「大人になったら、ムツゴロウ王国で働きたい」

小学生の時、こんなことをいう同級生がクラスに一人はいたものです。
振り返ってみると90年代、ムツゴロウさんは子供たちにとってのアイドルでした。
彼の存在を広く世に知らしめたのは、いうまでもなく『ムツゴロウとゆかいな仲間たち』です。

フジテレビ系で1980年から2001年にかけて放送されていた同番組は、ムツゴロウこと畑正憲の特異なパーソナリティーと一代で築き上げた王国の魅力をあますところなく喧伝。「ペットなんか飼っちゃダメ」。このようにお母さんから言われて、泣く泣く犬や猫といった動物の飼育を断念せざるを得なかった少年・少女たちにとってムツゴロウさんは、今でいうYouTuberのような、何物にも縛られず好きなことで生きているヒーローでした。

そのちびっ子たちへの影響力の大きさは、当時、虫や花の写真がプリントされた「ジャポニカ学習帳」よりも、ネコ・イヌ・キツネなどの可愛らしい動物が目印の「ムツゴロウ学習ノート」が主流だったことからも分かるというものです。

しかし、「好きなことで生きていく」のも、決して楽ではありません。
ムツゴロウさんにしても例外ではなく、一見、気の向くままに動物とじゃれ合うピュアなおじさんのように見えますが、実際は何人もの従業員を抱える「王国」の経営者なのです。キレイごとだけでは済まされないビジネス上の修羅場をくぐっていても、何ら不思議ではありません。

そんなビジネスパーソン・ムツゴロウの大変さを一般へ認知させたのが、今から10年前に起こった『東京ムツゴロウ王国』の破たん劇でした。

ムツゴロウさんは住んでいなかった『東京ムツゴロウ王国』


都会の人々に動物にふれあってもらいたい‐

そんなコンセプトのもと、『東京ムツゴロウ王国』は2004年7月28日に完成。北海道にある元祖・ムツゴロウ王国といえば、ムツゴロウさんをはじめとした王国住人が動物と共棲する施設としてお馴染み。釧路総合振興局東南部に位置する「浜中町」という小さな町にあることも手伝って、浮世離れした趣がありました。

しかし、東京ムツゴロウ王国の所在地は東京サマーランド内。
しかもムツゴロウさんはそこに居住しておらず、実質的な運営を握っていたのは、別の会社でした。

犬・馬・猫などがちらほらいるだけだった


それでも、園内施設が充実していればまだ良かったのですが、アトラクション的なものが少ないだだ広い空間に、犬・馬・猫がちらほらいるだけという有様。もちろん、リピーターなどできるはずもありません。

結果、思うような収益を上げることができずに、運営会社は経営破たん。それによって『東京ムツゴロウ王国』は2007年11月25日で閉園します。この際、債務保証をしていたムツゴロウさんは当時72歳にして、なんと、約3億円もの借金を背負う羽目に。

3億円の借金を完済させたムツゴロウ


「畑がどれだけ苦労したか、走り回ったか、身を切るような思いをしてきたか…」

上記は、東京の王国で働いていた元従業員のブログに書かれていた文章の一部抜粋。ムツゴロウさんも「あんなクソみたいな奴ら」と運営会社の経営者にブチ切れていたといいます。

しかし、ここからがムツゴロウさんのすごいところ。負債を抱えたその日から地道に執筆・講演活動を続け、8年間かけて借金を完済したのです。完済時の年齢は、80歳。ふつうの人なら終活に勤しんでいるような年なのに、なんたるバイタリティでしょうか。

好きなことで生きていくのは、並大抵のことではありません。
その「好き」につけ込み、悪事を働こうとする輩もたくさんいます。けれども、そんなのお構いなしに老境に達してもなお、己が道を歩むムツゴロウさんはやっぱり、不世出の傑物なのです。
(こじへい)
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