「『七実の卵』も上映しようか悩んだんだけどね、オレは嬉しいけど怒る人もいるかなって。『わざわざオールナイトに来て、コレかよ!』みたいな」
「まあね、ドMでしょうね。
『七実の卵、見たい!』って人は」
今日も赤がよく似合う幾原邦彦監督の笑顔に、冷静にツッコんだスターチャイルド池田慎一プロデューサー。

1/19にテアトル新宿で行われた「テアトル&シネリーブルAN黙示録」。『少女革命ウテナ』のオールナイトイベントだ。昨年の12/8に行われたオールナイトイベント「テアトルAN上映会カシラ」の好評を受けて実現した。新宿だけではなく、シネリーブル梅田でも開催される(1/25に参加予定の方は、ネタバレに気をつけてくださいね!)。
『ウテナ』は1997年に放送されたアニメ。
「王子様」を目指す男装少女・天上ウテナが、「薔薇の花嫁」姫宮アンシーを巡る決闘に巻き込まれていく。さいとうちほの宝塚の雰囲気を持つ絵柄、J・A・シーザーの音楽、影絵や止め絵を使った前衛的な映像表現。幾原邦彦監督を初めとして、榎戸洋司や風山十五、橋本カツヨ、月村了衛、比賀昇など、個性的なスタッフが参加している。

今回のセレクションは、「光さす庭・プレリュード(4話)」「七実の大切なもの(10話)」「死の棘(17話)」「幸せのカウベル(16話)」「みつるもどかしさ(18話)」「若葉繁れる(20話)」「悪い虫(21話)」「空より淡き瑠璃色の(29話)」の8話と、劇場版『少女革命ウテナアドゥレセンス黙示録』。
前回の「川上とも子セレクション」は、『ウテナ』のストーリーの流れを抑える11話だった。それに対して今回の「黙示録セレクション」は、個々のキャラクターにスポットを当てた話数が選ばれている。

「図らずも、七実率が高い! 4話も、10話も、21話も」と幾原監督。七実は、生徒会メンバーで金髪ブラコンお嬢様の桐生七実のこと。冒頭で二人が話していた「七実の卵(27話)」も、彼女をメインにした話だ。
「やっぱり『カウベル(16話)』ですよ! カウベルを大画面で見たいな~って」
シリアスなイメージの強い『ウテナ』にも、いわゆるギャグ回がある。カレーを食べて人格が入れ替わってしまったり、学園でカンガルーが暴れたり、女の子が卵を産んだり! 七実はそういったギャグ回のメインに据えられることが多く、幾原監督イチオシの16話もギャグ回。カウベルを首に付けたことによりウシになってしまった七実! 挿入歌は「ドナドナ」!(全39話中、ここでしか使われない)。
モ~、超シュール。
「『カウベル』を見て、最後に『アドゥレセンス黙示録』! ここ、けっこう狙ってます」
劇場版の『アドゥレセンス黙示録』は、根幹のテーマは変わらないながらも、キャラクターや世界設定、ストーリーなどがテレビシリーズとは異なっている。七実は劇場版では登場しないが、あるシーンで姿を見せる。モ~、超カワイイ。
かといって、七実ばかりが出てくるわけじゃない。さまざまなキャラクターが登場するように選ばれている。

誰もが満たされない想いを抱えている『ウテナ』のキャラクター。序盤にウテナと決闘する生徒会メンバー(冬芽・西園寺・樹璃・幹・七実)はまさにそうだ。1~13話は「生徒会編」。彼らが「薔薇の花嫁」を手に入れることで何を得ようとしているのかがわかる。4話は幹、10話は七実の話。
キャラクターをさらに掘り下げるのが、14話~23話の「黒薔薇編」。
メインのキャラクターと関係を持つ脇キャラクターにスポットが当てられる。脇キャラのドラマを描くことで、メインのキャラのドラマも描いているのだ。特に20話。ウテナの友人で、西園寺に恋する若葉が、ウテナに向かって放つ台詞がある。「お前にはわからない、わかる資格などない」。特別な人であるウテナと、特別になれなかった若葉が描かれている。

17話・29話は、樹璃と幼なじみ・枝織の関係を描いた話。この枝織というキャラクターは、のちに劇場版でモンシロチョウになったり車になったりするので見逃さないでほしい。そして最後の29話。絵コンテの橋本カツヨが髪の毛が抜け落ちるほど悩んだ画面作りに、ストーリーをわかってはいても劇場で涙が出てきてしまった。ファンの中でもベストにあげられることが多い。
どれも人気があり、なおかつ切実な(幾原監督いわく「キュンとする」)話数が集まったセレクションだ。

「幾原さん、そもそもなんで『少女革命ウテナ』を作ろうと思ったんですか?」
セレクション上映の前のトークで、池田Pが幾原監督に問いかける。
「『ウテナ』をやる前は、僕はサラリーマンだったんですよ。今はなき『東映動画』っていう会社で、『美少女戦士ほにゃらら』っていう作品のディレクターをやってて」
「ほにゃらら、ね」
「ヒット作で、五年くらい続いたのかな。そのうち僕が携わってたのがだいたい四年。で、三年目くらいかな、別の作品をやってみたくなった。『セーラームーンS』の辺りかなー」
笑いが起きる会場に、驚く幾原監督。
「えっ、今笑うところあった!?……あっ、オレ、タイトル言っちゃったのか!」

社外のアニメスタッフと交流するようになって(その中には庵野秀明監督も!)、さまざまな人と意見交換をするうちに、社外の作品も自分のディレクターの可能性としてあっていいのではと思うようになった幾原監督。けれど社内の企画の話もあり、非常に揺れた時期でもあった。一度は社内に留まろうと決意したこともあったと言う。
「『セーラームーンSS』が、馬が出てくる作品だったんですね。それで、『宇宙でロデオをする』ってアイデアを出した。白い馬にセーラームーンが乗って、黒い馬にセーラーウラヌスが乗る」
「宇宙の果てにウラヌスの花嫁が永久に眠らされてて、助け出すためにウラヌスが黒いペガサスに乗って宇宙の果てに疾走していく。でも、その花嫁が目覚めると、地球か宇宙が滅びる。だからウラヌスを止めなきゃいけない、みたいなプロットを書いてた。『宇宙の果てに眠らされてるお姫様と、救いに行く王子様』が、しばらく僕の中で眠っていた。さいとう先生の絵に会って、そのネタが復活したんじゃないかと思いますね」
オープニングの映像で、馬に乗って疾走するウテナとアンシー。劇中にはないシーンなので、二人の行く末をイメージしたものだと思っていた。あれは、宇宙ロデオが変化したものだったんだなー。
でも、「王子様がお姫様を救う」という話は、『ウテナ』とは逆。むしろそのパターンを否定するような作品だ。幾原監督の中のイメージを逆転させたのは、さいとうちほの漫画だった。
「さいとう先生の絵っていうのは、高橋真琴さんの系列の中にあるような、ちょっとレトロチックなニュアンスを持ってる。それでいて漫画の内容は、退廃的だったりモダンだったりして、そのギャップにすごく惹かれた」
「さいとう先生の作品をなぞるようなものを作っても仕方がない。先生の世界観を裏返すような、驚きのものにしたかった。個々のキャラクターの設定とか、エピソードのディテールは、さいとう先生の漫画から引用しているような部分が大きい。兄妹の話であるとか、ライバルの確執であるとか。そういう意味では、原作はさいとう先生って言っても過言ではないくらい。僕がずっと温めていたニュアンスと、さいとう先生のニュアンスが、奇跡的な化学反応を起こしたのかなと思います」

今後の展開をどどどーんと告知してくれた池田P。
まずはBD-BOX上巻(1/23発売)。DVD-BOX版を再編集した100Pブックレットには、故・川上とも子さんを偲んだコーナーが追加されており、母・川上賤子さんのコメントも寄せられている。同日にCD-BOXの再プレスも発売。
BD-BOX下巻(2/27発売)には、現在入手困難のヴィジュアルメイキングブック『アート・オブ・ウテナ』のイラストの大部分を収録した小冊子(池田Pいわく『アート・オブ・ウテナカシラ?』)がついてくる。
アニメイトでの購入特典は特製セル画。幾原監督が「セルのカーボンの褪色まで再現されてる…」と呟くほどの再現率。また、アニメイト日本橋(大阪)・名古屋・渋谷でセル画や絵コンテ展示のフェアも行われる。これは3月に開催する原画展の先出しでもあるとのこと。
グッズ方面でも新たな動きが。先日のコミックマーケット83でチュチュのぬいぐるみが発売されたが、今度は「薔薇の刻印」(デュエリストたちが嵌めている指輪)の復刻も調整中!
「3月のウテナ原画展もよろしくね。ここでも…なにかあるかもね」と不敵に告げた幾原監督と池田P。15年間追い続けてきたファンも、ニコ生で新しく『ウテナ』を知ったファンも……ベイビー、ウテナ貯金が火を噴くぜ!
(青柳美帆子)