ヤン・イクチュンの新作映画『しば田とながお』は、映画界で注目されている映画製作ワークショップ・シネマ☆インパクトの企画の一貫で生まれた作品。
第2弾となる今回は、ヤン監督のほか、『ぐるりのこと。
2012年の東京(新宿)を彷徨う男と女は、ありふれた恋人のようにも映るし、何かもっと深いものを抱えたようにも映る。見る人によって様々なイメージを喚起させ、2012年韓国のアシアナ国際短編映画祭 最優秀国内作品賞と2013年ロッテルダム国際映画祭に選出されている。
ヤン監督は、ビビッドな感情をとても大事にしているクリエーター。インタビュー後編では、異国から見た3.11東日本大震災についての思いも伺います。
ーーしば田役の柴田千紘さんとながお役の長尾卓磨さんの演技はいかがでしたか?
「役者は様々な感情を表現する存在なので、自分の壁を壊す必要があります。柴田さんと長尾さんがこの撮影を通して自分の中の壁をどれくらい超えたかはわかりません。撮影期間が2日間ととても短かったので難しいですよね。でも、その短い時間で映画を作ることは、監督の僕にとってもそうだったし、役者にとってもいい経験になったと思います」
ーーヤンさんは表現の引き出しをどのように作っていますか?
「自分が商業映画の現場で演じながら感じることがあるのですけれど、例えば相手を叩くシーンは韓国人はすごくうまいんですよ。日本の役者は遠慮があるのかな? 叩き方が弱いんです(笑)。韓国の場合は、アクションが大き過ぎて問題になることもありますが(笑)少な過ぎるのも問題です。フランス人の表現も興味深いです。
ーーそれは日本人として残念です。
「それは違います(笑)。自分の恋愛経験の中で、女の子がそういう皮肉めいたことを言う子だったんです。自分が言われたようなことです(笑)。今、表現についていろいろ言っている僕も、10〜30代前半は受け身的で、自分の内包する感情を外に出すことを恥ずかしく思っていて、そういう壁を芝居をすることで少しずつ壊していったのだと思います。もう、ながおのようには生きたくない(笑)」
ーー『息もできない』で監督はご自身のすべてを出し切ってしまって、昨年のシネマ☆インパクトの講義では、次回作を撮るモチベーションを探しているところと言っていましたが、今は気持ちが溜まりましたか?
「まだわからないですが、前に比べるとすごく良くなっています。新しいトライをする時期が来たとは思います。何ヶ月か前まではトライすることすら考えられなかったのが、今はエネルギーが溜まっているというか、自分の中が新しく変わっている気がしますね」
ーーそれは『しば田とながお』を撮ったことがきっかけになっていますか?
「たぶん、それもあります。ただ、まあ、人間はひとつのことにだけ影響を受けるわけではなく、常にいろいろな影響を受けて変化していますよね。例えば、今、こうしてインタビューしている時も、質問の言葉だけに影響されているのではなく、インタビュアーの目やペンをもつ動作など細かいところに目がいきます。取材場所の照明の色やまわりの人の声なども。それらすべての要素に影響されて話すことも変わっていきます。日常も同じです。
ーー昨年の夏はかけていることも多かったですね。
「あれ、なんの話からこんな話になったのかわからなくなってしまいました(笑)」
ーー最後に、しば田が公園で水道水を飲む時、3.11を思わせる台詞がありました。
あの台詞を書いたお気持ちを教えてください。
「震災と原発事故はほんとうに悲しい出来事です。僕は日本に来日するたびに、すごくいい気をもらっていますし、震災でたくさんの方が亡くなったり生活の場を失ったりしたことに胸を痛めています。最初、ニュースを聞いた時、改めて自分にとって日本の大切さを感じました。その思いというのは、僕の家族に対する思いに似ています。非常に個人的なことですが、田舎に住んでいる母方の叔母がいつも自家製の辛みそをおくってくれて、家族でおいしく食べるんです。その叔母が高齢で足を悪くしたので手術をした時に、家族で『おばさんがもっと年をとって亡くなったら、辛みそはどうするんだ?』って話になったんです(笑)。
ーーすごくいいお話の後で申し訳ないのですが、「しば田」さんをキャスティングされたのは『息もできない』に頻繁の登場した「シバラマ」(人を罵る言葉)を連想させるからですか?
「(爆笑)違います! でも、そういうふうに思ってもらってもいいですよ(笑)」
(木俣冬)