9月から放送されてきたNHK総合の土曜ドラマ「植木等とのぼせもん」が、10月21日、ついに最終回を迎えた。前回、植木等の付き人を務めてきた小松政夫は、晴れて独り立ちが許された。
最終回では、すっかり人気者になった小松と、クレージーキャッツから離れて活躍するようになった植木のその後が描かれた。
「植木等とのぼせもん」最終回。植木がクレージーキャッツの呪縛から吹っ切れる。サヨナラ、サヨナラ
クレージーキャッツのメンバーの最後の出演映画となった「会社物語 MEMORIES OF YOU」(市川準監督、1988年)。植木がクレージーに参加して、このとき31年が経っていた。すでに芸能界を引退していた石橋エータローも写真で登場する

紅白のステージに向かう師を、弟子が送り出す


1977年に舞台『王将』に主演した植木(山本耕史)。楽屋へ久々にあいさつに訪れた小松(志尊淳)が、母親のハツエ(富田靖子)を初めて植木に引き合わせる。そのとき、母に乱暴な口を聞く小松を、植木がたしなめると、居合わせた植木の父・徹誠(伊東四朗)が「息子はいつまで経っても息子ですな」と笑いながら母に声をかけた。

「スーダラ節」の歌詞に違和感を抱きつつも、無責任男のキャラクターで一世を風靡した植木は、50歳にしてようやくシリアスな役を演じるようになった。しかし、そんな彼に、徹誠は「おまえはさ、無責任やっていたときのほうが本当のおまえだったのかもしれないな」と意味深なことを言い残し、まもなくしてこの世を去る。

このあと、小松と旧知の人々のその後が描かれる。かつての片思いの相手、みよ子(武田玲奈)は、親友の元俳優・久野征四郎(中島歩)と結婚し、スナックを構えていた。小松が高倉健主演の映画「居酒屋兆治」に出演し、植木が黒澤明監督の大作「乱」に抜擢された1980年代半ばのことだ。

場面は移り、1986年。病床にあった事務所社長・渡辺晋を植木が見舞う。そこへハナ肇(山内圭哉)らクレージーキャッツの面々とザ・ピーナッツの二人(鈴木みな・まりあ)が集まり、しばし同窓会のように盛り上がった。このあとすぐ渡辺は死去、お別れの会でハナと植木はまた顔を合わせる。
植木はこのころ、レコード会社から往年のクレージーのヒット曲を再び歌う企画を持ちこまれていた。しかし、あの時代の曲はクレージーあってこそと気兼ねする植木に、ハナは遠慮なく歌うよう強くすすめる。

会が終わったあと、小松と二人きりになった植木は、父と渡辺を失い、どうしたらいいのかわからないとぼやく。ここで小松からも再び歌うことを熱望されるも、「植木等はもうお呼びじゃないんだ」と頑なにつっぱねる。

だが、後日、自宅で植木が昔の雑誌記事をめくっていると、妻の登美子(優香)が、ふと、渡辺晋が彼について語っていたという言葉を伝える。それは、「20年後も、30年後も、きっとみんなはあなたの話をする。たとえあなたがこの世からいなくなっても、あなたはみんなの心に生き続ける」というものだった。きっと小松も同じことを伝えたかったはずだと登美子から言われ、植木はようやく決意を固める。

こうして、植木による往年のヒット曲のメドレー「スーダラ伝説」は世に出て、大ヒットとなる。その年(1990年)の紅白歌合戦にも出場が決まった。大晦日の朝、小松は植木の家へ迎えに来ると、独り立ちして以来、20数年ぶりに付き人となってクルマを出す。いよいよ本番が来て、「親父さんは太陽です。
みんなを照らす太陽なんです」
と言って送り出す小松に、植木はおなじみの高笑いで応じ、「植木等はそうでなくっちゃな」とステージへと向かうのだった――。

植木が一人で勝負を賭けた「スーダラ伝説」


渡辺晋の見舞いのため、クレージーキャッツの面々が久々に集結するシーンに、ふと映画「会社物語 MEMORIES OF YOU」を思い出した。

1988年に公開されたこの映画では、ハナ肇演じる定年間際の冴えない中年管理職を主人公に、彼が昔からの夢だったジャズバンドを、ほかのクレージーのメンバー扮する会社の同僚たちと結成し、退職する日に演奏会を開くさまが描かれた。ちなみに同作で植木等は守衛の役で、若い妻がいるという設定だった。

クレージーのメンバーは翌年も、この映画と同じく市川準監督によるJR東海の東海道新幹線のCMに出演している。ただし、植木だけは出ていない。メンバーのひとり、犬塚弘によれば、植木は列車内での撮影に、当日の朝、遅刻して参加できなかったという。ただし、犬塚はあわせてこんなことも書いている。

《植木が本当に乗り遅れたのか、あるいは意図的に来なかったのか、真相はわかりませんが、おそらく『会社物語』のときは「もう一回だけ付き合う」という気持ちだったのかもしれません》(犬塚弘・佐藤利明『最後のクレイジー 犬塚弘 ホンダラ一代、ここにあり!』講談社)

どうやら植木はこのとき、一人で勝負したいと考えていたらしい。犬塚はまた、この数年後に「スーダラ伝説」の企画が持ち上がったとき、植木が「ソロでやらせてほしい」とプロデューサーに言ったそうだとも述べている。

このように、植木等がクレージーキャッツという呪縛から吹っ切れ、個人としてふたたび脚光を浴びるまでの過程を、ドラマはかなり脚色していたとはいえ、物語の締めくくりとしてうまく描いていた。

昭和を舞台にしながら普遍的な父子関係を描く


今回のドラマでは、植木が亡くなるまでを描くのではなく、「スーダラ伝説」で新たな門出を迎えた植木を、弟子の小松が見送るというじつにすがすがしいシーンで幕を閉じた。

サブタイトルも初回が「誕生 スーダラ節」で、最終回が「スーダラ伝説」と、きれいにまとめた。
このドラマを全編通してまとめるなら、「スーダラ節」的な生き方に対し、常にどこかで違和感を持っていた植木等が、最後の最後で折り合いをつけるまでの軌跡とでもなるだろうか。そこでは、以前にも書いたように、植木徹誠・等という実の父子関係と、植木等・小松政夫による擬似の父子ともいうべき師弟関係と、二つの“父と息子”の関係が軸となっていた。

現在のテレビドラマで、父と息子の関係を真正面から描くことはきわめて難しくなっているように思う(70年代の「寺内貫太郎一家」に出てくる親父など、いまならDVと言われかねないだろう)。そのなかにあって「植木等とのぼせもん」は、昭和の時代を舞台にしながら、普遍的な父子関係を描こうとしていた。“息子”の立場にあたる小松政夫役の志尊淳はまったく昭和の顔ではなかったが、「頼りないけど、やればできる子」といった雰囲気の彼が奮闘しながら成長していく姿は、若い視聴者には感情移入しやすかったのではないか。

「植木等とのぼせもん」で植木徹誠に扮した伊東四朗は、ほぼ同時期に、テレビ朝日のドラマ「黒革の手帖」で政財界の黒幕を演じ、植木等役の山本耕史も目下、同局の「トットちゃん!」に黒柳徹子の父親役で出演中だ。いずれの役も父もしくは父性を感じさせるという点で、両者が「植木等とのぼせもん」で演じた役と共通するものの、キャラクターはまったく異なる。それを伊東と山本はどう演じ分けるのか、各作品を見比べたりしつつ、おおいに楽しんだ2ヵ月間だった。

昨年の「トットてれび」以来、NHKの土曜ドラマの枠では、昭和の芸能人ものが続いているが、はたして次にとりあげられるとしたら誰になるのか。そのあたりにも期待を込めて、最後にお約束のあれを。ではまた、どこかでお会いしましょう。サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ(あー、淀川長治の一代記なんてのも面白そうだなァ……)。

(近藤正高)
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