局部は見せても鼻毛は見せない。たけしに勝つためには生放送で脱糞も試みる。
鶴瓶の“伝わらないスゴさ”を、膨大な発言の引用や、家族、師匠、芸人との関係等から見事に解き明かした『笑福亭鶴瓶論』(新潮新書)。その著者の戸部田 誠さん(ペンネーム:てれびのスキマさん)に、笑福亭鶴瓶という人間の奥深さと、我々がその生き方から学ぶべきことは何なのか、話を伺った。
芸能史の重要な場面にはいつも名脇役として居合わせている
――本書の前書きでも書かれていましたが、鶴瓶さんは大御所の芸能人にもかかわらず、その凄さが伝わりにくい人ですよね。僕も10年以上前に『笑っていいとも!』を見ていた頃は、「この人が話すと番組の流れが止まるよなぁ……」とよく思っていた記憶があります(笑)。
戸部田 よく「話が長い」と言われていましたよね。鶴瓶さんって、「誰が芸人で最強か?」という論争をしても、よっぽどのマニアじゃないと名前を挙げない人なんです(笑)。でも実は、「この人は誰にも負けてはいないんじゃないか……?」とも思える部分もあって。
――本の中では、松本人志さんが鶴瓶さんについて「仙人みたいな人」「ボッコボコにすんねんけど勝った気がしない(笑)」と評した言葉も紹介されていましたね。戸部田さん自身も最初は鶴瓶さんの凄さに気付いていなかったんですか?
戸部田 「この人はなんでこの立ち位置にいられるんだろう?」と不思議に思っていました。それは、僕が大阪時代の鶴瓶さんの凄さを知らなかったのも大きいと思います。『鶴瓶上岡パペポTV』(読売テレビ 87年~98年放送)も、僕の住んでいた地域だとたまに放送されている程度だったので。
――それが「この人もしかしたら凄いかも」と思うようになったのは?
戸部田 番組では『鶴の間』(日本テレビ 2005~2006年放送)がきっかけですね。毎週ゲストの芸人さんを迎える番組なんですが、鶴瓶さんは誰が来るのか本番まで知らされず、会ったその場で漫才をするんです。それでも鶴瓶さんは、途中から漫才の文法をしっかり取り入れて、ホントの漫才にしてしまう。まず、その芸の技術が凄いと思いました。それから鶴瓶さんに注意して芸能史を見ていくと、「この人は芸能史の重要な場面にいつも名脇役として居合わせているんだな」と気づきました。
――芸能史の重要な場面というのは?
戸部田 象徴的なのは、『笑っていいとも!』の終了を発表した放送の現場にいたことですよね。自分が出演していない曜日の放送に乱入して、タモリさんに「『いいとも!』終わるってホンマ?」と聞いたという。タモリさんは鶴瓶さんを「生放送の面白さをもっとも体現できる人」だと思っていて、あえて重要な場面に鶴瓶さんを呼んだんだと思います。
――タモリさんにとっても、鶴瓶さんは特別な思い入れのある出演者だったんでしょうね。
戸部田 そうでしょうね。鶴瓶さんが『いいとも!』のレギュラー出演をやめると言ったときも、タモリさんは留意しています。普段タモリさんは、そういうことは本人に任せるタイプの人なので、やはり特別な信頼感があったんだと思います。
ファンの差し入れは目の前では食べる 見てないところでは食べない!
戸部田 あと鶴瓶さんは、フリートークで自分の私生活を相当につまびらかに話しているんですが、それも何気なく見てると気づかないんですよね。でも注意して見てみると、その話がすごく面白いし、芸人として異質な感じがするんです。
――どこがほかの芸人さんと違うんでしょうか?
戸部田 「日常生活をきちんとすること」に異常にこだわっている部分ですね。「普通でいよう、普通でいよう」と意識している部分が、逆になんか異常な印象なんです。例えばタモリさんは、本当に何も意識せずに自然な佇まいでいられる人だと思うんですが、鶴瓶さんはバリバリ意識した結果として普通でいる感じというか(笑)。
――鶴瓶さんは「家をきれいにする、約束を守る、お礼の手紙を書く」といった基本的なことを大事にしている人だそうですね。
戸部田 ファンの人にもちょっとした贈りものをして、それが届いたかどうか確認の電話もしちゃうような人なんです。だからこの本を出した後も、僕のところにも電話をしてくれました。本が出た後、鶴瓶さんのもとにも「こんな話が書いてあって感動しました」といった感想が届くそうで、「それを『きらきらアフロTM』で話すから」とわざわざ伝えてくれたんです。でも、感想で届くのはどれも鶴瓶さん本人のエピソードだなので、「全部知ってんねん!」って笑ってました(笑)。
――ちょっとした電話にもオチをつけるのが鶴瓶さんらしいですね(笑)。「日本で一番サインをしている男」という話も本の中にありましたが、自分と関わった目の前の人の一人ひとりを大事にするのも、鶴瓶さんの信条なんでしょうね。
戸部田 そうですね。
――そういうファンに対する優しい振る舞いを何十年も続けてきて、「俺、ホンマにどんな性格かわからんようになってもうた」って言ってるところも面白いですよね。あの、見るからに「いい人っぽい」雰囲気が、努力の結果つくられたもので、それが今や自然になっている……というのが凄いというか。あと、新幹線に乗る直前にファンの人からもらったおにぎりを、その人の前ではしっかり食べて見せつつ、新幹線が発車したら食べかけのまま閉まっちゃう……という話に爆笑しました(笑)。
戸部田 だからファンの人に喜んでもらうにも、「パフォーマンスとして人が喜ぶことをしている」という意識があるんだと思います。また、それを正直に話しちゃうのも凄いですよね(笑)。きっと「単なるいい人と思われたくない」という気持ちもあるんだと思います。
仕事よりも家族を大事にする生活は「芸人らしい生き方」への反発から生まれた?
――この本では「スケベ」というキーワードを軸に鶴瓶さんを考察していますよね。
戸部田 僕が一番好きな鶴瓶さんの言葉が「人見知りしない。時間見知りしない。
――そういう鶴瓶さんの人柄は、どうやって作られたんでしょうか。
戸部田 幼い頃からの両親や兄弟の影響も、長屋育ちという環境も大きかったでしょうね。あと、師匠の笑福亭松鶴さんの影響も大きいものがあると思います。鶴瓶さんも学生時代は非常にヤンチャだったんですが、松鶴さんは「芸には人が出る」と話して、鶴瓶さんに「とにかく日常をしっかりしなさい」と教えた人なんです。また奥さん影響も大きいと思います。僕がこの『笑福亭鶴瓶論』を書いていて一番ぐっときたのは奥さんとの話で。本当に朝ドラにしてほしいくらい好きなエピソードが多いんです。鶴瓶さんの奥さんは鶴瓶さん以上に貪欲さがある人で、この2人が夫婦だからこそ、今の鶴瓶さんがあるんじゃないか……と思いますね。
――そんな鶴瓶さんも、若い頃は家族より仕事を優先していたそうですね。
戸部田 そうですね。鶴瓶さんは先輩芸人からも気に入られる人なので、酒の席にもどんどん呼ばれて夜遊びをしていました。いわゆる昔ながらの芸人さん的な生活をしていて、それで奥さんを泣かせていた時期もあったみたいです。
――それが30歳を過ぎてから、家族優先にガラッと変えたんですよね。今では「仕事より家族」という男性も多いと思いますが、鶴瓶さんの若い頃は珍しかったんじゃないかと思いました。
戸部田 たぶん芸人仲間から笑われることもあったと思います。でも、鶴瓶さんは笑われても気にしない。鶴瓶さんは柔らかい人柄というイメージがあると思いますが、本当は反骨の人だと思うし、いわゆる「芸人らしい生き方」に対する反発から、今のような生活をしている部分もあると思います。固定観念でいいとされているものを全部疑ってかかって、自分なりの答えを出していく人なんですよね。
今でも照れるほど奥さんを愛し2人の海外旅行の前に下見をすることも
――奥さんとの関係についても、最初の純な気持ちは続かないからお互いに努力をしている……というのは本当にいい話だなと思いました。あの柔らかい人柄のイメージも、奥さんとの円満な関係も、努力の末に作られているものというのも凄いというか。
戸部田 意識しないと愛情は維持できないとか、2人きりで過ごして喋ることをクセにしているということも、鶴瓶さんは言っているんですよね。それは理解はできても、なかなか実践できることじゃないと思います。結婚したら相手が空気みたいな存在になってしまった……という話がよくありますが、絶対にそうしないと。また、子供ができても「子供が主役」ではなく、家族関係では奥さんが優先だとも言っています。
――その夫婦関係の考え方って、よく考えるとすごく日本人離れしていますよね。「今でも照れまんねん。嫁はんの前で」という言葉とか、なかなか日本人で言う人いないと思いました。
戸部田 奥さんが韓流アイドルにハマったら、自分で現地を下見してまでして韓国旅行に連れて行ったりしているんですよね。あの忙しさの中で、そのバイタリティーがあるって本当に凄いと思います。
――相手が家族でもファンの人でも、鶴瓶さんは「人のために時間を使うこと」を惜しまない人なんですね。
戸部田 本当にそうですね。鶴瓶さんは奇跡的な出会いを何度もしている人なんですが、それは誰よりも多くの人に会って、多くの場所に行って、人のために時間を使っているからなんです。だから確率論的に、奇跡的な出会いが多く起こるというか。完全に真似することはできなくても、少しでも真似することができれば、それだけ人生が豊かになる生き方だと思います。
――本の中にも「縁は努力」や、運がいいということは「ぼたもちが落ちる位置にいること」という言葉がありましたが、それだけ数を打っているから成功できている人なんですね。
戸部田 あと、ものの見方ですよね。たとえ悪いことが起きたとしても、鶴瓶さんはそれを「おもろいこと」として捉える。面倒な人と出会っても、それを嫌だと思わない。嫌な体験も「おもろいこと」として捉えていくと、どんどん縁がつながっていくんだと思います。
――普通の人にも真似しようとできる生き方ですよね。戸部田さんも影響を受けたことはありますか。
戸部田 ありますね。それこそ鶴瓶さんから「このあとに『きらきらアフロ』で本の話をするから」と電話で言われたときに、「これは『収録現場に来るなら来ていいよ』ってことかな?」と思って、現場に行ったんです。それまでの僕だったら、「でも迷惑かな」と思って行かなかったと思うんですが、「今こそ鶴瓶イズムだ!」と思って、すぐにマネージャーさんに電話をして。そうしたら、快く迎えてくれました。やっぱり自分から行動しないと何も始まらないし、「自分が好意を持って接すれば相手も喜んでくれるはず」とポジティブに考えて行動すると、いいことが起こるんだなと実感しました。
――そう考えると、鶴瓶さんはあらゆる人間を信頼しているからこそ、相手に惜しげもなく好意を示せるし、積極的に行動できる人なのかもしれませんね。
戸部田 そうでしょうね。あと鶴瓶さんって、ほかの大御所芸人さんと比べても、一番自分に自信がある人だと思うんです。幼い頃から近所のコミュニティでは主役だったし、学校に行けば一番の人気者で、みんなから頼られてきた。芸能界に入っても、入門から4日目で仕事が決まっていて、そこから仕事が途切れていない。そういう意味では、今の芸能界でも一番エリートな芸人さんなんですよ。だから自信失いようがないというか。
――しかし、こうやってお話を伺っていくと、鶴瓶さんの凄さがいろいろと分かってきた一方で、謎はさらに深まった感じがしました(笑)。あと最初の「どの芸人が最強か」という話も、やっぱり鶴瓶さんが最強なんじゃないかと思えてきますね。
戸部田 そうなんですよね。鶴瓶さんが勝つイメージはあまりないんですけど、相手に打ち負かされるという感じもないというか、結果的に勝っちゃっている感じなんです。
(古澤誠一郎)