目玉はこれ!

池谷(いけがや)裕二×中村うさぎ『脳はこんなに悩ましい』(2012→新潮文庫/親本Kindle)。
東大薬学部の池谷裕二先生の本は出るたびにおもしろいし、生きるのが楽しくなる。
脳・自意識・遺伝子をキーワードに、このふたりが性や宗教などの行動・文化を縦横に語り合っている。
おもしろい実験結果や仮説がいろいろ紹介される。ひとつだけ紹介しておくと、
〈薬指に比べて人差し指が短ければ短いほど、ペニスは大きい〉
というデータが、近年の調査で出ているとのこと。
(Choi, IH et al., Second to fourth digit length : a predictor of adult penile length, Asian J Androl, 13:710-714, 2011)
この話をしてる数ページ前では、目を閉じたうさぎさんの腕に池谷先生がバイブレーターを当てている写真があって、これはなんの本だ?と思います。
じつは中学生くらいで読んどくと絶対いい本(自意識のこじらせを最小限にとどめてくれそうという意味で)だと思うんで、本書がお子さんの本棚にあったら安心してください。
関連本としては、脳と心についてはスタンフォード大医学部の睡眠・生体リズム研究所客員教授西多昌規(にしだまさき)さんの『悪夢障害』(幻冬舎新書/Kindle)、宗教については島田裕巳『ブッダは実在しない』(角川新書/Kindle)が目を引く。

とくに前者は、悪夢が続いて睡眠に支障をきたすのは鬱の前兆だという可能性を示唆してます。読むが吉。
「川辺のザムザ」!
奥泉光の短篇連作形式による長篇小説『虫樹音楽集』(2012→集英社文庫/親本Kindle)が文庫化した。僕は以前この親本を《文學界》で書評した。

前衛ジャズとカフカの『変身』を題材に、幻想小説や小松左京『日本アパッチ族』(ハルキ文庫/角川文庫Kindle)ばりの未来小説など、多数のモードで書き分けられた作品です。
最初の1篇の題が「川辺のザムザ」なので、まるで出落ちみたいに見えるが、そうではないので安心して読んでほしい。おもしろいから!
佐川光晴の連作短篇集『家族芝居』(2005)が『あたらしい家族』(集英社文庫)として文庫化された。
今回初めて知ったけど、人気のヤングアダルト作品『おれのおばさん』(集英社文庫/Kindle)シリーズはここから派生してきたらしい。遡って読むことにします。

南京大虐殺を題材とした堀田善衛『時間』(1955→岩波現代文庫)は以前は新潮文庫で出てた。再文庫化で入手容易となったのはめでたい。
佐藤秀明編『三島由紀夫の言葉 人間の性〔さが〕』(新潮新書)は、通常の新書カヴァーの上におなじみ新潮文庫の白地にオレンジとグレーの文字の特別カヴァーがかかってる。

他に文学関係で気になったのは
・平野啓一郎『空白を満たしなさい』(2012→講談社文庫、上巻・下巻親本Kindle)
・藤沢周『波羅蜜』(2010→光文社文庫)
・町田康『スピンク合財帖』(2012→講談社文庫/親本Kindle)
・安藤宏『「私」をつくる 近代小説の試み』(岩波新書)
・山折哲雄『「歌」の精神史』(2006→中公文庫)

ノンフィクション5点
加地伸行『儒教とは何か 増補版』(1990/2015。中公新書)は、25年前に出て日本人の儒教観に衝撃を与えた本の増補版。

ちなみに蛭子能収『蛭子の論語』の元ネタとなったのが、この加地先生訳の『論語』(講談社学術文庫)と、加地先生が書いた入門書『論語』(角川ソフィア文庫《ビギナーズ・クラシックス 中国の古典》/Kindle)だった。
この秋からハイデガー『存在と時間』の新訳が光文社古典新訳文庫で出始めたのが嬉しいが、そのタイミングで仲正昌樹『ハイデガー哲学入門 『存在と時間』を読む』(講談社現代新書/Kindle)が出た。

齋藤孝『考え方の教室』(岩波新書)は、思考にもストレッチやエクササイズが可能だし必要だと説く。
山崎正和『装飾とデザイン』(2007→中公文庫)は細野綾子のカヴァーが素敵。原田勝正『駅の社会史』(1987→中公文庫)は夏目漱石や内田百けん(けん=門がまえに月)も出てきて、日本文学ファンにも興味深いはず。

以上、ほぼ週刊「千野帽子のむくどり文庫速報」でした。お買物のご参考になれば幸甚です!
(千野帽子)