかも、2010年4月、海外のゲーム周辺機器メーカー「マッドキャッツ」と契約を交わし、プロゲーマーになり、ギネスに載り。そしてとうとう本まで出した。どこまで行くんだ。


もちろんおれのゲーム友だちも、みんな買っていた。
タイトル『勝ち続ける意志力』の通り、中学生のときからゲームセンターに通い詰めた、ひとりの格ゲー好きが、どのようにして、プロになっていくか。その都度何を考えていたのか、悩み、苦しみ、すべてをぶつけている。

たとえば、「第二章 99.9%の人は勝ち続けられない」では、なぜウメハラが何十年間も、格ゲーの世界でトップに君臨することができたのか、自己分析をしている。
〈僕は子どもの頃からこれまでずっと、「どうして自分は勝てるのか」「どうしてあの人は勝てなくなったのか」を考え続けてきた。だからいまは、完璧と言えないまでも、勝敗を決するプラスの要素とマイナスの要素が見えている(略)自分の才能に頼るとか、ひとつの勝ち方にこだわるような人は、必ず落ちていく〉
これはほんとうによくある。ずっと、自分の得意な技ばかりを使ってしまうのだ。ずっと「波動拳」を使って、相手をKOするときにまで、使おうとする。形に縛られてプレイの幅が狭まってしまうのだ。

〈他人から「ウメハラの良さはここ」と言われると、それをことごとく否定し、指摘されたプレイは極力捨てるようにしてきた〉
自己分析して自分のスタイルを決めるのではなく、他人の評価を鵜呑みにして、自分の持ち味を勘違いする。当然、結果も出ないし、長続きもしない。
〈そもそも勝負の本質は、その人の好みやスタイルとは関係のないところにある。
勝つために最善の行動を探ること。それこそが重要なのであって、趣味嗜好は瑣末で個人的な願望に過ぎない〉とまで言っている。

「センスや運、一夜漬けで勝利を手にしてきた人間は勝負弱い」とも言っている。
〈僕はこれまで頭の回転が速く、要領が良く、勢いに乗っていると思われる人間と何度も戦ってきたが、ただの一度も負ける気はしなかった。それはなぜか。彼らと僕とでは迷ってきた量が圧倒的に違うからだ〉
大晦日と正月をのぞき、毎日363日格ゲーを続けてきたウメハラ。ミスをするたびに、メモをとり、どこがいけなかったのかをすぐ考える。

一番共感したのが、学生時代のウメハラだ。
「夢を持ちましょう」とだけいう、学校生活の雰囲気に嫌気がさしていた。その夢というのも決まって、野球選手や宇宙飛行士など、いわゆる憧れの職業だ。
おれも、よく教師から「夢を持ちなさい」と言われて、ケッとなっていたのを覚えている。そんなに夢を語る子どもが見たいんならお好きなだけどうぞ。
おれは絶対に夢なんか持たない、あっても話さないよ、と、卒業文集になりたくもない職業について書くなど、へんな反抗をしていた。
〈中学生の頃の僕は不安で仕方がなかった。ゲームに懸けると強がってはみたが、その道が正しいとまではどうしても信じることができなかったからだ〉
ゲームが得意だったウメハラ少年は、とうとう「ゲームの仕事に就きたい」と、誰に語ることもなかった。
〈ゲームがすべてだった当時の僕に、そんな道筋を示してくれる先生はついぞ現れなかったわけで、学生時代のほとんどが良き思い出として残っていない〉

教師や親が認めてくれないというだけで、その夢について語るのもはばかられ、あげく諦めてしまうという子どもは少なくないと思う。

「世界一」という称号を何度も手に入れているウメハラのことばは、確実に若い人たちを励まし、力づける内容になっている。
「墓場に持って行きたい」「羽生やイチロー以上の感動と興奮と刺激を与えてもらった」
Amazonレビューを見ても、絶賛の嵐だ。お前らほんとにウメハラ好きだなー!

ウメハラは日本発のプロゲーマーとして活躍している。実はおれもニコニコ動画でゲーム実況動画を上げていたのが縁で、ゲームメーカーと協力し、ゲームのプロモーションをさせてもらっている。プロゲーム実況者……と言っていいのか?
いまは、ウメハラが嘆いていたころより、ずっと世界は広がっている。
ウメハラ自身が、当時の自分と同じ環境にいる子どもたちへ、道筋を示してあげる先生になっているのだ。
(加藤レイズナ)
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