テレビ東京でオンエアされ、現在もBSジャパンで日曜夜23:30〜オンエア中のドラマ『まほろ駅前番外地』(DVD BOX&Blu-ray BOXは5月24日発売予定)。
瑛太と松田龍平扮する便利屋が奇妙な依頼に出くわしていくストーリーの中に、「秘密の蝋人形、引き取ります」という回がある。


この回にはある金持ちの老人が亡くなった愛人に似せて作らせたという蝋人形が登場するが、グラマラスな身体のラインやツヤやかな唇、悩ましげな表情など、まるで動き出しそうに生々しく、美しい。実はこの人形はドラマのために作られた小道具ではなく、ある蝋人形師の兄弟が40年ほど前に手掛けた作品だ。ドラマの中で唐十郎が演じた蝋人形師のモデルにもなっている作者のひとり、松崎覚さんを訪ねて、リアルな蝋人形が生まれる背景について聞いた。

ヒッピーが多かった60年代に、働かない生き方に憧れてアフリカや南米、中東などを放浪していたという松崎さんは、日本で彫刻家として活動していた兄の二郎さんに個展の手伝いを頼まれて帰国。2人で作品制作をしていたが、あるときに某企業のオーナーから「京美人や博多美人など、日本の美女の像をシリーズで作ってほしい」と依頼があった。各地の女性の微細な肌の質感の違いを表すため、ブロンズなどさまざまな素材を検討したが、一番適した素材としてたどりついたのが蝋だったという。


「栗みたいな木の実や椿の葉っぱ、カブトムシだとか、ツヤツヤしているでしょ? この生き物や植物のツヤが出せる成分を抽出したものが蝋なわけ。蝋は生き物の美しさを再現するのに適した素材なんだ。作品でも、その人物の肌の質感に合わせて昆虫蝋や木蝋など配合を変えて作っているよ。日本人なら蜜蝋、欧米人なら石油素材の蝋を使うことが多いね」

その仕事をきっかけに、本格的に蝋人形作りのキャリアをスタート。しばらくは主に二郎さんが企画、松崎さんが制作を担当していたが、二郎さんは制作活動を辞めて世界各地を放浪したのち、パリで画廊を経営。現在はタイと日本を行き来しながらおもしろおかしく暮らしているそうだ。
松崎さんは1984年に独立して「蝋プロ」を設立。現在、蝋人形師を名乗って国内で仕事をしているのは松崎さんのみだという。

蝋人形の制作工程は、存命の人物であれば直接顔型を取ったり写真を撮り、それをもとに粘土の原型をおこしていく。この原型で型を作り、そこに色の付いた蝋を流し込むのだが、一色の蝋で作ってあとから着色するのではなく、耳や口などは何度か色の違う蝋を重ねて流し込むことで自然な肌合いを表現するのだそうだ。よく見かける、のっぺりとした蝋人形と松崎さんの人形の違いはここにある。それから細部を掘り込み、髪の毛などや産毛などを植え付けていく。


歴史上の人物を作る場合は、写真をなるべくたくさん集めるという。誰もがよく知る時代のものはもちろん、子供時代のものも用意して、そのイメージを統合する。さらに著書などの文献を読みこなしていく。

「制作期間は一体につき半年くらい。半年間ずっと写真を見て、本を読んでいるうちに、そいつが表現しようとしていたものがだんだんわかってくるというか、そいつの思考が自分にも乗り移って来るというか。しゃべり方まで、なんとなくそのイメージになってくるんだよ。
最近太宰治を作ったんだけど、太宰なら、写真撮られるときにはやたらカッコつけてるけど、他人からどう見られるかということをすごく気にしている人間。自分を絶えず情けないと思っていて、そこから逃れるために女性と自殺未遂をしたりして、でもその恋愛にものめり込めずに、情けない自分を毎日見つめながらいい加減に暮らしていた。だから私も、今はいい加減に暮らしているよ」

どこまで本気かわからないコメントも飛び出すが、飄々と制作を続ける中でも、作業における“自分ルール”があるという。

「作る時には15分以上集中しない。制作にのめり込みすぎずに客観的な視線で、人形を360度からぐるっと見ながらちょっとずつ作っていくんだよ。合間に庭の雑草を抜いたりしてね(笑)。
人形を“作ってやろう”という気持ちではなく、自分がとらえたその人物のイメージを信用しすぎないこと。ニュートラルな気持ちで作ったものは、ある意味、本人が表現しようとしていること、していたこと以上のものを伝えることがあると思ってる。人間とは不可解なもの、わかるようでわからないものだから、その人物を上手く表現しきれずに悔しく思うこともある。一から作り直すこともしょっちゅうだよ」

作品の依頼は蝋人形館での展示用などさまざまだが、冒頭に出てきた蝋人形のように個人からの依頼もあるのだという。

「その人個人の人形の場合もあるし、別れたり亡くなった女房や、亡くなった子ども、中には結婚して出て行った娘をモデルに……なんていうケースもある。ほかに変わったところでは、男性や女性の局部だけを何体も作ったことがあるよ。
依頼者は金持ちの老人だったんだけど、一体ずつ詳細なイラストを送ってきて、それをもとに作ったんだ。こういった作品が、依頼者が亡くなったり保管しておけなくなって、うちに返されるケースがあってね。ドラマの人形は、昔のミスユニバースだった児島明子をモデルに作ってほしいと頼まれたものだったんだけど、その方が亡くなってからやっぱり戻ってきて、今は写真家の都築響一さんのコレクションになってるよ」

松崎さんが作った作品は国内外から高く評価されていて、実は海外の著名な蝋人形館などにも展示されている。しかし、その作品には複製を避ける意図もあり、ほとんど名前がクレジットされていないという。

「絵画や彫刻にはたいてい評論家がいて、見ている人の印象がその評価や意見に左右されちゃうことが多いでしょ? モディリアーニの絵なら“あのうつろな目に、見ているこちらが心を見透かされているようです”とかね。でも蝋人形なら、老若男女誰もが自分の目で見て“似てる”“似てない”と自分の意見をいえる。わかりやすいんだよね。で、ほかのアートなら誰の作品か、本物なのかが重要視されるけれど、蝋人形は誰が作ったかということはあまり問題にされないんだ、残念ながら(笑)。アートには作品と見る人間の間に相互関係がないといけないと思うんだけれど、絵画や彫刻だとそこに評論家も入り込んだ三角関係になっちゃうことが多い。蝋人形は、作品と見る側とがもっともいい関係にあるアートだと思ってる」

現在手掛けている最新作はアインシュタインだそうだ。本人もお気に入りだったという、舌を出した写真などたくさんの写真を見ては、物理学者、哲学者、作家などマルチに生きた人生を見つめ、相対性理論の原理に思いを馳せる。
「半年後に取材されたら、アインシュタインの影響でもっと論理的に話せるかもしれないね」
と笑っていた。
(古知屋ジュン)